アンバランス
前話と似ていたのでタイトル修正(2026/04/17)
ムーンプールに跳躍艇を浮かべたまま、甲虫の製造システムの検分が始まった。
製造システムは分析室に収容してある。
ヨハンとの戦闘のあと、僕が精密検査を受けた部屋だ。遠隔で分析するそうだ。
ソファに落ち着いて僕も見学している。
四十センチ角くらいの白い立方体が検査台の上に置かれている。
「筐体は一辺が四十一・二センチの、ほぼ完全な立方体です。素材はありふれた合金製ですね」
ノワールさんが分析結果を逐次伝えてくれる。
「問題は内容物です。これはおもしろい」
眼前にグラフが投影される。スペクトル図だ。検出された元素を表示しているようだ。他にも理解不能な無数のデータが流れる。
「内容物のほとんどは金属ナノ粒子です。灰色の甲虫の組成と一致します。ですが、それ以外の反応もあります」
「もったいぶらずに説明しろ」アルが要求する。
「分子アセンブラ。豊穣の角のキーテクノロジーです」
『一部の上位種族が扱う技術ですね。私もヴェリテに囚われた際、その一端を知りました』
エトナさんが補足を入れる。
「ええ、ええ。文明指標Ⅲの種族でも、理論を完成させることがあります」
「その言い方だと理論どおりには動かないのか?」
「そうですね。微細な空間で膨大なエネルギーを使用すると、排熱の問題が立ちはだかります」
「俺たちが昔使っていたという重力推進はストラクチャに排熱していたと聞く。それは使えないのか?」
なるほど。アルは目のつけどころが違う。
「それに答える前におさらいです。簡潔に言うと、エンタングルな素粒子を、エッジを通してストラクチャに送り、正と負の重力という形で返してもらう。それが重力推進です」
「知識としては知っている」
「エッジに送る素粒子に不要な熱を移動しておけば違う系への排熱が可能です。相応の技術力が必要になりますが」
「なるほど。エッジが閉じた今の太陽系では使えんな」
「上位種族はそれを解決したんだね?」
僕も会話に参加する。
「そうですそうです。エッジの有無に関わらず、ストラクチャに何らかのアクセスができること。文明指標Ⅳの大条件の一つです。重力を介して直接ストラクチャに排熱するこの技術も該当します」
「ストラクチャにアクセス……アステルはエッジをこじ開けた……」
アステルが太陽系に来たときを思い出す。
「エッジも含めたストラクチャの構造自体に影響を与えうる力。それを持つのが文明指標Ⅴなのかもしれません」
「我の力は最初から持ってたもの。説明は不可能」
上位種族ですら明確に定義できない。それがアステルのような超越種族なのか。
「問題は、上位種族なら使えるはずの技術が使用されていないことです」
「たとえばどんなもの?」
「生体アンドロイド。灰色の甲虫。どちらも、知的種族共同体アウトノーマが、たやすく製造可能なレベルです。アウトノーマは平均的な文明指標Ⅲの共同体です」
「たしかに。もっと高性能なものを作れるのなら、それを作るよね」
「それに、灰色の甲虫に使われていたスラスターは、電磁プラズマスラスターでした。少なくとも、我々のようにストラクチャを足場にしての推進ができるはずです」
「教祖ザルヴァのセンサーも地球製と同じくらいの性能」とアステル。
ウェットドッグへの道すがら、アステルが言っていたように、侵略者の技術はちぐはぐだ。
アステルを眺めながら考えに耽る。
「ジーン」
久しぶりにアステルから名前を呼ばれた。
「何?」
思えば、シガ・シェルター潜入が決まってから、お互いにベイブと呼びあっていた。
「呼んでみただけ」
ちょっとだけアステルの気持ちが分かった気がする。
「アステル」
僕も微笑みながら名前で呼ぶ。
「うん」
「やっぱり名前で呼びあう方がいいね」
「我もそう思う」





