通信塔、ある日の夜の出来事 1
コハク視点でのエピソードです。
今、拙たちは待機の時間を過ごしている。
アライアンスからアウトノーマに要請が出され、その反応を待たなければ動きようがないからだ。
アステルが定期的にアライアンス中核体を訪れて、進捗を確認する段取りになっている。
そのアステルとジーンは、プロテウスが放ったマイクロマシン群を、効率的に探索する手段を検討中だ。
そろそろ、ピグミーアヴェンジャーが、最も困難なメインベルトの探索を開始するからだ。
小惑星帯といっても、小惑星同士の平均距離は約百万キロもあり、実際のところは、膨大な数の小惑星が疎らに散らばる静謐で広大な空間だ。
大きな離心率や軌道傾斜角を持つ小惑星も多く、探索も長期に渡ることが予想されている。
ヨハンたちノワールブートキャンプの訓練生は、日夜訓練に明け暮れている。
最近は、進むべき道を見つけ、それぞれが別の分野で努力している。
ヨハンは、脳波共鳴型機動戦術機「メタ・プロキシ」の訓練に余念がない。
マエストロの見立てどおり、機動戦術機との相性がよかったと見える。
ヨーゼフは意外にもサイボーグ技術自体への執着は薄く、より優れたヒューマン・マシン・インターフェース、脳波共鳴に心を奪われているようだ。
今は、脳波共鳴技術の基礎をノワールが叩き込んでいるところだ。
ノワール曰く、柔軟な感性を持つ優秀な生徒だそうだ。
黒猫のカフリンクスを愛用しているのが高ポイントらしい。それは関係ないと思うのだが……。
カミーラは、法の網をくぐり抜け、詐欺師として行動してきた慎重さや猜疑心、単独で行商を行っていた自立性から、斥候としての適性に期待されている。
ヨハンの乗るメタ・プロキシのための先行偵察が主任務と聞いて、俄然やる気を出している。
どうやら二人の仲は急接近しているらしい。
「それで、ノワールったらねー」
拙は今、私室でササナミの相手をしながらうんざりしている。
「そうかいそうかい。そりゃ大変だったねえ」
先ほどからササナミにじっとりと絡まれているからだ。
「聞いてよコハクー」
拙の毛皮を雑に撫でながら話を続ける。愚痴に見せかけたただの惚気だ。
さすがに少し鬱陶しい。
辟易としていたところに、救いのチャイム。
「邪魔?」
訪ねて来たのはアステルだった。
「大丈夫だよ。ササナミの惚気に付き合ってるだけさ」
「ひどーい。真面目に相談してるのにー」
「そうかい。自慢話にしか聞こえないがね」
「分かった。ササナミにも聞きたいことがある」
「なになにー、アステルちゃん。何でも聞いてよ」
「まずはコハクから。尊き御方と三七小隊のライラのこと教えて」
「尊き御方に拙たちの種族が救われてからのことになるよ」
「構わない。聞かせて」
尊き御方に救われ、「仮住まい」星系に迎えられ、傷ついた心身を癒していたこと。
元隷属種族たる同胞たちの、安住の地を探す旅。
尊き御方の宿る大型宇宙機に同乗して、二人でストラクチャ表層を旅したこと。
ようやく見つけた故郷となる恒星は、のちにマルグリット・クロケット元曹長によって「フェリシア」と名づけられたこと。
旅の間、拙は精神を守るために自閉して過ごし、ときどき現実宇宙に戻っては、いと尊き御方と多様な話題で会話を交わしたことを話した。
そして、五十年に及ぶ旅を終え帰還した仮住まい星系は、ヒュージロンバスの放った創星炉によって滅亡の危機に陥っていたことを。
尊き御方が、仮住まい星系から、拙の同胞を逃す時間を稼ぐために、その身を犠牲にしたことも伝えた。
「ありがとう。参考になった。ライラのことは?」
「ライラは跳躍艇に多数の会話記録が残ってるよ」とアステルに教える。
「データがあった。無口な人」
跳躍艇からデータを引っ張ってきたようだ。
「そうだねえ。無口というより素っ気ない感じだったよ。アステルと少し似てるね」
「そう……」
「ところでアステル。そんなことを調べて何をする気だい?」
「我は、尊き御方とライラの配偶子から生まれたと聞く」
「配偶子……。広義ではそうかもしれないね。アステルは二人の子といえる」
「つまり、我は二人の特徴を受け継いでいる」
「まあ、理屈ではそうなるね」
話の展開が見えない。
「ジーンはロキ・シノハラ元少佐とマルグリット・クロケット元曹長の遺伝子を受け継いでいる」
「そうだね。地球人としての遺伝子だけね」
彼ら三七小隊は、過去にシミラ人科学者ラザード博士によって生み出された「超人」たちだ。
ヴェリテに組み込まれる「脳」という部品として造り出された存在だ。
強化のために、地球人以外の遺伝情報も多数組み込まれている。
「それで、ササナミ」
「ひゃい?」
じっと会話に聞き入っていたササナミが、突然名前を呼ばれて変な返事をする。
「ササナミはノワールと対になった」
「永遠の伴侶と言ってよー」
「ノワールとの間に子どもは欲しい?」
話が少し見えてきた。
「えー、私たち機械知性は親子関係とかないし。ノワールは……どうだろ?」
「たぶん聞いても煙に巻かれるよ。あれでも尊き御方の一部を引き継いでいるんだがね……」
「ノワールはお調子者」
「それで子どもが欲しいかって話だけど、二人で一緒にいられるのなら必要ないわね」
「なるほど……」
アステルの反応を見るに、やはり想像は当たっているようだ。
「今、我の配偶子を作ってる。ジーンには内緒」
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