召喚組崩壊
「くそっ! 噛まれたっ! 痛ぇっ!」
剣聖が喚きながら首筋に噛みついているゾンビの上半身を引きはがそうとして暴れる。
抱きつかれているような距離では、剣聖の持つような剣ではあまり意味をなさない。
間合いが近すぎるのだ。
これの相手が人間だったのならば、胸を刺し貫くなり首を切るなりすれば相手をひるませたり、殺傷したりすることによって引きはがすことができたのかもしれない。
しかし、相手がゾンビとなると突いたり切ったりした程度ではなかなか活動が止まらないのだ。
普通に考えればわかるようなことも、噛まれてパニックになった状態では考えが回らない。
さらに噛まれた痛みから、剣を手放した剣聖があまりに派手に暴れるものだから、周囲も助けに入ることができず、勇者と聖女は自分のことだけに精一杯で剣聖のことまで見ていなかった。
「あ……」
絶叫し、痛みに転げまわり、罵声を上げまくっていた剣聖だったが、深く首筋に噛みつかれたゾンビを引きはがせないままに時間が経過。
ゾンビの歯が剣聖の太い血管を噛み破ったのか。
あるいは人をゾンビにしてしまう何かが剣聖の体中に回り切ってしまったのかは分からない。
確実なことは、それまで剣聖が上げていた絶叫がウソだったかのようにぴたりと止まったのだ。
転げまわっていた体も止まり、大きく見開かれていた目からゆっくりと光が消えていく。
そして首筋に噛みついていた上半身だけのゾンビが、ぶちりと繊維質のものを力任せに噛み千切る音を皮切りに、周囲にいたゾンビ共が動かなくなった剣聖の体へと群がる。
「剣聖殿がやられた!」
誰かの叫びに聖女の悲鳴が重なる。
抵抗なくゾンビ共に群がられてしまった剣聖の体は、あっと言う間に四肢がもがれ、胸部と腹部が開かれて、中身が外気に晒された。
そこへ次々に頭を突っ込んでいくゾンビ共の姿に、聖女の悲鳴が一段と高くなる。
「こいつらっ!」
仲間がゾンビ共に貪り食われるという光景に勇者がキレた。
すぐにでもその行為を止めさせようと放った一撃は、確かに剣聖の死体へと群がるゾンビ共を両断したものの、勢い余って剣聖の死体まで切ってしまう。
自分のしでかしたことに呆然とする勇者だったが、その視線の先ではとんでもないことが起きていた。
勇者の一撃で腰の辺りから切り離されてしまった剣聖の上半身が、あろうことかそれまで自分の体を貪っていたゾンビ共へ、お返しとばかりに口を大きく開いて噛みついたのだ。
剣聖として強化されていたのであろうその体は、噛む力も普通のゾンビより強いのか、皮も肉も骨まで関係なくばりばりと噛み砕いて飲み込んでいく元剣聖は、自分の体に噛みついていたゾンビ共を数体、あっという間に完食。
そのまま匍匐前進で、断たれていた自分の下半身へたどり着くと、これも爪先から靴や衣服ごとばりばりと食らい始める。
食べている間にもそんなことは関係なしにゾンビ共が元剣聖へかじりつくのだが、ゾンビ共が群がってかじりとる量よりも元剣聖がばりばりと噛み砕いていく量の方がずっと多い。
自分の下半身を食い尽くし、群がってきていたゾンビ共まであらかた喰い尽くした元剣聖はいつの間にやら下半身を再生したばかりか、その身長が目測で三メートル近くあるような巨体へと変化していた。
「う、うそだよね……だってあたし達……」
「下がれっ! あいつはもう……」
うつろな声音で聖女が呟き、聖女を背後にかばうようにして勇者が立つ。
周囲の兵士達も身構えるが、そんなことは全くお構いなしに巨体となった元剣聖は構えも何もないままにその巨体を突っ込ませた。
着ていた防具や衣服は体の肥大によってはじけ飛んでいて、ほぼ全裸状態の元剣聖の体に、兵士達の剣や槍が突き刺さり、勇者の放った一撃が元剣聖の体を大きくえぐり取ってその血肉を辺りにぶちまける。
ただの人間であれば、それだけで絶命するであろう攻撃を受けて、しかし元剣聖の体は止まらない。
その巨体を砲弾のような勢いでもって突っ込ませていき、その途中にいた兵士達を圧倒的な質量差でもって轢き潰していく。
