対ゾンビ耐久戦
死霊というか亡霊というか。
とにかくアンデッドっぽいものが活発に動き回る時間帯はいつなのかと問われれば、大体は夜であると答えるはずだ。
最近は太陽がさんさんと日光を降り注がせるような状況でも出てくるようなゾンビ映画なんかもあったような気はするが、ホラー系統の化物が活躍できる時間帯というのはやはり夜のはずである。
だと言うのに、ゾンビ共の動きが昼間に比べて鈍くなる、というのはなんともおかしな話だ。
気のせいか?
もしくはそうあって欲しいというかそうならないかなと思う俺の勝手な思い込みがそんな光景を見せているのかもしれない。
そもそも、少しばかりゾンビ共の動きが鈍くなったからと言って、何が変わると言うのか。
元々、動きが鈍い連中である。
その鈍さに少しばかり拍車がかかったからと言って何が変わると言うのだろうか。
そう考えて、改めて警戒を続けようかと思った矢先。
俺の目の前で複数のゾンビ共が衝突し、うめき声を上げながらばたばたと倒れたのだ。
何が起きているのかさっぱりわからず、俺は暗くなりつつある中庭のゾンビ共が倒れている辺りへ目を凝らす。
倒れているのは数体のゾンビだが、そこへ倒れる音に反応したのか寄っていったゾンビ共が、今度は倒れているゾンビ共につまずいてこれらもまた倒れる。
中にはドミノのように倒れてきたゾンビを支えきれずに連鎖して倒れていく個体まで現れ始めた。
なんとなく、見ている分にはコミカルに見えなくもないのだが、目の前で起きている光景は少なくとも俺の知っているゾンビの行動としてはおかしい。
本当に一体何が起きているというのか。
それをもう少し詳しく見ることはできないだろうかと俺は目を凝らし続けてみたのだが、段々と暗くなっていく状況ではゾンビ共の姿を詳しく見るどころかそれを視認すること自体が難しくなっていく。
なんとかならないものだろうかと、出入り口の扉にしがみつくようにして身を乗り出していた俺は、急に支えを失って前のめりに小屋の外へと出てしまった。
それだけならばまだなんとかなったのかもしれないが、運の悪いことに寄りかかっていた扉が蝶番ごと外れて地面へと倒れてしまい、大きな音を生じさせてしまったのだ。
しまった、と思いながら周囲を見回すと、もうぼんやりとしか視認できないいくつもの人影が動きを止め、なんとなくこちらを見ているような気がした。
これはまずい。
おそらくはほぼ確定で、少なくない数のゾンビの注意を引いてしまった。
これは挽回できそうにないミスをやらかしてしまったなと苦々しく思っていると、背後で人の気配が生じる。
もしやと思って肩越しに目を向ければ、椅子の上で眠っていたクロエが目を覚まし、あくびをしながら小さく伸びをしている姿があった。
「すみませんソーヤさん。意識を失ってしまっていたようですね。それで状況は……って何か暗いですね」
「クロエ、ちょっと待っ……」
「起動。ライティング」
状況が飲み込めず、周囲は暗くてよく見えないとなれば魔術が使えるクロエが何をするか。
言わずと知れた、光源の確保が最優先となるだろう。
他に光源のない中で、小屋の中で発動したためにいくらか抑えられてはいたものの、目立つことこの上ない白々とした光に、なんとも言えない気分になりつつ小屋の外へと目を向ければ、先程よりもはっきりと小屋の外をうろついている者共の注意がこちらの剥いたことを感じた。
クロエが言うには彼らは視覚にはあまり頼っていないらしい。
しかし、ここまではっきりした魔術の行使はゾンビ共にとってとても目立つものとなったことだろう。
思わず空を仰ぐと夜空になりつつあるそこには、俺の常識では空に一つしか浮かんでいないはずのもの。
月が二つ浮かんでいた。
赤っぽい色の月と、緑っぽい色をした月との二つの月を目にして、俺って本当に異世界にいるのだなぁなどと思ったりしたのだが、そもそもゾンビ共に囲まれるような状況にあって、今更月を目にして異世界を感じるというのもおかしな話だ。
もちろん、そんな現実逃避をしてみた所で俺達の置かれた状況が変わることはない。
