何が起きた?
「何だ!? 何が起こったというのだ!?」
誰かが叫ぶがゾンビ共はそんなことなどお構いなしに、ターンアンデッドを放つために集団の前にいた聖女へと襲い掛かる。
事態が飲み込めずにただ立ち尽くしていた聖女。
それをかばうように前へ出た神官長が数体のゾンビに取りつかれてあっという間に押し倒されてしまう。
「聖女殿! お逃げ下され! 聖女殿……ギャアアアアアアア!!」
しわがれた老婆の声が途中から、耳をふさぎたくなるような絶叫へと変わる。
老婆を押し倒したゾンビ共が老婆の首やら肩、腕といった場所へ噛みつき、その肉を食いちぎり始めたのだ。
すぐに兵士達が老婆に群がるゾンビ共を排除しようと前へ出るのだが、数が多すぎて排除することができず、逆に老婆同様に捕まって押し倒される者が出始める。
「聖女殿! もう一度奇跡をっ!」
誰かが聖女にそう求めるが、目の前で人が食い殺される光景を見てしまった聖女は顔色を青くしたまま全く動けずにいる。
「クソっ! 使えん! こうなれば勇者殿、剣聖殿、攻撃をっ!」
「だ、だめだ! 今ここで撃ったら味方の兵士を巻き込んじまう!」
「手遅れです! 奴らはもう助かりません!」
「け、けど神官長の婆さんだってまだ、死んだわけじゃ……」
「あれだけの傷を負わされては聖女殿の力をもって癒やしたとしても命がもちません! それより今攻撃しなければ、我々も同じ目に遭うのですぞ!」
「そ、それはっ」
「畜生、もう仕方ねぇっ! 悪く思うなよっ!」
目の前の惨状を見てもまだ勇者は踏ん切りをつけることができないままに迷い、剣聖はいくらかためらいつつも自分が巻き込まれるよりはと割り切ったのか、準備していた技を解き放つ。
「ハイランド王国剣技、乱華っ!」
無数の剣閃が宙を舞う。
それらは剣聖の前方に扇状に広がっていき、ゾンビも味方も区別することなくその体を切り刻んでいく。
剣聖の放った広範囲、大威力の攻撃は一瞬、事態を好転させたかに見えた。
しかしそうではなかったということはすぐに分かってしまう。
敵も味方もただの人であったのならば、剣聖の一撃は戦況をひっくり返していたのかもしれない。
だが、味方は命ある人間だったとしても、敵はゾンビなのだ。
多少の体の損傷などまるで気にすることはなく、剣聖の攻撃に巻き込まれた兵士達へ平然と襲い掛かる。
これではただ味方の数を減らしたばかりか、ゾンビに喰われてその仲間入りをする兵士の分だけ敵を増やしてしまっていた。
「どういうことでしょうか?」
あらかじめ、本隊から距離を取っていた俺達は、本隊がほとんどのゾンビを引き付けてくれているおかげでまだゾンビ共に襲われるには至っていなかった。
少し離れた柱の陰から状況を見守る程度の余裕もあったのである。
「ゾンビ共がターンアンデッドに抵抗した?」
「考えられません。リッチやバンパイアといった高位のアンデッドならばともかく、そんな高位のアンデッドとて倒しきるのが聖女や神官長の使うターンアンデッドなのです。それをゾンビがほとんど耐えきってしまうなんて」
「聖女と神官長の二人が同時に、ターンアンデッドの行使に失敗したとか?」
「絶対にありえないことだ、とまでは言いませんが極めて低い確率です」
「ゾンビ共がターンアンデッドに抵抗できる確率と比べるとどちらが低い?」
「明日、世界が滅亡する確率と同じ程度です、どちらも」
「五割もあるのか。意外と高いな」
「滅びる滅びないの二択じゃないですからね!?」
目を丸くして抗議してくるクロエを見る限り、まだ大丈夫そうだなと内心で胸を撫でおろす。
目の前で、異世界から召喚した面々がまるで役に立っていないところを見てしまっているのだ。
絶望から来る無気力感にとらわれてしまっていたとしてもおかしくはなかったのだが、これくらいの軽さで会話が成立するのであれば、限界まではまだ余裕がある。
「ゾンビについて説明してくれ」
「え? えぇっと。基本的には死体に何か悪い霊が憑依することによって動くようになったものですね。この場合に入り込む霊は本人だったり他人だったりと様々です」
「ターンアンデッドでアンデッドが浄化される仕組みは?」
「あの、私は魔術師なんですが……聞いたところでは神聖な力で死体に入り込んでいる霊を昇天させるからだそうです」
「クロエの目から見て、先程のターンアンデッドの出来は?」
「完全に行使に成功していたと見えました。ただ、私は専門外ですので本職にしか分からないような不具合が発生していたとしても分かりません」
