ヨハンとアステル
ヨハン視点でのエピソードです。
俺、いや違う、「僕」だ。
コハクさんが自らを「拙」と呼ぶように、過去の言動を省みて、一人称を変えることから始めたのだ。
僕は今、脳波共鳴型機動戦術機「メタ・プロキシ」の操縦訓練に注力している。
コックピットブロックが完成したので、これをシミュレーターとして訓練が可能になったのだ。
並行して耐G訓練も行っている。
耐Gスーツ着用下での呼吸法は、セレス流柔術の呼吸に通じるものがあり、比較的スムーズに覚えることができた。これは耐G動作の一つだ。
ジーンの兄貴との模擬戦のあと、毎日訓練を欠かさなかった成果だと思っている。
僕は、シガ・シェルターで隊長機に移植されたとき、ヨーゼフさんの指示に従わず耐G訓練をサボっていた。
しっかりと耐G訓練を続けていれば、アルファの驚異的な脚力の反動で、瀕死の状態に追い込まれることもなかったはずだ。
耐G動作をトリガーに作動する脳保護システムが守ってくれるからだ。
そして一番辛かったのが空間識訓練だ。
さまざまなベクトルの加速度や角速度を発生させる訓練用カプセルに詰め込まれ、さんざん振り回されながら仮想空間の指定座標に到達するというものだ。
空間識失調に悩まされながら、計器を頼りに目標にたどり着くのは至難の業だ。
はっきり言おう。加速度病で何度も吐いた。
それに比べ、メタ・プロキシの操縦訓練は非常に楽しい。
自分の思い通りに巨大な機械の体が動く感触に万能感さえ覚える。
調子に乗って、ノワールさんに仮想空間での模擬戦を挑んだところ、完膚なきまで叩きのめされた。
ジーンの兄貴からノワールさんの凄さは聞いていたが、EMP放射機能がある小豆色の肉球と、宇宙用スラスターだけで手玉に取られるとは思ってもいなかった。
メタ・プロキシには多重のEMP防御機構が搭載されている。
しかし、ノワールさんは関節などのシールドが弱い部分を執拗に狙ってくる。
高密度に収束したEMPを放ってくるので、数回の直撃を受けると過負荷により被弾箇所の機能が停止する。
そんな具合に、手、腕、足、脚と順に作動不能に追い込まれ、なすすべもなく敗北を喫した。
小柄な猫一匹に巨大な機動兵装が敗れたことで、僕の万能感は見事に萎んだ。
「私は外観を損なわず無力化しましたが、アステルならレーザーで切り刻んでいたでしょうね」
と、ノワールさんは最後に恐ろしい予測をして講評を締めくくった。
そんな怖い記憶を思い返しながら、今は謙虚に訓練に励んでいる。
上には上がいる。絶対に忘れてはいけない。
今日も真摯に操縦訓練に取り組んだ。
脳の適応が進むまで、脳波共鳴はかなりの負担がかかるらしく、訓練直後には無視できないほどの疲労感が残る。
そんな疲労も心地よく感じてしまうのだが。
これは慣れの問題らしく、適応しきったマエストロは苦にもならないそうだ。
そんな理由で、定期的にメディカルルームで適応度の検査するよう言いつけられている。
今日は検査の日だ。メディカルルームに行こう。
メディカルルームの前で、顔を合わせたくない人物と鉢合わせになった。
「あ、姐さん!」
アステルさんだ。何と呼びかけたらいいか分からず、思わず姐さんと呼んでしまった。
ジーンの兄貴の一件で絞め殺されそうになって以来、そのときの恐怖が頭から離れない。
どう考えても僕が悪い。それは分かっているが、目の前に立たれると戦慄が走る……。
「アステル」
アステルさんが訂正する。
「アステルの姐さん! こ、これでいかがっすか?」
パニック気味の僕は支離滅裂な言葉を紡いでしまう。
「どうでもいい」
アステルの姉さんの顔色が悪い。
体調が悪いのだろうか……。
「金星L4で自分がしでかしたこと、大変申し訳ありませんでした!」
そう、きちんと謝らなければ! 今まで謝罪する機会がなかったのだ。
床に額を打ちつけて謝罪する。
「反省してるならいい」
「反省しています!」
額を床に擦りつけながら心の底から叫ぶ。
「分かった。受け入れる」
どうやら僕は、まだ生きていられるようだ……。
※姉→姐に修正(2026/05/14)
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