小さなうめき声が周囲を取り囲み、ひたひたと足音が迫ってくる中、呆然と魔術の明かりを掲げていたクロエが口を開いた。
「私、何かやっちゃいました?」
「何か、無性に腹立たしい響きがあるなそれ」
「どういうことです?」
異世界の魔術師に、元いた世界のラノベ的勘違い野郎のネタを振ってみても理解されないだろうなと溜息を吐く。
そうこうしている間にも靴音や裸足の足音。
もしくは足やら何やらを引きずって移動しているような無数の音が、俺達を取り囲みつつあった。
「一応、念のために聞いておく」
革製の手甲の具合を確かめて、ブーツの履き心地を確認しながら俺はクロエに尋ねる。
「この小屋ないし小屋周辺に現状を打破できるような何かがあったりしないか?」
「そんな都合のいいもの、あるわけないじゃないですか」
「そうだよなぁ」
「仮にあったとしても、第三位の宮廷魔術師程度に教えるわけがないですよ」
「それも道理だ」
知っている者がいるとすれば、王家に連なる者くらい。
あとは兵士や魔術師のトップの者くらいだろう。
「ちなみに魔力の方は?」
「それなりに回復したと思いますが」
「それは良かった。自衛くらいは大丈夫だな?」
「それは……」
周囲から聞こえてくるうめき声が段々と大きくなっていく。
足音もはっきりと、こちらへ向かってくる音が聞こえてくるようになれば、寝起き状態であまり頭の回っていない者でも、これから何が起こるのかそれなりに察するものだ。
「ウソですよね?」
「ウソなら良かったんだが。クロエは小屋に立てこもりか?」
魔術を扱うクロエにとって、ゾンビ共の進入路がある程度は限定される小屋の中の方が、外よりは迎撃し易いだろうと思って尋ねると、クロエは頷く。
「気をつけろよ。小屋ごと潰されたら終わりだ」
「そう言うソーヤさんは?」
俺からの忠告に、壁に指を触れさせて何か書き込むような仕草をしながらクロエが尋ね返してきた。
「俺は外で戦るよ」
手足を使って戦う俺としては、屋内より屋外の方が戦いやすい。
敵は四方八方から攻撃を仕掛けてくるものとは思うが、手足を十分に使えることの方が俺にとっては重要だった。
「それじゃお互いに武運を、だな。生きてたらまた会おう」
「そんな約束したくないですよ。武運は祈りますが、まずいと思ったらすぐに小屋の中へ来てください」
クロエが空中に黒い穴を生じさせ、そこからなにやら枚数の多い札やじゃらじゃらと音を立てる首飾りや腕輪を引っ張り出し、札は床にまき散らし、装飾品を身に着ける。
「そうは言ってもな。援軍の望めない状況で、こちらはたった二人だ。いずれ力尽きるぞ」
「勝手に召喚しておいて、ここで一緒に討ち死になんてさせないですよ。最悪でもソーヤさんは城外へ逃がします」
「それができるなら……」
「残念ながら定員は一名です。そして私の目的は本城の戦力と合流することが第一です」
「なるほどね」
目的を達成するために必要な戦力であるので、いきなり戦線離脱はさせられないものの、どうしようもなくなってしまえば我が身を顧みることなく逃がしてくれるらしい。
「まぁ。逃げ道を用意してくれているのであれば、できる限りはなんとかしてみようか」
「私の方が拙いことになったら呼びますから。聞き逃さないでくださいね」
「了解。なるべく大声出してくれ」
「灯りは必要ですか?」
「あぁ。小屋の周辺に適当に。それとできれば支援をくれ」
「分かりました」
既にゾンビ共の注意は引いてしまっているので、視界確保のために明かりをあらかじめ作ってもらう。
同時にクロエから支援の魔術が行使され、体が軽くなったような感覚がやってきた。
「それじゃ対ゾンビの耐久戦を始めるとしようか」
終わりが見えないことはとても辛いことだなと思いながら、俺は両の拳を胸の前で打ち合わせながらそう言ったのであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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