無我夢中の結果
ジリ貧になる。
それは分かっているのだが、打開策が何もない。
援軍の来ない籠城戦は緩慢な自殺と同義だとは思うのだけれども、ではどうすれば俺達は助かることができるというのか。
答えは出ない。
答えが出ないだけなのか。
それともそもそも答えが存在していないのかについては分かりませんとしか言えない。
軽く苛立つ。
その苛立ちが動作に出る。
必要最小限の動きと力とで戦わなければ、あっさりと疲労で動けなくなるかもしれないと言うのに、余計に入った力はゾンビの首の骨をねじ折るだけに留まらず、折れた骨が肉と皮とを突き破ってしまう。
これではいけない。
終わるかどうかも分からないこの戦いに一分一秒でも長く携わるには、体力を温存し続け、少しでも動ける時間を引き延ばさなければならない。
諦めるか。
あるいは自棄になってしまった時点でこの話は終わる。
その先に待っているのはゾンビ共の仲間入りをし、何も考えられなくなった状態で、あーとかうーとかうめき続けるだけの未来だ。
それが嫌なのであれば、耐えるしかない。
ただひたすらに、死なないためにゾンビ共を処理しつつ、来るかどうかも分からない助かる道を目指して。
「あの……ソーヤさん?」
「何だ? 噛まれたとかいう報告ならいらないぞ。死んでゾンビになったらできるだけきれいに始末してやるから」
「それは酷いようなそうでもないような? いえ、噛まれてはいないんですが」
だったら話しかけるな、と思う。
今は口を開く体力すら惜しい。
呼吸は声を出すことよりも、次の動作のために使いたいのだから。
「お楽しみのところ、申し訳ないとは思うのですが」
「誰がお楽しみだ」
言い返す体力ももったいないとは思うのだが、さすがに聞き流せるような言葉ではなく、油断なく構えながら言い返す。
一つ間違えば死ぬ上に、終わりの見えない現状を、誰がどうやって楽しむのだと憮然としながら思っていると、クロエが遠慮がちに言う。
「でも、口元が笑っていますよ?」
手甲をはめた左手で、思わず口元を隠しそうになり、ぎりぎりのところで思いとどまった。
何体のゾンビ共を始末したか分からない俺の両手は、血脂と腐汁とでとてもむごいことになっている。
こんな状態で手で口元なんかを隠そうものならば、即座に失神してしまうか、胃の中のものをその辺にリバースしてしまうに違いない。
と言うか。
途中で止めはしたものの、そこまで近づけてしまったら、それなりにと言うよりかなりひどく臭う。
それだけで強い吐き気を催すが、それがかえって俺の意識を平常時のものへ戻した。
「笑ってたか?」
一応確認するとクロエはこくりと頷いた。
「とても楽しそうに見えて、少し怖かったです」
「それは失礼した」
誤りながらも心当たりのないことではないなと少しだけ嫌な気分になる。
別段、人の形をしたものを破壊するのが楽しいと言ったような趣味が俺にあるわけではない。
常識として、人を殺してはいけないということも分かっているし、そういう行為に対しての抵抗感だってある。
そんな中で俺が笑っていたということは、忌避すべきと考えていた行為の中に、俺が望んでいた要素があったということ。
おそらくは、使い道など全くないだろうと思っていた俺がこれまでに学び、習得してきた技術を、何の気兼ねもなく十全に行使できる現状そのもの。
たぶん、俺はそれを無意識下で楽しんでしまっている。
それが良いことか悪いことなのかはすぐには判断できかねたが、そんな思いが俺の中にあったのだなと認識してしまうと少し驚く。
それは俺が、習得した技術を使ってみたいと、俺自身が意識しないままにそう思っていたのだということだからだ。
別段、風化してしまっても。
俺の代で断絶してしまってもまぁ仕方がないだろう程度に思っていたものに、以外にもそこそこ執着していたというわけだ。
「なんともまぁ……」
元いた世界では絶対に気づかなかったことだろう。
異世界に呼ばれ、命の危険に際して始めて知った心の内というものである。
