小屋へと退避
で、クロエを連れてと言うよりは引き摺るような感じで移動を始めた俺達なのだが、これが非常にもどかしい。
とにかく移動速度が遅い上にたまにこちらに興味を示したゾンビ共を迎撃するのに時間がかかる。
とても強力な魔術を行使した反動として、動きが鈍くなってしまっているクロエはゾンビ共から見ると格好の獲物にでも見えるのか俺達をスルーしてくれるゾンビがまるでいない。
その度にクロエをかばいつつ、ゾンビ共を随時駆逐していくようなことになるのだが、そんなことをしていては満足に行程が進むはずもなく、まるで遅々として進まない本城への道のりに、俺は本城を目指すことを一旦諦めることにした。
「中庭で休めそうな場所は?」
とりあえずクロエが満足の動けるようになってくれないと、本城を目指すというのはとても難しい。
そう考えての俺の質問に、クロエは申し訳なさそうにしながら少し考え込んだ。
「庭の外れの方に、庭師の小屋があったかと思います」
「じゃあそこで時間を潰すか」
空を見上げれば、いくらか太陽が傾いてしまっている。
時刻の方は分からないが、下手するとクロエの回復を待っている間に日が暮れてしまうかもしれない。
本城の戦力と合流するのが大幅に遅れることにはなるのだが、クロエを置いていくような真似はできないし、クロエの回復を待っている間に本城内の戦力が周囲のゾンビ共を押し返してくれる可能性だってある。
無理に動いて取り返しのつかないことになるくらいならば、回り道をしてでも安全策を採るべきだろう。
そう考えた俺はクロエの肩を貸してやりながら、庭師の小屋とやらを目指す。
小屋は三つの城を囲んでいる城壁の、最初に俺達がいた支城と本城との間くらいにあった。
こじんまりとしたその小屋の出入り口は閉じられておらず、開放された扉がぷらぷらと風に揺れている。
周囲にゾンビ共の姿はなかったが、地面や小屋の壁にはべっとりと赤い液体がぶちまけられていて、ここもゾンビ共の襲撃を受けたらしい。
開いている扉をそっと推し開いて、小屋の中を覗いてみる。
小屋の中には誰もいない。
部屋は一つしかなく、隠れられるような場所もないので危険は少ないだろうと判断。
クロエを小屋の中へ招き入れて、出入口の扉を閉じてからかんぬきをかける。
部屋の中にはテーブルと椅子が一つずつ。
それと庭師が使っていたのだろうと思われる道具がいくつか、壁にかけられたり、たてかけられたりしていた。
「クロエ。とりあえずは座って休め」
「分かりました」
頷いてからクロエが椅子に腰かけるのを見届けてから、俺は小屋の中を物色する。
ここの主は元々不在であったか、小屋の外でゾンビ共に襲われて戻って来れなくなったかしたらしく、小屋の中には争ったような形跡はない。
仕事の合間に少し休む程度のことに使っていたのか、小屋の中には食料や水の類は備蓄されていなかった。
少々残念に思いつつさらに探ってみると、柵でも作る時につかっていたのかハンマーやのこぎり、釘などが見つかる。
釘は俺が知っているようなものではなく、ただ鉄の棒の先をかなり雑に尖らせただけのような代物だったが、これはこれでありがたい。
試しに一本を手に取って、壁を目掛けて投げつけてみると釘は木製の壁にそこそこの深さでもって突き刺さった。
これが人体であったのならば、当たり所によっては致命の一撃を狙うあこともできなくはないだろう。
しかも相手に接近しなくともいいと言うのがとても良い。
古来、人は何かを害する場合になるべく標的との距離を大きくとるために、武器の開発に腐心してきたのだという歴史があるくらいなのだ。
距離と罪悪感とは反比例するとはよく言われる話で、その最たるものがボタン一つで数千キロメートル以上離れた所に存在する敵を攻撃するような兵器なわけである。
さすがにファンタジーな世界にそんな代物は存在していないだろうが、遠くから攻撃できると言うことが大きなアドバンテージになると言う話は変わりがないはずだ。
ただ、釘のように元々投げて刺すことを目的としていない代物を投げて使うにはいくらかのコツが必要である。
これは使い慣れていないと少しばかり難しく、俺ならばほぼ標的に突き刺すことが可能だが、おそらくクロエに同じことを要求してみてもやや難があると思われた。
