火力の代償
青い炎が消えた後。
化物が立っていた場所にはドロドロに溶かされて赤熱化した金属の山だけが残る。
その金属の山もあの女子高生の力によって生み出されていた代物だったのか、山の端から少しずつ、銀色の粒子となって崩れていき、空中に消え去っていく。
なんとも酷い話だな、と思う。
望みもしないというのに勝手に異世界に召喚され、いきなり大量のゾンビ共に襲われた挙句に食い殺され、ゾンビ共の仲間入りをさせられた上に死体も残らない。
こちらの世界では墓すら立ててもらえないし、元いた世界ではおそらく行方不明のまま何年か経過した後に死亡扱いということでおしまいである。
女子高生だったと言うことは親兄弟の類はあっただろうし、知人友人の類とてそれなりにいたであろうと考えるといたたまれない気持ちになってしまう。
しかし、では何か俺にできることなどあるのかと問われれば、精々この場で冥福を祈って手を合わせてやることくらいしかできない。
「あ……」
強力な魔術の行使に得意げな表情をしていたクロエも、俺が崩れて消え去っていく金属の塊に対して手を合わせるのを見て、しなびた青菜のような雰囲気になった。
召喚の儀式とやらを行ったクロエに多少なりとも思う所がないわけではないのだが、では彼女を責める気はあるのかと言われれば、そんなつもりはさらさらない。
責められるべきは宮廷魔術師らに召喚を行うように指示した者。
たぶんこの国の王族とかその辺りにいるような奴らだと思うので、なんとも言い難いもやもやとした代物は、そういう輩に吐き出せる時になるまで取っておこうと思う。
「えっと、その……」
「とりあえず全部後回しだ。今は無事にこの状況を切り抜けることが先決だろう」
「は、はい。分かりました」
俺の言葉にクロエは頷く。
実際は、頷かざるを得ないと言った所か。
この辺りの話はクロエからしてみれば多少なりとも負い目を感じる話であろうだろうし、俺からしてみれば責任の所在は別なところにあると考えているのでクロエを責めてみたところで何の益もない。
つまりは二人ともあまり触りたくない話題であるわけで、触れたくないのであればとりあえずは一旦棚上げにしておく以外に手がなかった。
「それにしても……派手なのをいったもんだな」
話題を変えたいのであれば、ネタを振るくらいのことはしなければならないだろうと俺は周囲を見回しながら呆れた口調で言う。
魔術の標的となった化物は言わずもがななのだが、その周囲や俺達の方へ来ようとしていたゾンビ共。
それだけではなく地面や植えてあった草花や木々。
石壁やら何やら、とにかく形あるもの全てがクロエの行使した魔術によって何らかの影響を受けてしまっていた。
「とんでもないなこれ」
こう言ってしまっては何なのだが、別に無理をして他所の世界から人を召喚して来なくてもこれだけのことができるのであれば必要ないのではないかと思ってしまう。
何せ宮廷魔術師の第三位とやらの魔術師がこれだけの魔術を扱うことができるのだ。
これが第二位や第一位ともなれば、きっともっとすさまじい魔術を行使できるはずで、俺の知っている現代兵器顔負けの威力を叩き出すことができるのではないだろうか。
そんな思いを抱いた俺に、クロエが静かに首を横に振る。
「残念ですが、これくらいの威力を持った魔術はあまり実用的ではないんです」
「実用的じゃない?」
「問題がありすぎるんです。今のコール・シリウスは射程がとても短く、発動までの準備にとても時間がかかり、術者への負担がとても大きい魔術なんです」
言われてようやく気が付いたのだが、木立に背を預けて立っているクロエの両足は小刻みに震えてしまっていて、木立に寄りかかることでどうにか立っていられているといったような状態だ。
見える範囲でだが肌の色が病人のように白く変わっていて、唇は紫色に色が変わってしまっている。
もしかしてと思って、だらりと垂れ下がっているクロエの手を取ってみれば、そのあまりの冷たさに、これが生きている人間の手だろうかと驚かされた。
「絶対に仕損じれませんでしたので、全力でいったんですが……」
「力を使い果たしたか? こんなので歩けるのか?」
よく使われる表現ではあるが、今のクロエの状態はまさに生まれたての小鹿のような状態であった。
