クロエが奮戦
こちらの準備が整うのを待っていたというわけではないのだろうが、俺が言葉を言い終えるか終えないかのタイミングでクロエが作り出した明かりが照らし出している範囲の外からゾンビが飛び掛かってくる。
顎が外れるんじゃないかと思うくらいに大口を開き、人とは思えない跳躍力で突っ込んできたゾンビに対し、これでも喰っておけとばかりに正面から撃ち込んだ右の拳はゾンビの前歯を上下共に景気よく圧し折り、ゾンビは歯の破片と血しぶきを散らしながら後頭部から地面へと倒れた。
できれば踏み潰しておきたいところではあったのだが、すぐに新手のゾンビが来てしまうのでこれは断念。
新手の顎先へ軽く左のジャブを当てて牽制を試みる。
死者は痛みなど感じない。
元いた世界の創作物の中にいたゾンビ共は、切られようが殴られようが撃たれようが、おかまいなしに突っ込んでくるものだった。
故に牽制など意味はなく、俺としても多少ゾンビ共の足が止まったらいいなと言う程度の思いと、彼我の距離を測るためのものだったのだが、顎へ軽い一発を受けたゾンビは何故か足が止まってよろめく。
ただの衝撃以上の意味はないはずだというのに変だなとは思いながら、一歩前へ踏み込みつつ右の直突きをゾンビの胸部へ打ち込む。
胸骨の折れる感触。
そしてゾンビの口から大量にあふれ出てくる赤黒い液体。
低くうめきながら自分を抱きかかえるかのように腕を交差させ、前のめりに倒れていったゾンビは突っ伏した顔の辺りに血溜まりを作ると動かなくなる。
「はて?」
何か違和感があった。
それはちょっと違うのではないかという思いが胸の内に生じたわけなのだが、では何が違うのかと具体的に考え始めると答えが出てこない。
妙に引っかかるトゲのようなものの正体について、考えを巡らせたいところではあるのだが、状況がそれを許してくれるわけもなかった。
何せゾンビ共は数えるのが嫌になるくらいのものが次から次へと押し寄せて来るのだ。
とてもではないが物思いにふける暇など与えてくれるわけがない。
掴みかかってくる手を払いのけ、体勢が泳いだところへ軽く蹴りを入れてやり、近くのゾンビ共にぶつけてやる。
ゾンビ共は体のバランスが悪く、体幹もしっかりとはしていないので、押したり蹴ったりしてやるだけで割と簡単に体勢を崩す。
ゾンビ同士がぶつかったりすると呆気なく倒れたりするので、群れの戦闘を軽くコケさせたやったりすると面白いようにバタバタと倒れていくのだ。
さらに、味方に配慮して足を止めたり、脇にどけたりするようなことが全くないので、倒れた奴の上にのしかかったり、平気で踏み潰して行ったりする。
これならば、一体ずつきっちりと倒していくよりは、当たるを幸いになぎ倒していくか、ピンボールよろしく他の個体と衝突させて、共倒れを狙った方がはるかに効率がいい。
そう気が付いてからは相手の体を破壊するような攻撃は使わずに、ひたすら押し倒し、蹴り倒し、殴り倒しては蹴り転がすといった作業に徹した。
体力消費もこれにより、かなり抑えることができはしたのだが、それでも相手の数が多すぎる。
ゾンビ共は倒れた仲間の体にのしかかったり、これを踏み潰したりしながらでもゆっくりと、しかし着実に距離を詰めてくるのだ。
中庭に無限の広さがあったのならば、逃げ回りつつ迎撃に務めることができたのかもしれないが、中庭は限定された空間であるし、そもそもクロエが陣取っている小屋を放置しておくわけにもいかない。
そのクロエはと言えば、小屋の中から入り口や窓をt受かってゾンビ共を迎撃していた。
最初は小さな火の矢などでゾンビ共を射抜き、始末していたのだがこの方法だとすぐに魔力が尽きるとでも考えたのか、小屋の中から飛んでいくものがすぐに変わる。
それはちょっと驚いたことに、俺が小屋の中で見つけた釘であった。
どういう魔術なのかは分からなかったが、あのそこそこ大量にあった釘が、クロエの魔術によって勢いよく発射され、重い音を立ててゾンビ共の眉間や胸へ突き刺さっていく。
どういう理屈なのか、人差し指程の長さの釘はかなりの勢いで宙を飛び、ゾンビの体へ釘自体が見えなくなってしまうほどに深々と突き刺さる。
しかも魔術で射撃しているせいか、まとめて数本が別々の標的に命中するので、ゾンビ共が面白いようにバタバタと倒れていくのだ。