それでも、持っていないよりは持っていた方が多少なりとも安心感と言うものが発生してくれるかもしれない。
その辺りは本人の意見を聞いてみるべきだろうとクロエの方を見てみると、そこには椅子に体を完全に預けた状態ですやすやと寝息を立てている姿があった。
一瞬、もしかしたら死んでしまっているのではと思ってしまったのは内緒にしておくが、胸の辺りが規則正しく上下しているので死んではいない。
念のため、触れずに確認できるところを目視でもって確認してみたが、特に傷のようなものも見当たらなかったので大丈夫だろう。
時間的に余裕があるわけでもなく、当然寝てる暇もあるわけがないと思われたので、俺はクロエを起こそうかと手を伸ばしかけて、途中で思いとどまった。
考えてみれば、クロエは相当に疲れているはずなのだ。
王城が襲撃を受けた際。
一人で敵中を突破して支城へと走り、召喚室で召喚の儀式を行い、召喚された俺と共にもう一つの支城へ行こうとしてここで発生した化物と交戦。
広範囲に大きな被害をもたらす程の強力な魔術を行使してこの化物をどうにか始末したものの、休む暇もなく移動を継続して現在に至る。
しかもその間、途中でやめさせはしたものの、死体や流血の後始末まで魔術で行っているのだから、疲れない方がどうかしていると思われた。
そんなクロエが、椅子に座ってほっと息をついたところで緊張の糸が切れてしまい、寝入ってしまったからといってこれを責めたり、途中でやめさせたりすることは俺にはちょっとできない。
できることならば少し横になるくらいのことはしても構わないとすら思うのだが、残念ながら庭師の小屋には横になって休めるような場所はなかった。
椅子とテーブルは一組しかないので、それはクロエの休憩用に進呈するとして、自分の方はどうなのかと自問してみれば、気疲れは少ししているものの体力的にはまだまだ大丈夫なような気がする。
おそらくは日頃の訓練の賜物なのだろうと考えて、クロエの意識が戻るまで、周囲の警戒をすることにした。
それから時間経過することしばし。
恐れていたことが現実になりそうな気配が濃くなってきていた。
「日が暮れるな……」
空の色が変わり、日の光が差し込む角度が変わる。
異世界でも夕方は空が赤く染まるのだなと現実逃避していたい所であったが、俺は意識を目の前に問題に向けた。
日が暮れそうなのだ。
クロエの意識はまだ戻っていない。
日が暮れれば、普通に考えると次は夜が来る。
それは異世界といえどもきっと元の世界と変わりはないことだろう。
夜はきっと暗い。
いくら星や月があっても、それだけで十分な光量を得ることはできないだろう。
そんな暗闇の中でゾンビ共に襲われてしまっては、とても満足な抵抗ができるとは思えない。
クロエを起こして無理やりにでも移動する。
あるいは今夜はこの小屋で過ごすこととして、防衛のために道具なり魔術なりを用意してくれるように頼む。
いずれにしてもクロエには悪いが、休息を切り上げてもらうしかない。
「もしくは……もう少し小屋の中をきちんと調べれば、その必要もないか?」
庭師が夜に、この小屋にいたとは思えない。
ここは作業の合間の小休憩に使うくらいの場所だと思われる。
それでも緊急用にローソクや火口の類の用意くらいはあるのではないか。
そんな風に考えた俺はふと、変な気配を感じて小屋の出入り口から外を伺う。
相変わらず、本城の方には多数のゾンビ共がいて、中庭のあちこちにはうろうろとアテもなく歩き続けているゾンビ共がいる。
そこそこの数を始末してきたような気はするのだが、城内にいるゾンビ共が減ったような気配はない。
あの大量のゾンビ共の中を突破して、本城へ入るのはやはり大変そうだなと思った俺は、しばらくその光景を眺めていて、感じた変な気配の正体に気が付いた。
「こいつら……昼間より動きが鈍くなってないか?」
夜は多分、アンデッドの時間だと思われるのにそんなことがあるのだろうかと俺は首を傾げたのだった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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