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天井からのエントリー

「何だ!?」


 驚かされたという事実に思わず声が荒くなる。


「これは……」


 クロエの呟きと共に壁や床に振動が走る。


「本城の正門が破られてしまいましたかね?」


 しれっと言ってのけたエクレールの一言に、俺とクロエの目が同時にエクレールの方を向く。


「何か?」


 二人から視線を向けられても全く動じた様子もなく、問い返してくるエクレール。

 その仕草だけで、こいつにとっては本城の正門が破られたことなど特に大事でもないのだなと俺は察したのだが、クロエは理解できないとばかりにさらにエクレールへ言う。


「何か、ではないですよ!?」


「クロエ様は何をそんなに慌てておられるのです?」


「何をって……」


「ただ閉じられているだけであった以上、本城の正門がいずれ破られてしまうことは最初から決まっておりましたよ?」


 それはそうだろうなと思う。

 これにはクロエも反論することができずに口を噤んだ。

 この城の正門とやらがどれだけ頑丈な代物だったかは知らないが、物である以上は必ず耐えられる上限というものが存在する。

 正門自体が金属製で、人力では破壊できないものだったとしても蝶番や鍵の部分などのように圧力や衝撃に弱い部分というものが存在するのだ。

 人以上の力を持ち、何千何万と群がるゾンビ共を相手にすれば遅かれ早かれ、どこかが壊されてしまうことは避けられない。


「それに正門が破られたとしても、皆様がおられる広間まではまだ二つの門が存在しているのですよ」


 すぐさまどうこうなるような状況ではないのだから、まだ慌てるような時間ではないというのがエクレールの主張のようだ。


「ですが……」


「門を守っておられる兵士の方々でしたら。それはお仕事ですので諦めて頂くしかないかと考えます」


 王城の正門から謁見の広間までのルートには、正門を含めて三枚の扉があり、それぞれに守備兵が配置されていたらしい。

 つまり正門が破られた今、なだれ込んできたゾンビ共と守備兵との間で戦闘が行われているというわけだ。


「それは……」


「納得できずとも、助けに行けるだけに力が私達にはありませんので、こらえて下さい。あぁ、ここですね」


 エクレールが不意にしゃがみこんだかと思えば、床の一部を手で叩く。

 それほど力を入れて叩いたようには見えなかったが、床は簡単に崩れて穴が開いた。

 開いた穴の中を覗き込めば、しゃがんでどうにか通れるかなと思うくらいの空間があるのが見える。


「ここを抜ければ目的地です」


「抜けるって……」


 しゃがみこまないと通れないような空間。

 しかも真っ暗なそおを抜けなければならないのかと気を滅入らせつつも、行く以外の選択肢は存在しておらず、仕方なくといった感じで穴へ降りたクロエがそのまますとんと下へ落ちた。

