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秘密の空間

 開いた穴は確かに、俺達が穴の下からどけると時間を巻き戻すかのように建材が宙へと浮かび上がり、瞬く間に穴をふさいでしまう。

 まるで魔法のようだと思ってしまったものの、実際それはこちらの世界では普通に使用されている魔術である。

 故に驚いたのは俺だけで、クロエとエクレールは特に面白がる様子もなく、淡々とふさがる穴を見ていた。

 穴が完全にふさがってしまうと周囲は闇に閉ざされてしまうが、すぐにクロエとエクレールが指先に小さな明かりを灯して辺りを照らし出す。


「エクレールも魔術が使えるのか」


「メイドのたしなみでございます」


 さして自慢するような様子もなく、そっと頭を下げて見せたエクレールなのだが、そのエクレールに対して俺を盾にするような位置に立っていたクロエはそれを否定するかのようにぷるぷると首を横に振っていた。


「何者なんだ?」


「うちに古くから仕えている一族の出身、ということしか知りません」


 小声で尋ねた俺にクロエはひそひそと答えた。

 聞けばクロエの家は代々、腕のいい魔術師を輩出している家系で、大体一族の内誰か一人が常に宮廷魔術師の席にいるのだと言う。

 そのため、貴族同様の扱いをされていて、エクレールの一族はそんなクロエの一族に代々仕えているらしい。


「私の場合も、物心ついた時からエクレールが側付きでしたので、気付いたらもうメイドをやっていたとしか……」


「年齢、いくつ離れてるんだ?」


「四つ……でしたか?」


「三つです、クロエ様」


 被り気味にエクレールが詰め寄りつつ訂正し、クロエが仰け反りながらこれに謝る。

 比較的どうでもいいことのようにしか思えなかったが、それを口に出して虎の尾を踏むのも馬鹿らしく、俺は二人にとりあえず本城を目指して移動しないかと提案した。

 俺の提案は特に反対されることもなく受け入れられ、俺達三人は隠し通路の中を移動し始める。

 元々、王妃がよろしくない逢瀬をするために使われていたというこの通路は、本当にただの通路でしかなく、隠し通路にありがちな罠や仕掛けの類が全くない。

 通路を使うのが王妃だけという特殊な設定上、下手に何かを仕掛けてしまったら王妃を害してしまいかねないと言うことと、通路が城外へ通じているような代物ではなくただ本城と中庭とを繋いでいるだけの通路ということで、何かしらの仕掛けをしておく必要がなかったからではないかと思うが、真偽のほどは不明。