「俺の出る幕、なかったんじゃないか?」
感じとしては歩兵の密集陣形に対してショットガンを撃ち込んでいるかのような光景である。
一度の攻撃で数体のゾンビが倒れていくのだ。
その一撃で動かなくなる個体はともかく、倒れてもまだもがいているような個体は後続のゾンビ共に踏み潰されて始末されるので、クロエ一人でかなりの広さの戦線を維持しているような状態である。
上手くいけばこのままゾンビ共の群れを撃退してしまうことができるのではないかと思うくらいのクロエの殲滅力ではあったが、現実はそこまで俺達に都合よく話を進めてくれる気はなかったらしい。
「ソーヤさん! そろそろ釘が撃ち止めです!」
小屋の中にあった釘の本数はそこそこ多かったものの、ゾンビ共の数はどうやらそれよりもずっと多かったようだ。
「釘の回収は?」
「あれだけ深く撃ちこんでしまっては無理です。もう取れないです」
それ程長くはない釘だ。
確実にゾンビ共を始末するためにはそれなりに深く撃ち込む必要があったのだろうから仕方がない。
抜いて回収することを考えて、加減した結果としてゾンビを倒せませんでした、では意味がないのだ。
「ちなみにあれ、何の魔術を使ってたんだ?」
「サイコネキシスです」
念動力とかいう単語が頭に浮かぶ。
何となく現象としては分かるのだが、どういう理屈なのかはさっぱり分からない。
とりあえずは、見えない手でもって物を動かす魔術なのだろうとアテをつけて、俺は叫ぶ。
「ハンマーなりのこぎりなりに切り替えろ!」
「分かりました!」
クロエが叫び返してくるのを聞きながら、俺は無駄だろうなとは思いつつも左の前蹴りでもって俺の正面にいた男性のゾンビ二体の金的を蹴りぬく。
生きている人間が相手だったのならば、悶絶確定の無慈悲な一撃だったのだが、死人相手では使い道もなく、使い物にもならない代物が破壊されただけのこと。
そう考えていた俺は、蹴られた男性ゾンビ二体が二体とも、その場で膝をつき、前のめりに倒れて痙攣し始めたのを見ることになる。
「効いた……?」
思わずそう呟いてしまったのだが、もしかするとゾンビというものは生前の反応をなぞったりするようなことがあるのかもしれない。
体に染みついてしまった反射的に出てくるということは、体術やら剣術やらの訓練や実戦ではそこそこ見られる現象だ。
もっとも、反射的にそういう反応をしてしまう程に彼らが常日頃から蹴られ慣れていたということではない。
男性はそこを蹴られると大変なことになるという知識を反射レベルで刷り込まれているはずなので、痛くなくとも反応してしまう。
そういうことなのではないだろうか。
真実はゾンビになってみないと分からない話ではあるが、そんな真実の追及のためにわざわざゾンビになり果てる気はない。
そこで思考を打ち切ろうとした俺は、小屋の窓から回転しつつ飛び出していった何かが、鈍くて重い音と共にゾンビの頭部を砕き散らしたのを見てぎょっとする。
それはさらに回転しながら宙を飛び、連続してゾンビ共の頭を破壊しながら地面に落ちることなく飛び続けている。
「なんだあれ?」
「ハンマーを魔術で飛ばしています」
クロエが答えながら、小屋の窓をくぐって中へと入りこもうとしていたゾンビを、小屋の中にあったピッチフォークで突き刺す。
その突き方はあまり武器の扱いに慣れているようには見えなかったが、相手が窓枠をくぐってくると分かっていれば、十分に通用するようだった。
「他に武器は?」
「のこぎりくらいしかありません! 打ち止めです!」
のこぎりでゾンビを倒すのは難しいだろうなと、襲ってくるゾンビ共を殴り、蹴り倒しながら俺は思う。
切りつけたとしてもそう切れるものでもないし、投げつけてやってもそもそも刃の部分がペラペラであるので威力が出ない。
多少なりとも減ったような気はするものの、まだまだ数多くいるゾンビ共を前に、果たしてこれは生き残る目があるのだろうかと思い始めてしまったのだった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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