流れるように嘘を吐く
「俺の元いた世界には貴族に対する平民の礼儀として、顔面に拳打を放つことが許されている」
「そんな流れるように嘘を吐かれましても」
殺っちゃったかもしれないなと思いつつ、俺が言い放った言葉に淡々とクロエが突っ込みを入れてくる。
「嘘じゃない。嘘だと確認できるのか?」
「それは……できないですけれども」
追及の手はあっさりと鈍った。
俺が元いた世界へクロエが行けない以上は俺の言動の真偽は確かめようがない。
もし、それが可能ならば俺を元いた世界へと送り返すことだってできるはずなのだ。
唯一、この嘘を看破できるのはこの本城に召喚された者くらいだと思われるが、仮にそいつらが突っ込みを入れてきたとしても言い逃れる方法はある。
「侯爵閣下の容体は?」
「いちおう、元には戻せます」
クロエの問いかけにエクレールが答える。
侯爵自身は兵士達に脇を抱えられて、どこかへと運ばれていく真っ最中だ。
「死ななかっただけよしとしなければなりませんね」
「エクレール、それは……」
「ソーヤ様はこの国の住民ではなく、そもそもが異世界の民です。この国の法が適用できません」
「あら……」
クロエは今それに気付いたというような顔でこちらを見る。
俺としてはぞっとするような話なのだが、俺のような異世界人はそもそもが国に属しておらず、その国の法の庇護を受けられない。
納税も何もしていないのだから、当然と言われれば当然のことだ。
そして法の適用がされないということは、法の裁きを受けることもないらしい。
つまり、一人治外法権状態。
ただ無敵かと問われると、相手側もまた俺をどう扱ったとしても全く無罪になるので、下手なことはできない。
「殺ってもらえれば色々と、面倒が減ったかと」
「えぇっと……」
「俺は暗殺者じゃないぞ」
便利にそういう目的で使われても困るので、エクレールには強めの口調で告げたのだが、きょとんとした表情をしている彼女にどの程度通じたのかは分からない。
殴る相手はよくよく見定めなければならないなと思う反面、先程衝動のままに貴族の顔面を陥没させる勢いで殴ってしまったばかりであるので、どの口がいうと突っ込まれれば、その通りでございますと平伏する以外にない。
「何の騒ぎか?」
行動を慎むというのは難しいものなのだなぁと思っていると、広間の奥からぞろぞろと、明らかに他の兵士達に比べて質の違う装備を身に着けた大男と、ローブ姿のやせ気味な中年男性。
それときらびやかな飾りのついた僧服を身にまとった老婆がその背後に何やらぴかぴかと光る装備に身を包んだ若い男性二人と女性一人を連れて姿を現したところだった。
その一団を、やたらと豪華な椅子に座っていた王と思しき老人が立ち上がって迎える。
「おぉ、騎士団長よ。して、首尾の方はどうであったか」
「陛下。恐れながら万全と言える程の時間がございません。しかしながらさすがは勇者殿とそのご友人達。その力は必ずや王国の窮地を救ってくださることでしょう」
「お任せ下さい陛下。勇者として王国の平和のため。この力を使ってみせましょう」
勇者であるらしい若い男性が腰に吊るしていた剣を抜き放つと、広間を眩いばかりの光が埋め尽くした。
広間に集った人々が感嘆の声を上げる中、俺は勇者一行のいる集団へ歩み寄ろうとしていたクロエを脇に抱え、広間の隅っこの方の柱の陰へ隠れる。
「何をするんですか!?」
クロエが抗議の声を上げる。
強めの口調ではあるものの、俺がこそこそと身を隠したところから、何かあるのだろうと察したらしく、声の大きさはかなり控えめなものになっていた。
「それはこっちのセリフだ。お前さん今、何をしようとした?」
「それは……陛下に四人目の……」
「止めておけ。あの貴族の反応から察するに、ろくな扱いはされないだろう」
周囲の注目やら期待やらはとにかく勇者とその一党にばかり注がれていて、他は本当におまけというか予備というか、全く期待されていないらしいということは十分に理解できた。
過度に期待されても面倒ではあるが、勝手に呼び出しておいて全く期待していないというのもまた酷い話だと思う。