受け止めようとした勇者は、さすがは勇者ということなのか一瞬は持ちこたえた。
しかし剣聖の力と巨体の前にはその一瞬が限界だったようで、勢いに押し負けて床の上を転がってしまう。
その背後にいた聖女は、勇者が弾かれて床の上を転がる姿をぽかんとした顔で見ていたが、そのままの状態で元剣聖の突進をまともに受けた。
元剣聖は聖女を巻き込んだまま直進し、そのさらに後ろにいた王族やら貴族達がいた場所へ突っ込む。
悲鳴が上がり、元剣聖の巨体は何かをぐちゃぐちゃだったりばきばきだったりと、耳をふさぎたくなるような音を立てながら突進を続け、減速することなく全身でもって、石壁へ激突した。
あれは巻き込まれた面々も無事では済まないだろうが、突っ込んだ元剣聖自身も下手すれば死んでしまうようなダメージを負ったのではないか。
そんな思いで戦場と言うよりは事故現場と言った方がいい光景を見ていた俺は、石壁に盛大な突っ込みを敢行した元剣聖がゆっくりと石壁から体を離すのを見て、さすがに頬の辺りが引きつるのを感じた。
あんな勢いで石壁に、ノーガードで突っ込んだと言うのにまだ普通に動くのかと慄いたが、おそらくは突進に巻き込んだ人々が石壁との間に入ってクッションの役目を果たしたのだろう。
多分間違っていないだろうし、そうであってくれと思う。
もしそうではなく、ただ持ち前の頑丈さだけでもってあの惨劇の締めとなった衝撃に耐えたのだとは思いたくない。
何せ、王国の戦力がなくなってしまえば、あれの相手をするのは多分俺なのだ。
どうやって倒したらいいものか、皆目見当がつかない。
そんな思いを抱いていた俺は、壁からゆっくりと体を離した元剣聖の体のあちこちが傷を負ったり、潰れてしまったりしているのを見て少しだけ胸を撫でおろす。
やはりちゃんと負傷する程度の頑丈さなのだと安心したのも束の間、元剣聖が自分の体と石壁との間で潰され、血まみれになって塊の中から掴み取ったものを見て目を見開く。
腕を掴まれ、吊るされるようにして持ち上げられたのは、体中が真っ赤に染まった聖女であった。
あの突進にまともに巻き込まれた割には意外と外傷らしきものが見えないなと思っていると、元剣聖は意識がないらしい聖女の足をもう片方の手で掴む。
ここで意識を取り戻した聖女は、自分が元剣聖に串焼きの様に持ち上げられていることに気付いた。
「や、止めてっ!」
「おい! 止めろっ!」
聖女が自分がたどるであろう未来を悟って怯えた声を上げ、床に転がされた勇者が手放してしまった剣に手を伸ばしながら叫ぶ中、元剣聖は顎が外れてしまったのではないかと思うくらいに大きく口を開くと、ためらうことなく聖女の腹に噛みついたのだ。
腹の肉を噛み千切られる痛みに聖女は絶叫し、勇者は拾ったばかりの剣を腰だめにして元剣聖の脇腹へ突き刺す。
勇者の力でもって突き刺された剣は元剣聖の体へ深々と突き刺さったのだが、元剣聖は構うことなく顔を押し付けるようにして聖女の腹へ歯を立てて、二口三口と噛み千切っていき、瞬く間に聖女の体は胸部から上と腰部から下とに二分割されてしまった。
それだけでは飽き足らずに元剣聖は聖女の下半身の断面から加えると、蛇が獲物を飲み込むようにこれを丸のみ。
深く刺し過ぎてしまったせいか抜けなくなってしまった剣をなんとか引き抜こうとしている勇者を他所に、残った上半身も切断面側からぐびりと飲み込んでしまう。
「お前、なんてことをっ……ぐあっ!?」
聖女を食い尽くしてしまった元剣聖に勇者は呆然とした声を上げたが、勇者だけが元剣聖の餌食にならないと言うようなご都合主義などあるわけがない。
同郷人だからなのか、勇者だから特にうまそうに見えたのか。
聖女を食らった元剣聖は、他の兵士や貴族、王族には目もくれずに、自分の体に突き刺さった剣を引き抜こうとしている勇者へ目を向けると、猛然とその体につかみかかり、人の物ではなくなった鋭い牙の並ぶその口で勇者の肩へ噛みついたのであった。
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