 何事かと驚く俺の背を、エクレールがとんと押し、クロエの後を追うようにして俺も穴へと落っこちる。


「何だこれは!?」


「ふぉ、フォーリングコントロール起動!」


 下っ腹がぞっとするような落下感を覚えたのも束の間で、クロエが行使した魔術の効果が俺とクロエの体を支える。

 落下速度を制御する魔術であろうそれのおかげで、自由落下する恐怖から免れた俺は、ゆっくりと下降しつつ周囲の様子を見る余裕が生まれていた。

 まず上を見ると、俺達が落ちてきたはずの穴がない。

 あるのは石造りの天井だけだ。

 落ちた瞬間に修復されたという考えもできなくはないが、あまりにもスムーズに落ちたところからして元々そこは穴が空いていたのではないかと考える。

 穴の上に幻影を重ねて見えなくしておくというのは、ファンタジーではよくあるタイプのトラップだ。

 それを天井に仕掛ける意味はさっぱり分からないが、何かに使うのだろう。

 ひるがえって下を見れば、おそらくクロエが行使した魔術に気が付いて呆然と上を見上げているいかにも貴族っぽい恰好をしている男女の姿があった。

 どれがどんな役職の貴族なのか今の俺に分かるわけもなかったが、部屋の中央にある立派な椅子に腰かけている面々辺りが王族とか高位貴族といった者達ではないかと思う。


「あわわっ! これって!?」


 召喚された者達というものはざっと見回した限りでは見当たらず、どこにいるのやらと探し始めたところでクロエの慌てた声と共に落下速度が少し速くなる。


「クロエ様。魔術の制御が甘くなっております」


 いつのまにやら俺達を追いかけて落ちてきたクロエがやたら落ち着いた声でいう。

 本人はどうやら本人がクロエと同じ魔術を行使し、制御しているらしい。


「で、ですがローブの裾がっ!」


「見られては困るようなものを身に着けておられましたでしょうか?」


「見られて困らない代物なんてあるんですか!?」


 スカートやらローブやらで天井から落下しているのだ。

 下から見上げれば、見られたくない物の一つや二つはちらちらと見えてしまうのだろうなと思いながら、魔術に支えられつつゆっくり落下することしばし。

 謁見に使うためなのか、妙に高さのある空間を無事落下しきった俺達は床へ足をつけると同時に殺気立った兵士達に囲まれることになった。


「何者だ! 怪しい奴らめ!」


「待って、待ってください!」


 こちらにいきなり突きつけられた槍の穂先に少々いらっとしたものを覚えつつ、こいつらをどう処理してやろうかと物騒な思考を巡らせていると、一泊遅れて着地したクロエがよたよたと体勢を崩しながらも兵士達の前へ出る。


「宮廷魔術師第三位のクロエです! こちらは異世界からの客人。失礼のないようにお願いします!」


 強制的に連れて来られたというのに客人というのだろうかと意地の悪いことを考える。

 そんな俺の前に立って兵士達からの盾になろうとするクロエ。

 その姿を見て、ゆっくりとではあるが兵士達は武器を下ろす。

 多少腹は立つものの、状況から考えてみれば俺達はいきなり天井から落下してきた不審者と思われても仕方のないものがある。

 そこを考慮すれば、多少のことは仕方のないこととして腹に納めておくべきだろうと思う俺の耳に、中年男性の怒鳴り声が飛び込んできた。


「四人目だと!? 遅い! 今まで一体どこで何をしておった!」


 金髪で中肉中背。

 いかにもファンタジー世界のお貴族様でございと主張しているようなごてごてと飾り付けられた衣装。

 できるだけ近くに寄りたくないなと思わせる脂ぎった中年男性が兵士の輪を押しのけて、こちらへ足音も荒く歩み寄ってくる。


「申し訳ありません。我々のみで本城の囲いを抜けてくることはなかなか難しく」


「言い訳など聞きたくはないっ!」


 頭を下げるクロエへぴしゃりと言い放つおっさん。

 これはどこのどなたなのだろうかと思う俺にエクレールが近寄ってきて、耳元で小さく囁いた。


「キンブル・アーサーツリー侯爵です。法衣貴族で王家の側近ですね」


 要は役人の中でそれなりに偉い人であるらしい。


「宮廷魔術師より偉いのかそれは」


「権力的には王家の側近という肩書だけで、あちらの圧勝です」


「それはまた面倒な」


 ぼやいた俺の方へ、キンブルとやらの目が向く。

 クロエとエクレールの顔はおそらく見知っているだろうから、消去法で俺が異世界人だということは誰にでもわかる。


「貴様が異世界人か。おい、何を突っ立っている? 貴族に対する礼儀というものを知らんのか下民が」


 貴族に対する礼儀など、俺が知っているわけがない。

 だって俺の世界に貴族がいたので、はるか昔の話なのだもの。

 俺が生活していた現世においては存在しなかったものに対する情報なんて、持っていなくて当たり前なのである。


「恩恵の判別がまだだと? あぁやらんでいい。どうせ数増しの召喚だ。こちらに勇者や聖女がおられる以上、他はどうでもいい」


 勝手に呼んでおいてなんて言い草だとは思うのだが、相手は貴族という生き物である。

 他者から自分を慮られることはあったとしても、他者を慮ったことなどたぶんない生き物なのだ。

 なので短慮などせず、ただじっと過ぎ去るのを待つのみ。


「クロエ殿のところは第三であったか。すると第二の召喚室はどうなった。どうせハズレではあるのだろうがいないよりはマシな奴が来たのではないのか」


 お前、何だその言い草は。

 そっちの都合で勝手に呼びつけておいて謝礼の一つもなしに、ハズレ呼ばわりとはいい度胸じゃないか。

 荒事なんかきっと無関係だった女子高生がゾンビ共と戦わされた挙句にハラワタ喰い尽くされるようになるに至ったまでの諸々をその身に叩き込んで欲しいのか。


「あの。ソーヤさん?」


「すまん、口に出ていたか?」


「ついでに行動にも」


 クロエが指さした先には顔面に拳大のくぼみを作って吹っ飛ぶ貴族の姿があった。

面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。


書き手への燃料ポイントと言う名のブクマ・評価・励ましの感想などお願いします。

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