10.心が読めるのは前提だから
「さて、行くか」
俺は授業が終わり、放課後になるとカバンを持ってボランティア部の部室へ向かう。
東野は先に合気道部の道場へ行った。
「榊は帰るのか?」
「いや、僕は旧図書館に行くつもりだ。家に帰っても暇なのでな」
結局のところ演劇部も榊には合わなかったらしい。
かなりお硬い演技をするらしく、本人いわく純愛ではないとのことだった。
「旧図書館?」
「学生証を提示せずに入れる小さめの図書館のことだ。レトロな感じで純愛の気配がする」
「居心地のいい場所を見つけたなら何よりだ。そうだ、困った事があればボランティア部まで来てくれよな」
「あぁ、覚えておくぞ」
俺は榊と途中で別れると部室へと向かう。
ノックをしてから部室に入ると、天使の皮を被った藤原がいた。
「なんだ七ノ瀬か、取り繕って損した」
「悪かったね俺で」
「というか部員ならノックしないでよ、紛らわしい」
「了解」
部室に入って第一声から言い合いが始まったが、俺と藤原なんてこんなもんだろう。
俺は空いている天野の隣の席に座る。
「この部活って相談者がいない時って何してるんだ?」
「みんなで話したりするけど、各自好きな事をしてるかな」
天美はそう言ってカバンから編み物を取り出す。
俺は慣れた手つきで編んでいく姿を見て感心する。
ただ他の二人が普通にしていることから、日常的なものだと理解する。
「奏ちゃん、珍しい本を持ってるね」
「はい、機会を貰ったのでこういった本を読んでみることにしたんです」
東雲がそう言って見せたのは榊が手にしていた本だった。
「普段はどんな本を読んでるんだ?」
「私は神話といった天使が出てくるものを読んでいますね。面白いですし、能力の解釈の幅が広がりますから」
「なるほど、能力を使う事だけが成長に繋がるわけではないのか」
僕がそう言うと東雲は頷く。
「藤原は普段何をしているんだ?」
「私も本を読んでる事が多いけど、物語じゃなくて心理学とかそっち系ね」
「あぁ、なるほど」
こういった知識を入れることで藤原は人気者の地位を手に入れたんだろうな。
こういった側面をみると、とても好感が持てる。
素の内面が酷いことを除けば、だが。
「そうだ東雲、一つ聞いていいか?」
「なんでしょう?私に答えられることなら何でも答えますよ」
「何でもか、じゃあ――」
俺がそう口にした瞬間正面にいる藤原から殺意の籠った目を向けられる。
実際にスリーサイズや下着の色を聞くつもりはなかったが、本当に聞かなくてよかったと思う。
「じゃあ、この学校のポイントを使ってやりたいことはあるの?」
「そうですね、強いて言えば海外旅行でしょうか?神話の中の聖地や天使をモチーフにした絵を見てみたいです」
「なるほど、いいね」
相澤のように重めの内容でないことに安心してそう口にする。
でも、それなら試験に本気で打ち込む必要はないと思う。
わざわざ俺達に、任せておけ。なんて自分を追い込むような言葉を言う必要はないんだけどな。
「七ノ瀬君はありますか?」
「俺は特にないかな。ポイントでいろいろ出来るのも今日知ったことだし」
「いろいろ出来るって言っても相当難易度は高いけどね」
「そうなの?」
「大学の推薦だったら難易度によって変化するし、トップ校なら三万ポイントとか必要になるんだから」
「三万ってどうなの?」
「一回の試験で貰えても700ポイントとかが限度なの。一ヶ月で多くて二、三回試験があるとしたら、ほとんど失敗できないの」
「それは、ピーキーだな」
「そゆこと、それに人探しならもっとポイントは高いわ」
「……俺って分かりやすいか?」
まるで見透かされているような言葉に思わずそう口にする。
「相澤の事は結構有名だからね。必死すぎて怖いぐらい。どうせ七ノ瀬には言ってそうだと思ってね」
「本当に鋭いな」
「だてに何年もクラスをまとめてきてないわ」
俺がシンプルに賞賛を向ける藤原の隣で、表情の暗い東雲がいる。
それをなんとも言えない顔で見守る天美がいる。
結構この三人の関係も複雑なのかもしれない。
「そう聞くと俺には本気で打ち込むほどの理由はないかな」
俺がそう口にした瞬間、部室の中にノックの音が響いた。
俺は慌てて姿勢をなおし、他の三人は机の上を綺麗にする。
そして天使の皮を被った藤原が笑顔を作る。
「失礼します」
「……おっと」
俺は入ってきた人物を見て思わず立ち上がる。
緊張した表情で入ってきたのは〈読心〉の能力を持つ萩原だった。
まずい、もう少しで俺の心が読まれる範囲になる。
俺は慌てて立ち上がると天美の後ろに立つ。
心を読まれても問題なさそうなのは天美と東雲だろう。
俺と藤原の心は問題がありすぎる。
このままだと天美と藤原の心が読まれることになる。
「ど、どうかしたの?」
「いや、ごめん」
俺が謝ることしかできないでいると、天美は隣に移ってくれる。
「ふふ、七ノ瀬君はいったんシーね」
