やっちゃった
そうこうしている間も、ゾンビ共と王国軍との戦いは続いている。
俺達は王国軍がゾンビ共の注意のほとんどを引いてくれている間にじりじりと、こちらに注意が向かないように気を付けながらゆっくりと物陰を進む。
勇者の存在が、ゾンビ共を引き寄せているのならば精々派手に彼らを引き付けてもらい、俺達はその間にどうにかして王都を出て、クロエの領地へ逃げ込みたい。
欲を言えば、移動手段やら道中で使う物やらを少しでも入手していきたいが、それができる可能性が低いことは分かっている。
ぶっちゃけ着の身着のままでも王都を脱出することができれば御の字だ。
そんなことを考えながら、足音を殺して移動していた俺は、ふと後ろを歩いていたクロエが俺の服の裾をつまんで引いているのに気が付いた。
「どうした?」
「あれは一体何でしょう?」
そっとクロエが指さした方向を見ると、何やら赤やピンク、黄色といった色がごちゃまぜになっている塊が見えた。
微妙に動いているように見えるその塊の大きさは、目測した限りでは高さが二メートルほどで、幅は大人が両腕を広げた長さより少々長いくらい。
ぴくぴくと動くそれは表面が粘液でぬめっており、見るからに奇妙な物体であったが、俺からするとその塊を構成している代物は見慣れたとある物であり、軽い吐き気を催す。
「ソーヤさん?」
「あれは絶対にヤバいものに違いないが……どうやってできた?」
ゾンビ共とは違うし、自然にできるようなものでは絶対にない。
一体何が原因でそんなものができたのかと首を傾げていると、その塊に触れたゾンビが抵抗する暇もなく、塊の表面にできた裂け目にぱくりと咥えられた。
そのまま塊の中へとゾンビが飲み込まれていく光景に、クロエとエクレールの顔色が青くなる。
「何ですかあれ……」
「何かは知らないが、あれの材料は分かる」
その塊の下部からは大人の腕程の太さがある触手が伸び、王国軍との戦いでただの死体に戻されたゾンビ共の残骸を巻き取っては塊の内部へと取り込んでいる。
「おかしいぞあれ。取り込んでいる量と体積が合わない」
それなりに巨大な塊ではある。
しかし、触れたゾンビや倒されたゾンビを次々に取り込んでいっている割には大きくなった感じがしない。
この塊の存在には勇者達もすぐ気付き、見た目の不気味さからすぐに攻撃の的となっていた。
手の空いた騎士や兵士がそれぞれが手にしている得物を、塊に対して叩きつけている姿が見られ始めたのだが、その全てが大した効果を得ることもできないままに弾き返されている。
そればかりか、その塊は攻撃を仕掛けてきた兵達をも触手でからめとって、その内部に引きずり込もうとし始めたのだ。
「なんだこいつは!?」
「剣が全く通じないぞ!」
「勇者様っ! お助け下さい、勇者様っ!」
悲鳴を上げ、助けを求めながら数人の兵士が瞬く間に塊の内部へと引きずり込まれていってしまう。
これを救助しようと塊へ剣や槍が叩きつけられたのだが、やはり表面すら削り取ることができないままに弾き返される。
「そこをどけっ!」
剣聖が怒声と共に放った一撃は、他の兵のように弾かれることこそなかったが、塊の表面を浅く切っただけで大半が受け止められてしまう。
多少傷を負うことになった塊の表面が淡い光を放ち、みるみるうちに傷がふさがっていくのを見て聖女が叫ぶ。
「何で!? 何故それがヒーリングの法術を!?」
ゾンビから派生した何かが、アンデッドの在り様とは真逆の力である法術を行使する。
しかもその法術の行使で自分の傷を治しているという光景は聖女の思考を混乱の中へと突き落とした。
「いかん! 聖女殿をお守りするのだ!」
混乱した思考は体の動きを止めてしまう。
俺も最初はそうだったから分かるのだが、戦闘の最中に動きが止まった奴というのは格好の獲物でしかない。
なので、常に冷静でいることは無理だとしても、思考だけは止めるなと、俺は祖父から耳にタコができるくらいに言い聞かされていた。
もっともいくら聖女などと呼ばれるようになったとしても、元はその辺にいた一般市民である。