話をしていれば多少は気がまぎれるはずで、クロエが限界に達するまでの時間を引き延ばすことができる。
ついでにクロエから得られた情報を元に、現状をなんとかする方法がぱっと思いついたりするかもしれない。
そう考えて俺は必死に思考を回しながらクロエとの会話を続ける。
本当はエクレールについても考えてやらなければならないような気はしたのだが、理由は分からないが何となくそっちはどうとでもなりそうな気もしていた。
「どうしました、エクレール?」
「何かとても不愉快です」
むっとした顔をするエクレールをクロエが不思議そうに見ている。
どんだけ勘が鋭いんだと呆れつつもそれが顔に出ないように気を付けながら、俺はさらに考えた。
ターンアンデッド自体に問題があったとは考えにくい。
外から見ていたクロエも不具合があったようには見えなかったと言っていたし、そもそも聖女や神官長といった称号を持つ者が、それ程難しくはない術の行使に二人揃って同時に失敗するというのも条件としては無理がある。
「まぁ、出るときは立て続けに出るもんだけどなぁ。ファンブルって」
「何ですかそれ?」
「異世界言語だよ。絶対的失敗という意味だ。システムにもよるが三十六分の一の確率で発生する」
「確率、高いですね」
「現実の話じゃないがな」
クロエを煙に巻くようなことを言ってから再度考える。
先程の冗談を元に考えてみても、二人揃ってファンブルする確率は千二百九十六分の一の確率だ。
まず発生するようなものではない、と思う。
もっとも発生する、発生しないの二択で考えるとその確率は五割になってしまうのだが、話がややこしくなるだけなので考えないでおく。
とりあえず検討を続ける条件として、ターンアンデッド自体に問題はなかったと仮定する。
では、問題なく術が行使されたというのに状況が想定通りに動かなかったのは何故か。
「王国兵、頑張りますね」
「ここにいられるだけの精兵ですから当然です」
「ですが、戦況はかなり悪いですよね」
「敵の数が多すぎるのと、初手に失敗したのが痛いですね」
王族や貴族。
勇者達にはまだ被害が出てはいないものの、兵士にはそこそこの数の。
騎士にもまばらにではあるが犠牲者が出始めている。
ゾンビ共に殺された者は、息がある内は体中を噛まれたり、引きちぎられたりしているのだが、ある程度やられてしまうとゾンビ共の仲間入りをするらしく、喰い尽くされてしまうようなことはない。
せめてゾンビ共が殺した兵士などを喰い尽くしてくれていれば敵が増えることもないのにと思っていると、クロエが怪訝そうな声を出した。
「何か変ですね」
「何がだ?」
「ゾンビに殺された人は高確率でゾンビになるのですが、十割がゾンビになるわけじゃないはずなんです」
ゾンビというものは死体に良くない霊が取りついたり、取りつかせたりすることによって生じる魔物なのだが、ゾンビに殺された犠牲者は高確率で同じゾンビになるものの、これは絶対ではないのだとクロエは言う。
ゾンビに転じる前に普通に昇天してしまう場合もあるのだ。
「ですが見た限り、殺された兵士は例外なくみんなゾンビ化しているように見えるんです」
「それは……」
高確率でそうなるのであれば、あり得ない話ではないのではないかと言いかけた俺をクロエが制する。
「まだあります。よくない霊が取りつくといった行程上、聖職者がゾンビ化することはまずない、と言われています」
聖職者はその体と魂を仕える神に捧げているのだから、そう言った霊に転じたり、霊が入り込んだりすることはないとされているらしい。
しかしクロエが指さした方向を見れば、聖女をかばってゾンビ共の餌食となった神官長がいつのまにやらそのぼろぼろの体を引き摺るようにして立ち上がっていて、兵士に襲い掛かっている姿があった。
それは明らかにゾンビ化した姿であって、クロエのもたらした情報とは異なる。
「何か変、というのが分かって頂けましたでしょうか」
「あぁ。つまり相手は普通のゾンビでは……」
そこまで口にして、何か引っかかりを覚えて俺は言葉に詰まる。
「ゾンビ……あ!」
化物のことを指し示すその単語。
それについて考えてみた俺は、ふと元いた世界のことを思い出して声を上げたのだった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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