天美は小さい声でそう言うと鼻の前で人差し指を立てる。
その姿が小悪魔的でドキッとして、自然と静かにする。
「ごめんね、七ノ瀬君は昨日入ったばかりで緊張してるの。硬くなってるだけだからリラックスしてね」
藤原は俺をフォローするようにそう言うと、萩原は安心した表情になり、空いている席に座る。
この間合いだと萩原は藤原と天美の心が読めているはずだが、そんな気配は見えない。
藤原の心を読んだら混乱しそうなものだが、今のところは平気そうだ。
「まずは自己紹介からしようか、私は藤原唯紗って言って、能力は〈笑顔〉です。よろしくね」
藤原が自己紹介すると、萩原はフリーズして混乱の色を見せる。
俺が藤原の心が読めるわけではないが、本当は〈神殺し〉なんだけど。とか。
もしかしたら、取り繕うの面倒くさい。なんかが聞こえてきてるかもしれない。
どちらにせよ、目の前の丁寧な藤原の姿とのギャップに困惑しているのだろう。
「次は私が、私は東雲奏と言って、能力は〈天使の息吹〉です。よろしくお願いします」
東雲が自己紹介をすると、萩原はさらに困惑した様子を見せる。
東雲の心は読めていないはずだから、このリアクションはかなり謎だな。
そんなことを考えていると俺の自己紹介の番になる。
「えっと、自分は七ノ瀬奏汰で――」
俺が自己紹介をしていると萩原は目を見開いて、口をパクパクさせている。
「……どうかした?」
「あの、噂に聞く見た人の能力が分かるっていう?」
「噂になってるか知らないけど、そうだね」
俺がそう言うと萩原は混乱の色を見せる。
「先に私からいいかな?」
藤原はそう言って場の空気を自分へ向ける。
「私達は困っている人を助けたいだけなの。能力だろうと話したくないことは話さなくて大丈夫よ」
藤原のこの言葉は本心から言っているようで、萩原の表情が和らぐ。
その後、意を決したように口を開く。
「あの!心が読める私が、どうしたらクラスに馴染めるでしょうか!?」
俺が思った通りの悩みが萩原の口から放たれると、藤原の表情が暗くなる。
そして俺の方を見ると怒りのこもった目を向ける。
「七ノ瀬、あんた分かってて言わなかったでしょ、自分だけ逃げて」
「相談者の能力は関係ないんじゃないのか?」
「それはそうだけど、印象は大事なの。私の表裏の激しい心よりも透子と奏ちゃんみたいな綺麗な心の方がいいでしょ?」
藤原はそう言って席を立とうとする。
「わ、私は気にしないけど」
「それなら、いいんだけど――」
藤原が席に座り直そうとした瞬間、目を見開いてフリーズする。
「待った、もしかしてだけど……」
藤原は慌てた様子でそう言うと萩原に近づく。
「いや、耳打ちする必要はないのか」
藤原はそう言うと萩原と向かい合う。
しばらく沈黙した後、萩原が口を開く。
「読んだよ」
萩原の言葉で藤原が自分の心を読ませて、何かを聞いていた事を理解する。
そして心を読まれた事で知られたくない事を知られたことが分かる。
「終わった。私、死んでくる」
「そ、そこまでですか唯紗ちゃん?」
あまりに迫真なトーンに東雲が突っ込む。
藤原のお葬式のようなテンションに部室の雰囲気が沈む。
「わ、私絶対誰にも言わないから」
「当たり前よ!こんな事知られたら私は本当に死ぬわ!」
あまりに迫真な藤原に俺は天美と東雲を見るが、二人も困惑している様子で、この二人も知らないのだと理解する。
「ふふふ、まあいいわ、困っている人がいるなら助けるのがボランティア部だもの」
顔が全く笑っていない藤原はそう言って気を取り直す。
「でも待って、私だけ心が読まれるのは癪だわ」
藤原はそう言って俺の方を見て、天美と席を交換しろと要求する。
「どうして、被害を拡大しようとするんだ。俺の心の方が萩原を混乱させると思う」
「そんなわけないでしよ!ずるいわ!自分だけ逃げて!」
ヒステリック気味になった藤原を東雲がなだめる。
藤原を抱き寄せて頭を撫でる。
頭を撫でる東雲の表情が優しくて、保育園の優しかった先生を想起させる。
藤原の甘えるような仕草も実に可愛らしい。
なんというか、いいな。
「うわ、心を読まなくても何を考えているか分かる」
「な、なんのことかな?」
「気持ち悪い表情というか、邪な目というか」
汚いものを見る目でストレートに言葉の刃物で刺されてグサッとくる。
でもこれはこれで――
「な、なんで嬉しそうなの?」
「そんなつもりはないんだが……」
俺は慌てて表情を引き締めてそう口にする。
そして言い逃れするチャンスだと察知する。
「なあ萩原、こんな人間の心を読みたいと思うか?」
「いや、正直いいかなって」
「本人もこう言ってることだし――」
「へえ、七ノ瀬の気持ちってそんなものだったんだ。私は本気でやってくれそうだから入部を許可したのにな」
それを言われると俺は言い換えせない。
ただ俺の心を読んだ萩原がどうなるのかが疑問だ。
退学とかになったりしないだろうか?