そんな修羅の世界に足を突っ込んでいるような訓練など受けてきているわけがないのだから、そのレベルの反応を彼女の要求することは酷だろう。
ただ聖女側の事情がどうであれ、そんなことで手心を加えてくれるような存在ではないのがゾンビという代物だ。
無防備に動きが止まった聖女めがけて何体ものゾンビが襲い掛かり、これを阻止しようとして何人もの兵士が聖女をかばう行動に出た。
こうなってしまうと状況はとても悪い方向へと転がり落ちていくことになる。
何故ならまず、聖女の周辺で敵味方が入り混じる混戦が展開され、これをなんとかしようとする兵やら勇者やらが混乱に拍車をかけていく。
加えて、戦力が聖女の周囲に集中してしまうことで、他の部分の戦力が薄くなってしまい、それまでゾンビの数に兵の質で対抗していた所が、数の影響が増すことによって保たれていた均衡が一気に崩れていってしまう。
こうなってしまうと数を頼みに四方八方から攻撃を加えているゾンビ側が優勢となり、王国側の被害が一段と増すことになった。
「これはまずい、もう多分、いくらももたないぞあれ」
「一旦どこかが決壊すると、押し返すのは大変ですからね」
「逃げるならもう今しかないだろ。王国側が崩壊しかけてゾンビ共が勢いに乗ってる。奴らが目の前のエサに夢中な今なら、こっちに気付きにくい」
「それは彼らに知性がある場合のお話なのでは?」
「知性か本能かは知らないが、奴らにはその類の何かがあるよ。そうでなければあのタイミングで一斉に聖女へ襲い掛かるものかよ」
動きの止まった聖女を格好の獲物だと考えて襲う行為は、少なくともゾンビ共にそのくらいの判断を行うことができる知性か本能かがあることを示している。
ならば崩壊しかかっている王国軍を、ここで一気に圧し潰せば獲物が食べ放題だというくらいのことは考えるはずで、ゾンビ共の注意が目の前の獲物へと向いている間は、他への注意は散漫になるはずだと思う。
不思議なのは指揮する者もいないと言うのにゾンビ共が、右へならえの大体同じ行動を一斉にとることだが、今はそんなゾンビ共の生態よりも自分の身の安全を確保することが先決で、他は全て後回しにするべきだ。
「行くぞ」
問答は終了だとクロエの肩を叩いて、隠れていた物陰からそっと足を踏み出す。
肩越しに見れば、俺に続いてクロエが物陰から飛び出し、その背中を守るようにしてエクレールがさらに続いたのだが、ここで俺にとっての計算違いが起きた。
王国側は目の前のゾンビ共に。
ゾンビ共は目の前のエサに気を取られていたはずだというのに、たまたまなのか何なのか、剣聖がこちらの動きに気づいて声を上げたのだ。
「あ? てめぇら! どこに行くつもりだ!」
「こっち見るな、阿呆がっ!」
怒鳴られたのに対して思わず怒鳴り返してしまった俺は、背後からエクレールの平手による後頭部への突っ込みと、クロエの盛大な溜息を受けることになる。
「なんで怒鳴り返してしまうんですか」
「いや、思わず……」
「てめぇ! 阿呆ってのは誰のことだっ!」
「お前以外にいるかっ!」
クロエの問いかけに申し訳なさを感じつつ答えを返し、剣聖の怒鳴り声にもうこちらの所在がバレてしまったのだからと開き直って怒鳴り返す。
ついでだとばかりにこちらへ歩み寄ってこようとしていたゾンビ共を助走をつけた跳び蹴りでもって剣聖の方へ蹴り飛ばす。
まぁまぁ離れている距離を、ゾンビが蹴り飛ばされていく光景はなかなかに非日常的で、俺もこんなことができるようになってしまったのかと思っていると、予想もしていなかったことが起きる。
「ちょ……待てよ、おま……ぐあっ!?」
「え?」
俺に蹴り飛ばされたゾンビを剣聖が横一文字に断つ。
血と臓物とを垂れ流し、切られたゾンビの下半身はそのまま地面へ落ちたのだが、あろうことが下半身を失って軽くなったゾンビの上半身がそのまま剣聖へ衝突。
抱きついた挙句に剣聖の首筋にその歯を突き立てたのだった。
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