 案外、ただの予算不足という線もあるのではないかと思うが、本当のところを知る者はたぶんもういないはずだ。

 そんな通路を歩くことしばし。

 クロエとエクレールとが魔術で作り出した明かりを頼りに歩いてきた俺達はほどなくして、行きどまりに遭遇した。

 エクレールが言うにはここは一本道の隠し通路であるとのことで、道を間違えた可能性はほぼなく、だとすればここが目的地である本城の下であると考えられる。


「どうやって開くんだ?」


 俺はエクレールに天井を指さしつつ尋ねる。

 天井は見た限り、しっかりとした石造りであり、簡単に崩れそうには見えないものの、庭師の小屋の方と同様に何かしらの仕掛けがあるのだろう。


「皆様、端の方へ」


 エクレールは俺とクロエを壁際の方へ避けさせると、通路の真ん中にしゃがみこみ、一定のリズムで床を叩く。

 それが終わるとすぐさま壁際へ移動したエクレールを追いかけるようにして、天井があっさりと崩れた。

 ぽっかりと開いた穴を見上げながら俺は呟く。


「で、これどうやって登る?」


 天井は俺が手を伸ばしても届かないくらいの高さであった。

 足場のようなものはなく、このままでは穴から外へ出ることはできないのではないかと思っていると、エクレールがクロエをひょいとばかりに横抱きに抱え上げた。

 まさかと俺が見守る中、エクレールはぐっと力をこめるかのように体を沈めると、クロエを抱きかかえたまま垂直に飛び上がる。


「うそだろ!?」


 信じられないといった気持ちでいっぱいになるが、エクレールは人一人を抱えたまま垂直飛びでおよそ三メートルはあるだろう高さを飛び越えてしまったのだ。

 目の前で起きた現実の光景でありながら、それを自分の目で見たというのに自分の目を疑ってしまう俺の前に、スカートを翻しながらエクレールが着地。


「黒だった?」


「何がですか?」


 言ったら殺すと言わんばかりの険しい視線で睨みつけられて、俺はなんでもありませんと首を横に振る。

 エクレールはしばらく俺を睨みつけていたが、やがて一旦目を伏せて、小さく息を吐き出してからすっと俺に近寄ってきた。

 もしかして殴られるのだろうかと思った俺は、背中と膝の裏にエクレールの腕が差し込まれ、ひょいと抱き上げられたkとに思考が停止する。


「え? え? 何を?」


「ソーヤ様、自力で跳べますか?」


 問われて天井を見上げ、とてもじゃないが無理だと首を振ると、エクレールは俺を抱えたまま跳躍し、瞬時に穴の外へと飛び出した。

 どんな脚力をしていればこんなことが可能になるのか。

 クロエを抱えて飛んだだけでも常人離れしていると言うのに、俺を抱えて同じ高さを飛び越えて見せるなど、とてもではないがただのメイドの所業ではない。


「黒のスケスケでした」


「何を見てらしたのでしょうか、クロエ様」


 そのまま音もたてずに着地したエクレールの足元を見て、俺は再度驚く。

 そこには一瞬前までエクレールが俺を抱えて飛び出した穴があったはずなのだが、短い滞空時間の間にその穴が、きれいさっぱりとふさがれていたのだ。


「ソーヤ様、もう下ろしても?」


「あ、あぁ。助かった」


 エクレールの問いかけに頷くと、エクレールは俺の体をそっと床へ下ろした。

 抱えられて触れた感覚からして、エクレールの体は極めて普通の女性の域を越えてはいないと思われる。

 それが成人男性を一人抱えて、数メートルの高さを飛び上がれたのは多分、魔術的な身体強化のおかげと言う奴ではないかと思うのだが、それにしてもやはりとんでもない能力だ。


「エクレールが否定しないということはやはり……」


「クロエ様。本日のクロエ様のお召し物を私が知らないとでも?」


「そ、それは……」


 エクレールに半眼で睨みつけられてクロエが焦りだす。

 そんなクロエをしばらく睨みつけていたエクレールだったが、すぐに睨むのを止めて口を開く。


「何はともあれ、本城内部に入れたようです」


 そう言われて周囲を見回してみると、殺風景な石造りの部屋で、窓際に棚やら何やらが並べられており、剣や鎧の類が結構な数、並べられているのが見えた。


「武器庫?」


「はい、本城務めの兵士のものです」


「ほぅ」


 汚れすぎたせいで手甲を失ったばかりである。

 代用品が手に入るのであればもらっておきたいということをクロエやエクレールに伝えると、エクレールが棚の一つから黒い手袋を引っ張り出してきた。

 先程まで使っていた革の手甲と違い、手にフィットする感じのこの手袋は、本来は金属製の手甲の下に身に着けるものなのだとエクレールは言う。


「防刃、耐衝撃の効果があります。騎士様の装備ですね」


 手を通してみると、少しきついかなというくらいの代物。

 材質がこれも革のようなので、使っている間に手になじむだろうと思われる。

 先に使っていた手甲と違うのは、指がきちんと分かれたデザインになっているので指の使用に不便さがないという点だ。


「どうでしょうかソーヤさん?」


「これはいいな。手の自由度が段違いだ」


「お気に召されたのであれば何よりです」


 時間があれば、手の甲などに装甲版を取り付けたりしたいところではあるのだが、今は時間も材料も手持ちに無い。


「他に必要な物があれば持ち出して下さい。クロエ様の権限で大体の物はここから持ち出せるはずですので」


「それは、私の台詞……」


「再度ここへ来れるかどうかは分かりませんので、できる限りの武装を」


 そう言いながらクロエはショートソードと思われるものを次々と手に取っては、どういう仕組みになっているのか、スカートを一部まくりあげてその内側へ突っ込んでいく。


「どうなってんだ、あれ?」


「さぁ? スカートの中身は秘密の空間なのでしょうか?」


「クロエのも?」


「私はローブで、スカートではないので」


 生真面目にそうクロエに答えられて、どう反応していいやら分からないままに俺は首をすくめるに留まったのだった。

面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。


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