いや、そもそも俺の任務を全力で隠したいなら、萩原と関わるな。のような指示が出るだろう。
まあ、神野にバレなきゃ何でもいいか。
俺は勝手にそう判断して天美と席を入れ替える。
すると萩原に緊張の色が走る。
「まあ、俺が心を読まれるのが嫌なわけじゃないんだけど」
俺は萩原にそう伝えておく。
事実そうだ。
俺が心を読まれたくない理由は、本当の能力である〈愛情支配〉と任務のことだ。
神野を惚れさせて弱体化させるか、仲を深めて世界を破壊させないようにする。
今の進捗は好ましくとは言えない。
もっと頑張らなくては。
「……は?」
萩原は意味の分からないと言わんばかりの声と、表情を見せる。
俺の心を読んだからだと思うが、どれに驚いているのだろうか?
能力を偽っていることか、〈愛情支配〉の詳細か、任務についてか――
「全部だよ!」
萩原は俺の心に答えるようにそう叫ぶ。
「……七ノ瀬、あんたそんなに隠し事あんの?」
「主に能力関係でね」
俺がそう答えると藤原は納得したように顔を逸らす。
藤原や見流騎先輩のように能力を偽っているパターンも多いからだ。
俺も慎重に振る舞う必要がある。
それに萩原に口止めする必要もあるな。
一応、国から依頼された極秘任務だなからな。
変に口外されると萩原がどうなるかは本当にわからない。
消される、なんて可能性も否定はできない。
「ひ!そんな事なら知りたくなかった」
「文句なら藤原に言ってくれ」
俺も知らせたかったわけではない。
ただ藤原が煽ってきた結果、こうなっている。
「私だって知りたかったわけじゃないし」
それはそうだな。
どちらかと言えば被害者よりではあ……
俺はそこまで思考して止めようとするが、思考というものは止めようとして止まるものではない。
藤原は〈読心〉のことを知らないわけで、裏の顔は基本的に見せない。
かなり理不尽な形で知られたことを藤原はどう思ってるのだろう?
思わず藤原を見ると打って変わって真剣な表情をしている。
「萩原、何か勘違いしてるんじゃない?」
藤原は思っている事を口にしていく。
「私は心を読まれたくなかった。分かるわよね?」
「う、うん」
萩原は申し訳なさそうに頷く。
「これは貴方が悪いわ」
「で、でも!」
「しょうがない。かしら?それは違うでしょう。だってあなたは心が読めることは決して変わらない事実でしょう?」
藤原の言葉に萩原は押し黙る。
誰よりも萩原が分かっていることだからだろう。
そして本気で悩んでいるからこそ、ここにいる。
「私にとってあなたが心を読めることなんて知ったこっちゃない。今、私は理不尽に心を読まれたの」
これは藤原の本音だろう。
裏の顔に加えて、何か分からないがもう一つの秘密を知られてしまった。
可能なら防ぎたい事だろう。
「私はあなたと関りたくなかった」
「ちょ、唯紗ちゃん?」
あまりにキツイ言葉に天美が静止するように立ち上がる。
ただ萩原の表情はそこまで重いものではない。
「って私が思っても不思議じゃないでしょ?」
藤原はそう言うと普段の気だるそうな表情に戻る。
「ねえ、萩原は自分の能力をクラスに言ってないでしょ?」
藤原が見透かすようにいうと言うと、萩原は目を逸らす。
「クラスが違っても萩原の能力が私の耳に入らないことはないもの」
「……凄いね」
萩原は心底尊敬するような表情でそう口にする。
「萩原は能力をみんなに伝えるべきよ。心を読まれたくない人は絶対に存在するわ。逆もまたしかりね。私達は関わる人間を自分で決める権利があるわ、それは心が読まれないことが前提なの。あとで心が読める事を伝えるのは裏切り行為だと私は思うわ」
「そう、だね」
萩原は納得したように頷く。
「もし能力をクラス中に伝えて、それでもダメならもう一度ここに来てちょうだい。いくらでも相談にのるから」
藤原がそういうと萩原は安心したような表情になる。
それは藤原の目と心が真っ直ぐに向けられているからだろう。
藤原が心を読まれたくないのは本音だろう。
それでも手を差し伸べない理由にはならないようだ。
いっそのこと囲いこんでしまった方がいい、とかの邪な感情ではないことが俺にだって分かる。
「私達が今できるのはここまで、あとは萩原しだいよ」
「うん、ありがとう」
萩原は納得したように頷くと、お礼を言って立ち去ろうとする。
ただ誰が見ても緊張しているのが分かる。
「七ノ瀬君、萩原さんに付いていってもらえますか?七ノ瀬君と萩原さんって結構似ていると思うんです」
東雲が俺にそう耳打ちする。
「分かった」
俺はそう答えて萩原の背中を追った。




