報告
このまま、アステルを寝室に連れて行こうとする体を、頭の隅の冷静な部分が引きとめる。
アステルはもうすぐプロテウスの母星で調停役を務める。
早ければ一月後、数か月後になるかもしれない。
妊娠した状態でそんな場所に立たせたくない。
妊娠初期は特に配慮が必要なことも僕は把握している。
「でも今はお預けだね」
アステルにそっと口づけをして語りかける。
「どうして?」
「ハンター七五eへの遠征の前だから。アステルには調停者としての役割があるじゃないか」
「そうだった。忘れてた」
「遠征が無事に終わったら……」
「二人で子どもを作る」
「うん。これまでアステルに頼り過ぎてたよ。ごめん」
「ううん、頼られて嬉しかった」
「でも、これからは軽々しく頼らないようにするよ。皆にもそう伝える」
「分かった。でも妊娠中でもアエティアは普通に使える」
「そうか。アエティアもアステルだったね」
他人が聞けば意味が分からない言葉たが、もちろんアステルには通じる。
「それぞれが別のこともできる」
『こんな風に』
どこからかもう一つ、アステルの声が聞こえる。
「あはは。不思議な感じだね」
「ふふ」
アステルが微笑をもらす。
「通信塔に戻ろう」
「うん」
エッジを開き、くぐり抜ける。
通信塔に戻ると、コハク、ノワール、ササナミ、それとアルが発着場で待っていた。
帰還のあいさつを済ませ本題に入る。
「中核体に機材を発注してきたよ。次の定時接触に間に合わせるって。こちらの参加メンバーも伝えた。それで問題ないって言われたよ」
「そうかい。お疲れ様」
「カミーラ用の小型偵察機は数タイプ作ってみるって」
「そうですか。たまにマエストロが非常識なものを作るので、その保険でしょうね」
なるほど、嚮導者が諦めたような顔で言っていたのはそのせいか。
「四人に話があるんだけど、いいかな?」
ちょうどいい。通信塔の主要人物がここに集まっている。
「どうした、ジーン。改まって」
「どこかで落ち着いて話がしたいんだけど」
「それではこの先のクルーラウンジに行きましょう」
ノワールの案内で移動する。
発着場から五十メートルほどに位置するその場所には、足を踏み入れたことがなかった。
「ここは来賓を運んできたクルー用のラウンジです。あまり使われることはないですが」
案内されたのは十メートル四方ほどのクルーラウンジだった。まあ、通信塔に足を運ぶシェルター高官は少なそうだ。
「皆に話したいことがあるんだ」
テーブルの一つに陣取り、話を始める。
「なんだい?」
「僕とアステルは子どもを作ることにした」
「ようやくかい……」
コハクがやれやれといった風情で首を振る。やたらと人間臭い仕草だ。
ササナミも同様だ。これは知っていたな……。
「私たち、アステルちゃんに相談受けてたのよー」
「驚いたな。二人の子どもか」
アルが驚いている。
「なんとなんと。それはめでたい」
ノワールもびっくりしている。二人は知らなかったようだ。
「地球人と変わらない妊娠期間になると思う」
「ああ、話は聞いてるよ」
「妊娠期間中はアステルに無理をさせないでほしいんだ」
「そりゃあ、無理はさせないよ。当り前じゃないか」
「プロテウスの母星への遠征もやめとくー?」
「いえ、それが終わってからにします」
まだ、行為に至っていないことを伝える。
「前もって伝えてくれるのはありがたいが……」
「事前に報告に来るとは……ジーンは大物ですね」
アルとノワールの反応がおかしい。
「それでは、よろしくお願いします。他の皆に話すかどうかはお任せします」
「いや、言わなくていいだろ……」
アルが小声で何かつぶやいていたが、そのまま席を立つ。
ドアの前で後ろを振り返ると、全員が集まってひそひそと相談している様子が見えた。
ササナミが床に膝をつき、その前にアル、コハク、ノワールがお座りしている。
何ともほのぼのとした光景だ。
微笑みながらその場をあとにした。
「あ、フラフィだ」
「かわいいわんこ」
住居に向かう途中にあるカフェテリアの前で小犬に出会った。
そういえば、通信塔にニューフェイスが増えていたんだ。
カミーラが連れていた護衛ロボットだ。
ロングコートチワワを象った、ふわふわな毛皮に包まれたそれは、富裕層向けにデチューンされたウルフパックといったところか。
かなり高度な思考機械を積んでいるそうだ。
フラフィと名づけられた機械犬は、違法改造されて人間を攻撃可能な代物だ。
ノワールが制限を組み込み、通信塔メンバーやマエストロには攻撃できないように調整した。
「まあ、物騒な任務につく可能性もありますからね」
相変わらず対人攻撃は可能だが、今は呑気に通信塔をぶらついている。
カフェテリアを覗くとヨハンとカミーラが向かい合わせで飲食を楽しんでいる。
何かの話題で盛り上がっているように見える。美男美女の二人の笑顔が眩しい。
最近、この二人が一緒にいるのをよく見かける。
「フラフィ、お前、気を利かせて出てきたのかい?」
「キャン!」
当然とばかりにフラフィは返事をした。
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