この気持ちをどう表現していいやら分からずに、苦笑めいたものを噛みしめていると、ピッチフォークの先を床へ突き刺し、それに縋りつくようにしながらクロエが窓越しに俺へ言った。
「ソーヤさん、気づいています?」
「何にだ? 笑っていたこと以外にか?」
「はい。周囲の状況です」
クロエに言われて俺ははっとする。
俺が、俺の意識していなかった俺の内心について思いを巡らせている間にも、ゾンビ共は俺達に喰いつこうとしているはずなのだ。
呑気に物思いにふけったりしている場合ではないと思いかけて、俺は周囲を見回す。
辺りはすっかり暗くなって、夜になってしまっていたものの、クロエが作り出した魔術の明かりのおかげで視界は開けている。
とりあえず目に入るのは累々と転がっている死体ばかり。
破壊されている部分はまちまちだが、ぴくりとも動かなくなった死体が年齢性別に関係なくごろごろと転がっているその光景は、ここは戦地か地獄なのだろうかと思ってしまうような光景だ。
もちろんその光景を作り出したのは俺とクロエの二人なわけだが、何かおかしな所でもあるのだろうかと首を傾げる。
「あ?」
それはすぐに気が付くことができた。
死屍累々といった光景に中に、動いているものがいなくなっている。
正確には俺とクロエ以外。
遠くの本城の方などでは未だにゾンビ共が城を包囲しているようだったが、俺達の周囲には俺達へ襲い掛かろうとするゾンビの姿がなくなってしまっていたのだ。
「全滅させた?」
「全体からすればごく一部ではありますが、私達に襲い掛かろうとしていたゾンビの一団は殺しつくしてしまったようです」
クロエの言葉が信じられず、俺は思わず赤黒く染まった両手へ視線を落とす。
皮の小手がそんな色に染まるくらいなのだから、相当な数のゾンビを破壊したのは間違いない。
しかし、あれだけの数で殺到していたゾンビ共を、自分でやったことではあるのだが、無傷で全滅させてしまうなど、にわかに信じられるわけがなかった。
「クロエがめちゃくちゃに頑張った?」
「それなりに頑張ったとは思いますけれども」
そう答えたクロエの両足はぷるぷると震えており、ピッチフォークに縋りついている腕も、今にも柄からずり落ちてしまうのではないかと思うくらいに力が入っていない。
これは相当頑張ってゾンビ共を迎撃し続けた結果なのではないかと思う俺に、それを否定する言葉をクロエが言う。
「私が倒したゾンビなんて微々たるものですよ。地面に転がっているゾンビの大半は、ソーヤさんがこさえた死体です」
そう言われて改めて周囲を見回してみた。
ちゃんと数える余力などあるわけもないが、クロエの言い分を正しいものだと仮定すると、俺一人で二桁後半から下手をすれば三桁に届くような数のゾンビを仕留めたことになる。
そんな馬鹿な。
いくら相手が、動きの鈍いゾンビ共だったとしても、徒手空拳でもって三桁近くを一人で倒すことができるとは思えなかった。
そもそもそんなことをする前に体力が尽きていなければおかしく、奇跡的に体力が間に合ったのだとしても、クロエより疲労していなければ話が合わない。
軽く体の具合を確認してみるが、震えも痛みもなく、疲労感はあるものの倒れそうな程というわけでもなく、戦う気ならばまだ戦える程度の体力が残っていた。
これでゾンビ共をなぎ倒したと言われても、俺本人が一番信じられない。
「これが異世界召喚の恩恵か?」
「体力増加なのか、回復力強化なのかはちょっと分かりませんが……」
ぐったりしながらクロエが息を吐き出す。
「とにかく、今はとても助かりました」
「それは同感だな」
どのような恩恵だったとしても、それで助かったのであればこれに感謝する以外ない。
遠くの方ではまだゾンビ共がうごめいてはいるものの、とにかく俺は安堵の溜息を長く吐き出したのであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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