支城の地下で死んでいた女子高校生には化けて出てくる権利があると思うのだが、あれが化けた代物は俺達が始末してしまっていた。
それはともかく。
呼び出した側が全くこちらに期待していないというのであれば、こちらはこちらで勝手にやらせてもらうだけのことである。
ちょうどよく勇者達が搭乗してくれたおかげで、全ての注目や関心が勇者達に向いてくれたのだから、ここはこれ幸いと逃げ出す場面であり、ここにもう一人いますよなどと余計な報告をクロエにされてはたまったものではない。
「で、ですが」
「私もソーヤ様のご意見に賛成します」
「エクレール?」
いつのまにやら合流していたエクレールの言葉が、クロエの反論を遮る。
「確たる証拠を出せ、と言われてしまうと困るのですが」
「ですが?」
「メイドの勘で、彼らに合流すると死ぬ気がします」
それは絶対にメイドの勘などというものではない、という突っ込みが喉元までせりあがってくるが、空気と状況とを読んでぐっと我慢する。
俺としては、できればクロエには折れて欲しいところであるので、中身はともかく賛同者は大事にしたい場面だ。
「死にますか?」
「はい。十中八、九で。残りの一か二に賭けてみるとおっしゃるのであればお止めはしませんが」
「もしそうなったら、ついてきてくれますか?」
「いえ。ここで主従関係を解消して頂きます」
クロエがエクレールのどんな返答を期待していたのかは分からない。
しかし確実に、エクレールの出した答えはクロエが望んでいたものではなかったようで、クロエの表情が渋いものになる。
「そこは最期までお供しますというところではないんですか?」
「死ぬと分かっている状況に盲目的にお付き合いはできません」
クロエの立場では、宮廷魔術師という役職にある以上は王族を見捨てる行為に抵抗があるのだろう。
一方のエクレールは城勤めのメイドではあるものの、直属の上司はクロエであり、王族への忠誠心はそれ程高くないらしい。
というか、この反応はクロエに対する忠誠心の方にも疑問が生じるのだがと思う俺に、エクレールはしれっと告げた。
「私の力で切り抜けられない状況に陥りたくはありませんので」
「そこまで、ですか」
驚くクロエにエクレールは無言である方向を指さした。
そちらへ目を向けると、勇者達や騎士団長達を引きつれた王が、広間にいる者達へ声を張り上げる姿があった。
「聞け! 我が国の者達よ! 異世界から招きし勇者達と共に、我が国を襲う亡者達を、打ち倒す時が来た!」
「何をされる気でしょう?」
「援軍の来ない籠城戦は緩やかな自殺と同義ですから」
「つまり?」
「討って出る気、なんでしょう」
「そんなまさか……」
広間にいるのは数十人程の兵士と、十数人の貴族達。
これに王族数人と勇者一行とで百にも満たない人数だ。
城外を囲むゾンビ共はその数十倍以上の数をそろえており、いくらなんでもこれに討って出るというのは無謀だと思う。
「それでもやるんだろうなぁ」
俺の呟きを肯定するように、王が一段と大きな声を出す。
「夜明けと共に! 勇者達と共に亡者の群れを駆逐する! 皆に神の御加護を!」
王の言葉に兵士や貴族達から歓声が上がる中、クロエが平坦な口調で言う。
「なるほど、死にますね」
「勇者への期待値があまりにも高すぎます」
「もしかして、と期待する部分が全くないわけではないのですが。聖女様と神官長様がおられますし」
勇者達と一緒に出てきた老婆は神官長だったらしい。
神に仕える者は対アンデッド戦において、かなり大きな戦力になる。
「私、若い身空でまだ死にたくありません」
「それは私もです。というわけで何かいい案ありませんか?」
クロエにそう尋ねられて、すぐに何か思いつくわけもなく俺はただ首をすくめて見せたのであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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