ストラクチャ表層、あるいはターニングポイントにて
「アステル、皆が待つ地球に帰ろう」
自分の気持ちを消化しきれない様子のアステル。
こんなときは誰かが背中を押した方がいい。アルがいつもそうしてくれたように。
「……うん。帰る」
「それでは嚮導者さん。僕たちは地球に帰ります」
『アステル様が望むのならば何も言いません』
虚無の表情で答える嚮導者さんに別れを告げ、アライアンス中核体の拠点から立ち去る。
一瞬後には、白一色に揺らめくオーロラの中にいた。
「ストラクチャ深層に戻って来たんだね」
「うん。ひとまず表層に向かって、一時的にエッジ〇三を開く。気分が悪くなったらすぐに言って」
アステルの言葉に身構えると、光のカーテンが解けて周りが薄暗くなっていく。
ストラクチャの表層に向かって進んでいるのだろうか。
気がつけば、淡い燭光に照らされる闇の中にいた。
「……アステル。体調は大丈夫だけど、ここにいると変な気分になるよ」
シートから立ち上がり周囲の光景を見渡す。
アーカイブで見た蛍の乱舞のようだ。
蛍の光は瞬くけれど、この光は揺るがない。
「ここは知性にとって危険な場所。すぐに精神失調を起こす。機械知性は徐々に演算機能を喪失する」
「そうなんだ。ここで眠ったら悪夢を見そうだけど……僕は平気だと思う」
「コハクは自閉できるから問題ないと言ってた。ノワールは……分かんない」
「まあ、ノワールさんだしね。どこでも平然としてそう」
「ジーンが問題ないならよかった。ここは現実宇宙がよく視える」
アステルの言葉に目を凝らせば、闇に灯る蛍の光が、光点の集まりだと分かる。
「これ全部が星?」
「そう。そしてエッジの本質」
一つの星に注目すると、意識の中で光点が急速に拡大されていく。
大きな光点の周りに小さな光が三つ周回している。
「大きな光が恒星で、周りにある小さいのがエッジ?」
「正確には恒星がエッジの本質。みんながエッジと呼ぶのは現実にはみ出した出口」
「よく分からないや……」
「ジーン、あれを見て」
アステルが漠然と指定。でもなぜか分かる。アステルが指しているものが。
「うん、光らない光点が……おかしいな、変なことを言ってるね」
「ううん。ここは現実宇宙と理が異なる。その表現で大丈夫」
「そうなんだ。あれは何?」
「エッジが消えた恒星。周囲を回ってる光点も無い」
「太陽系みたいに?」
「太陽系のエッジは消えてない。閉じてるだけ。ほら」
アステルが指さした光点をじっと見る。
暗灰色の光点、周りに少し明るい小さな点が三つ。
「これは……ひょっとして太陽系?」
「そう。整合がとれてない状態。エッジが閉じてて恒星は正常」
「目立つね……」
「うん。それで太陽系に向かった」
「さっき嚮導者が言ってた。尊き御方が恒星だったと」
アステルは語り続ける。
「うん」
「ここにいるみんなが、いずれ我の同族になる」
「よかった。独りぼっちじゃないんだね」
「今は平気。ジーンがいるから」
アステルを見つめる。アステルも見つめ返してくる。僕は一歩踏み出す。
アステルが僕の背中に腕を回す。
僕はアステルを抱きしめる。
お互いの吐息が混じりあう距離。
―― 知性の存在を拒むこの場所で二つのシルエットが重なる。 ――
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