塩対応のメイド
「色々と脇にどけておかなくてはならないことがありますが、今は目の前の問題を片付けることが先決です」
やや釈然としない表情で、そう言い切ったクロエはエクレールと情報交換を始める。
クロエからはこれまでの経過や俺の素性に関しての情報がエクレールへと伝えられ、エクレールからは本城の状況が俺達へ伝えられた。
「本城の召喚室では三人も召喚に成功したんですか」
心底驚いたというようなクロエであるが、それを聞かされた異世界人である俺としては、戦力が増えたと喜ぶよりは、こいつらまた異世界から三人も誘拐してきやがったのかと思う気持ちの方が強い。
どうにかして召喚を止めさせるか、召喚のシステム自体を破壊してしまわないと犠牲者が増えるばかりなのだが、一概に全てを消してしまうことを多少ためらってしまうのは、同意なく召喚された者達の中には、一部ではあるが召喚されたことを幸運だなと思う者が確実にいるだろうと思うからだ。
喜ぶ者がいる代物を、俺の一存で完全に消し去ってしまうのはいかがなものかと思ってしまうのだが、俺としては文明の進んだ世界から、訳の分からないファンタジーな世界へ呼ばれて大喜びする日本人は馬鹿ばかりだと思う。
ただこれも俺個人の考えでしかなく、しかも俺自身が多少なりとも召喚されたことについて喜びを感じているのもまた事実であるので、俺もまぁまぁ度し難い。
これも突き詰めていくと自滅しそうなので脇へどけておくことにして、エクレール曰く、本城に召喚された異世界人は男性二人と女性一人。
これらが所持している恩恵を調べてみたところ、男性の方が勇者と剣聖。
女性が聖女であることが判明したのだという。
「それは凄いですね」
クロエが呆けたような声でそう言ったが、無理もない。
肩書を聞く限り、どう見積もってみても大当たりの主人公パーティだ。
魔術師がいないのは、パーティの中に一人くらいは現地人が入っていないとダメだろうという創作者の配慮であり、勇者と聖女とが幼馴染などの関係にあるのであれば、剣聖役とくっつくポジションなのがあからさまに分かる配役である。
ちなみに三人目が剣聖ではなく賢者だったりした場合は、何故か刀を振るう女性版の剣聖が入ったりし、これが勇者とくっつくか賢者とくっつくかによってパーティ追放ものだったり、王道ファンタジーだったりに分岐したりするのだ。
尚、三人目が物理攻撃重視で人外担当の獣人娘だったりした場合は高確率で追放モノに舵を切ることになる。
話がズレたので戻す。
国難に直面している現在にあって、この召喚結果は救いの手であると本城は喜びに包まれたらしいのだが、呼ばれた者達は皆、元々は学生の身でしかなく戦う術も覚悟も持ち合わせてはいなかった。
「それが普通なんですか?」
「何故俺に聞く? そもそも俺とそいつらとが同じ世界から来たとは限らないだろ」
俺が元いた世界と、今いる世界とがあるのだ。
それ以外の世界が存在していたとしても、何もおかしなことはない。
そう思って答えたのだが、これはクロエによって否定された。
「それが限るんです。過去の召喚結果は例外なく、同じ世界からしか召喚していないんですから」
「何故?」
「さぁ? たまたまなのか何か原因があるのか。そもそも召喚の術式自体、誰が作ったものなのやらも不明でして」
「よくそんな代物を使う気になるな」
作成者は不明で、動作原理はブラックボックスなどと言う代物を亡国の危機に際して使用するなど、正気の沙汰とは思えない。
「稼働実績は確かなので……」
これまできちんと管理してきており、誤作動したという例もなく、異世界人の召喚も、少なくともこちらの世界の人間にとっては問題なく実行されている。
動作に問題なく、結果が有益であるならば、たとえ得体のしれないシステムであったとしても使うでしょうとクロエの同意を求められたのだが、これに賛同するのはかなりためらわれた。
「その件について考えるのは別の機会にするとして、だ」
話題を強引に変えて、俺はエクレールの質問しようとして口ごもる。
このメイド、主人と認識しているクロエに対してはきちんと受け答えするものの、それ以外である俺に対しては結構な塩対応なのだ。