立っているのがやっとというよりは、立つだけのことすらままならないというように見えて、ゾンビ共の群れを突っ切って本城内部へ飛び込むような真似ができるとはとても思えない。
「歩いて本城に入るくらいはなんとかなると思いますし、ゾンビの数も結構減らしたと思うんですが」
確かにクロエの魔術はかなりの広範囲に効果を及ぼし、俺達の周囲にいるゾンビ共はかなり少なくなっていた。
本城を取り囲んでいる集団も所々に包囲の薄い所ができており、多少の露払いで本城内部へ突入することができそうな雰囲気がある。
「いけそうではあるな」
「エスコート役をお願いしてもよろしいですか?」
「ここで嫌だとは言いにくいよなぁ」
クロエは自分の仕事を果たした、と言える。
おそらく俺の力だけではどうことも難しかったであろうあの化物を、きれいさっぱりと退治してくれたのだ。
となれば、次は俺が仕事をするというのは当然の成り行きだと言える。
仕方ないかとクロエをどうにか運搬して本城への強行突入を覚悟した俺はその時、妙なことに気が付いた。
それはゾンビ共の動きが大きく分けて二つのパターンに分かれているように見えたのだ。
今の今まで全く気が付くことができなかったのは、多分そんな余裕などなかったということに加えて、ゾンビ共の数があまりにも多かったからだと思う。
それがクロエの魔術によって俺達の周囲だけがぽっかりと穴が開いたような空白地帯となり、そのおかげでゾンビ共の動きがよく見えるようになったのだ。
二つのパターンの内。
一つは本当にアテもないままにふらふらと歩き続けているゾンビ共だ。
何故かはわからないが本当にただふらふらと歩き続けているだけ。
俺達の近くにたまたま来たりすると、こちらに気が付いたように近寄ってきたり、他のゾンビ共が出す音や騒ぎを聞きつけてそちらに向かったりはするのだが、何かの拍子でもっと大きな音がしたり、逆に音がしなくなったりするとまたふらふらと歩き続けるだけと言った行動に戻る。
もう一つはわき目も降らずに、とは言ってもゾンビであるので動き自体は遅いのだが、それでも一直線の本城を目指すタイプのゾンビだ。
これらのゾンビ共は俺達の近くを通ったり、何か大きな物音がしたとしても全く興味を示さず、本当にただひたすらに本城を目指して移動し続けている。
もちろん本城の出入り口は相当な厚さがあるのだろう扉でもってふさがれていて、それが大量のゾンビ共の行く手を阻んでいるのだが、ゾンビ共はそんなものなど全く意に介しておらず、城門や扉に体を打ち付け、手や肩を叩きつけてどうにか本城内へ入ろうとするのだ。
ただ、こちらのゾンビ共はしばらくすると動きを止め、それまでやっていたことをすっかり忘れてしまったかのように本城を取り囲む集団から離れて、もう一つの行動パターンをもつゾンビ共の仲間入りをするのである。
この二つのパターンがかなりきれいに分かれてしまっているので、おそらくそこには何らかの理由なり原因なりが存在しているのだと思う。
ただ、ではどんな理由がそこに存在しているのかと問われると、さすがにそこまでは俺に分かるわけがない。
ここは多少なりとも俺よりはゾンビに対して知識を有しているクロエの知恵を借りるところであろうと視線をクロエの方へと向けると、彼女は今まさに複数のゾンビ共に掴みかかられようとしている瞬間であった。
「うわっ!?」
驚いている暇もないとはまさにこのことで、頭で考えるより先に足が出る。
足がまだぷるぷると震えているクロエは逃げ出すこともできないままに、観念したかのように目を瞑っていたのだが、俺が周囲のゾンビ共を蹴散らすと安心したようにほっと息を吐く。
「助けくらい呼べよな?」
「す、すみません。ちょっと声も張れないもので……」
「重傷じゃねぇか……もう俺の肩を掴むなり、服のすそを握るなりしろよ」
「面倒をかけます」
申し訳なさそうにしつつクロエは木立から離れて俺の左肩に手をかけて支えにする。
これならば何かあった時に声が出せなかったとしても、俺の注意をひくことはできるだろうからと安心し、俺はクロエに合わせるようにしてゆっくりとその場から移動を始めたのであった。
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