第9話 裁定の間にて
裁定の間は、王宮の最も古い棟にある。天井は高く、壁には歴代の王の紋章が刻まれている。ここで下された判決は、王国法において最終かつ絶対とされる。
この部屋には窓がない。外の天気や時刻に左右されず、ただ真実だけが問われる場所。壁の燭台に灯された炎が、石の壁に揺れる影を落としている。
わたくしは白いドレスを選んだ。公爵夫人の正装ではない。嫁入り前のノイマン男爵家の紋章をあしらった、質素だが清潔な装い。もう公爵夫人として振る舞う必要はない。ソフィア・ノイマンとして、ここに立つ。
鏡の前に立つと、三年前の自分とは別人のような顔がそこにあった。あの頃は俯きがちで、目に光がなかった。今は違う。痩せたが、目には意志がある。この三年間は無駄ではなかった。すべてが、今日のために必要な時間だった。
「これが最後の戦場です」
イサク殿が隣で呟いた。今日の彼は背筋がまっすぐだった。猫背はどこにもない。マティアス卿の遺した報告書を胸に抱えている。師から受け継いだ最後の武器。
裁定の間には、すでに関係者が揃っていた。
玉座に近い席にカイ王太子殿下。その脇に王室顧問官たち。向かい側にダリウス様。金髪は完璧に整えられ、表情には余裕すら見える。けれどわたくしの目は、あの右手を見ている。そしてその後ろに——エステル嬢の姿もあった。
ダリウス様はわたくしを見た。三年間向けられたことのない、鋭い視線だった。わたくしという存在を、初めて正面から見たような目。
「では、始めよう」
カイ殿下の声が、石の壁に反響した。殿下は右手を顎に当て、しばし沈黙してから口を開いた。
「アルヴァイン公爵夫人ソフィア・ノイマンより、法典第七十二条に基づく婚姻無効の申し立てが提出された。理由は、配偶者の重大な背信行為——具体的には、婚姻持参金の不正流用を含む財務不正。公爵側の弁明を聞く前に、申立人の陳述を求める」
わたくしは立ち上がった。足が震えそうになった。でも、その震えを一歩前に出ることで消した。いつもそうしてきたように。庭で薔薇の棘に刺されたとき、ヘンリク様の書斎を出たとき、イサク殿に初めて声をかけたとき。いつも一歩を踏み出すことで、震えを飲み込んできた。
「殿下、関係者の皆様。わたくしは三年前、アルヴァイン公爵家に嫁ぎました。持参金として、ノイマン男爵家の宝飾品十二点と、ヘルツ領の小領地の権利を差し出しました」
声は落ち着いていた。自分でも驚くほどに。三年分の観察が、わたくしに冷静さを与えていた。
声が裁定の間に響く。石の壁がわたくしの言葉を反射し、より明瞭に届けてくれる。この部屋は、真実を語る者の味方だ。
「まず、事実を申し上げます。持参金目録に記載された宝飾品十二点のうち、現在公爵家の金庫に残っているのは七点です。残る五点は、わたくしの許可なく持ち出されていました」
ローザが証人として進み出た。黒い服に身を包んだ痩せた女性が、初めて人前でまっすぐに立っている。持参金の荷解きに立ち会った証言と、金庫の確認記録を読み上げる。声は落ち着いていた。
「次に、持ち出された宝飾品の行方です。うち少なくとも二点は、ヴィーデマン伯爵令嬢エステル嬢の所持品として確認されています。仮面舞踏会での目撃記録、および使用人の証言がございます」
エステル嬢の顔が青ざめた。髪を巻く指が、完全に止まっている。
「さらに、公爵家の財務に関して。王宮会計監査局の調査により、アルヴァイン領からの送金に、説明のつかない流出が複数確認されています。故マティアス財務卿の中間報告書、および主任監査官イサク・ベルグレンの追加調査報告をご覧ください」
イサク殿が報告書をカイ殿下に手渡した。殿下は一枚一枚、丁寧に目を通した。長い沈黙。裁定の間に、紙をめくる音だけが響く。
「最後に。これらの不正が発覚することを防ぐため、公爵はわたくしの侍女の兄であるコンラートを密偵として利用し、わたくしの動向を監視していました。この事実は、偽情報の流布による行動観察で確認しています」
わたくしは一息ついた。ここまでが「事実の提示」。ここからが「結論」。
「以上の証拠に基づき、わたくしは法典第七十二条第二項——配偶者の重大な背信行為を根拠として、婚姻の無効を申し立てます。背信行為は婚姻持参金の不正流用を伴い、同条の注釈に定められた加重要件を満たしています」
わたくしは自分の席に戻った。足が急に重くなった。すべてを出し切った後の、空白のような疲労。けれど清々しさもあった。三年間、胸の中に溜め込んでいたものを、ようやくすべて吐き出せた。
隣のイサク殿が、小さな声で言った。
「完璧でした」
短い言葉。けれどこの人がそう言うなら、本当にそうなのだろう。必要なこと以外は話さない人の評価は、何百の社交辞令よりも重い。
裁定の間が静まり返った。
カイ殿下が報告書を読み終えるまでの沈黙は、永遠に感じられた。裁定の間の石壁が、時間を引き延ばしているかのように。わたくしは自分の呼吸だけを意識した。吸って、吐いて。それだけに集中した。
殿下が最後のページを閉じた。顔を上げ、ダリウス様を見た。その灰色の瞳に、幼馴染への私情はなかった。あるのは裁定者としての公正さだけだった。
ダリウス様が立ち上がった。金髪が揺れる。その右手は——カフスに触れていなかった。初めてだった。嘘をつかないダリウス様を見たのは。
「……ソフィア」
初めて、怒りでも軽蔑でもない声で、わたくしの名を呼んだ。
「お前は——そこまで調べていたのか」
「ええ。三年間、毎日」
沈黙が落ちた。ダリウス様の青い目が、何かを探すようにわたくしを見つめた。後悔なのか、驚きなのか、あるいはもっと複雑な何かなのか。それが何なのか、わたくしにはわからなかった。わかりたいとも、もう思わなかった。
カイ殿下が口を開いた。
「証拠は十分だ。アルヴァイン公爵ダリウスに対し、財務不正の嫌疑による調査を正式に開始する。また、ソフィア・ノイマンの婚姻無効の申し立てについて——」
殿下の目がわたくしを見た。灰色の瞳に、静かな敬意が見えた。
「認容する。持参金の返還を含め、公爵夫人の権利を保全する」
その瞬間、わたくしの目から涙がこぼれた。我慢しようと思ったのに。三年間、泣かないと決めていたのに。
隣で、イサク殿の手がわたくしの肩にそっと触れた。ほんの一瞬。でも、その温もりは確かだった。
――裁定の間を出ると、外は夕暮れだった。長い審理だった。けれど、必要な時間だった。
イサク殿がわたくしの隣を歩いた。今度は半歩ではなく、同じ歩幅で。
「終わりましたね」
「ええ。終わりました」
けれど、何かが始まる予感もあった。終わりは常に始まりでもある。
わたくしはエステル嬢の目を見つめた。そこにはもう、野心の光はなかった。ただ、自分を見失った人間の迷いがあった。
「エステル嬢。あなたはまだ若い。やり直せます」
自分でそう言いながら、わたくしは自分自身にも言い聞かせていた。二十五歳。人生はまだ長い。この先の道は、わたくし自身が選ぶ。
わたくしがそう言えたのは、自分自身がやり直せると信じられるようになったからだ。三年前のわたくしなら、この言葉は出なかった。