質問に対してまともな返答が期待できない以上、会話にクロエをクッションとして挟み込む必要があると考えていると、クロエが小さく溜息を吐いた。
「エクレール。ソーヤさんの扱いを私と同等にしてください」
「それはご命令でしょうか?」
エクレールの声に少しだけ硬さが混じった。
そりゃどこの誰とも分からない人物を主人と同等に扱えと言われれば、従者としては面白くない所があるだろう。
俺としては質問に淡々とでも答えてくれさえすれば一応は事足りるので、その辺りの妥協案を提示しようと口を開きかけたところで、クロエがまた一つ溜息を吐いた。
「命令ではありません」
「では拒否しても?」
「構いません。ですが、私からのお願いということで聞き届けてもらうわけにはいきませんか?」
クロエの言葉に対してエクレールが顔に出した感情はおそらく、多少の迷いと不快感。
どこの馬の骨とも分からない輩を主人同様に扱うことに不快感を覚えはするものの、では主人の願いを無下に断る程に不快かと問われると、そこまでのものでもないといったところだろうか。
多少我慢して主人の願いを聞くべきか、やはり嫌ですと感情を優先させるべきなのかまよっているのではないかと推測される。
一流のメイドならば、我を押し殺してでも主人の願いを聞くもの、とかなんとか言い出しそうなものであるが、さて目の前のメイドはどう判断するのだろうかと興味深く見守っていると、エクレールはクロエに対して目礼し、一つ咳ばらいをしてから俺へと向き直った。
「失礼致しましたソーヤ様。以降、如何なるご命令に対してもクロエ様同様真摯に対応致しますので、これまでの無礼をお許しください」
「如何なる命令でもって、何でも聞いてくれるってことか?」
言葉にするには少々不用心なものではないだろうかと思う俺に、エクレールは淡々とした口調で応じた。
「はい。なんでもです。私の知識と技量の及ぶ範囲でという条件はどうしてもついてしまいますが」
不用心だなと思っていたらそこへさらに不用心さが重なった。
本気なのか危機感がないだけなのか。
それとも王城勤めのメイドには、異性に対して何でも言うことを聞くということがどのような意味を持つことなのかということが理解できないだけなのかもしれない。
これは一度、痛い目を見せてやるべきかもしれなかった。
大けがする前に擦り傷程度で終えられるのは、まぁ幸運な部類に入るだろうと考えた俺は、さてどの程度のことを口にするべきだろうかと考えて、その考えがまとまる前にエクレールが口を開く。
「ご質問には全て、知る限りでお答えします。たとえば、現在パートナーと呼べる存在がいるのかどうかですとか。この身が純潔であるかどうか。また、既に純潔を失っていると仮定した場合、その相手から喪失時期。場所や方法に至るまで事細かにご報告させて頂きますとお約束します」
「聞く気もないけれど、なんでそこまでノーガードかね!?」
「メイドですので」
しれっと答えになっているような、なっていないような答えを聞いて俺はこのメイドに対して余計なことを聞いたり、指示しないようにしようと心の中で決めた。
なので聞き流すことにして早速質問に移ろうとしたのだが、これを止めたのはクロエである。
「エクレール! 私は慎みまで捨ててくださいとはお願いしていないはずです!」
「クロエ様。お声を小さく。そう騒がれてしまっては周囲の注意を無駄に引いてしまいます」
「これが声を荒げずにいられますか! 貴方は自分の慎みを捨てた挙句にソーヤさんの品性まで疑っているんですよ!」
「いえしかし、男性に無制限の質問を許可した場合は大体そんな流れになるかと」
ですよね、とばかりにエクレールの視線がこっちへ向く。
同時に、そんなことはないですよねとばかりにクロエの視線がこちらを向いたので、俺は両方とも知ったことかとばかりにそっぽを向いたのであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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