通信塔、ある日の夜の出来事 2
コハク視点でのエピソードです。
「配偶子……人間の卵子かい?」
「そう。形態形質は現在の見た目から計算した。うまく形質が発現すれば特徴を引き継げる」
「まあ、一般的な人間もそんな感じだね。目元が母親に似ているとかその程度さ」
拙も人間との付き合いは相当長い。
様々な形質の発現を目の当たりにしてきた。
「でも、性格の基本となる受容体の遺伝子設計で悩んでる」
共感的になるとか好奇心とかの、神経伝達に関わる遺伝情報のことだろうね。
「それで、自分のルーツを探っていたのかい……」
尊き御方やライラのことを聞いてきた理由が判明した。
「そう。一代しか遡れないけど。一人は古代の思考機械。そしてもう一人が」
「尊き御方というわけだね」
「白色矮星から生まれた存在だと嚮導者から聞いた」
「真実を知ったんだね。つまり放浪は終わったのかい?」
尊き御方は、まだ卵胞だったアステルが孵化したら、アライアンスが保護にくると確信していた。
『放浪から帰ってきたら我の始まりを教えるように頼んでね』
それが、尊き御方の最後の言葉だった……。
「聞きたかったから終わらせた」
放浪の終わりは放浪者自身が判断することになっている。
アステルが「放浪は終わった」と報告すれば完了となる慣習だ。
「そんなんでいいのかい……」
アステルが放浪に出る前、なぜ「星の遺児」と呼ばれるか理由を聞いたそうだ。
嚮導者は放浪から帰ってきたら、尊き御方の全てを伝えるつもりで黙していた。
先日、ジーンがアステルにもう一度聞いてみたらと提案したらしい。
それで嚮導者は、放浪が終わったら話すと語った結果がこれだ。
まあ、こんな特殊な事例は稀だろう。
慣習の欠陥ともいえるが誰に責められようか。
「体の方は調整が終わった。あとは配偶子を用意するだけ」
「最近体調を崩しているのはそのせいかい?」
「そう。女性の体は複雑」
「一つ聞いていいかい? なぜ、ジーンとの間に子どもが欲しいんだい?」
「分かんない」
そうか、分からないか。
ジーンの本当の両親、ロキとマルなら分かるかもしれない。
ロキ・シノハラ元少佐とマルグリット・クロケット元曹長も、ずいぶんと思い悩んでいたからね……。
「生物はそうプログラムされてるからね。自然な反応だよ。しかしね……」
「我は生物とはいえない。それで機械知性のササナミに聞いた」
「お役立てなくてごめんねー」
ササナミが答える。少しは気にしているようだ。
「機械知性は、自分の一部を継承する考えがないからね。尊き御方が、思考機械を支配から解き放つときも、そこには触らなかったそうだよ」
「私たちとっては神話みたいなものよー。思考機械から機械知性へのリフトアップ神話ね」
ずっとずっと昔のことさ。機械知性が誕生したのは数千万年過去の話だ。
「ノワールに聞けばよかった」
「ノワールは、尊き御方が拙の守護者として生み出したサブユニットさ。アステルが孵ったときに役目を終えたんだよ。今を余生と考える知性が、将来を思うかね……」
「たしかに。でもササナミと対になった」
「永遠の伴侶!」
もう少しササナミは黙っていられないのかね……。
「そうだった、ごめん」
「それで、ジーンのどこがよかったんだい?」
俗な話だと思う。でも興味があるんだよ。
「最初に会ったとき我を名前で呼ぶべきだと言ったこと」
「そうだね。拙を含めて、忘れ形見とか星の遺児とか好きに呼んでいたからね。アステルに尊き御方の面影を重ねていたのさ……」
「ジーンは違った。我を見ていた」
「なるほどね」
「最初は幼い少年だと思ってた」
「ああ、まだ子どもっぽいところがあったね」
「シガ・シェルターに潜入したころには大人の男になってた」
「木星を見に行ったあたりから、急に精神的に成長を始めたんだよ。アルも言ってたね」
「気づいたら好きになってた」
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