時間稼ぎ
何かと戦いを行う場合。
まず考えなくてはならないことは相手と比べて自分の何が相手より勝っており、何が相手より劣っているのかということだと教わった。
相手に対して劣っていると考えられる要素でもって勝負を挑んでみたところで、勝てる確率というものはとても低い。
勝ちたいと考えるのであれば、最低でも相手ど同等。
できれば相手よりも勝っていると思われる要素でもって勝負を挑まなければならない。
翻って。
女子高生の成れの果てだと思われる化物と、俺とを比較した場合。
勝っている要素は何かと問われれば、精々機動力くらいかなと思う。
「とにかく広い場所で迎撃する」
「それだともう外に出るしかないと思います」
攻撃力に守備力。
体力も全て、おそらくは化物の方が上。
体重なんかについては圧倒的に化物の方が重いに決まっている。
正面からまともに当たれば、俺の体など列車事故にあった軽自動車よろしく、一発でぺしゃんこかバラバラにされてしまう。
それを避けるためにはとにかく正面から当たることは避け、機動力でもってひっかきまわし、できるだけ側面か背後からぶん殴り、殴ったらすぐ相手に間合いの外へ逃げるという行動を繰り返すくらいしかない。
それに必要なのは、とにかく広い空間だ。
せまい所でやろうとしても、あっという間に追い詰められて呆気なく轢き潰される未来しか見えない。
「しかし、外かぁ……」
できることならば支城の中で戦いたいと思っていて、外には出たくなかった。
何せ外には無数のゾンビ共が徘徊しているのだ。
この化物との戦闘は、きっとそのゾンビ共の注意を引いてしまうことだろう。
そうなると俺はこの化物の相手をしつつ、ゾンビ共の動向にまで意識を向けなければならない。
化物の相手だけでも手に余るというのに、そこにゾンビ共という要素まで加わってしまったら、ただでさえ低そうな勝率がさらに低いものになってしまう。
なってしまうのだが、では他に手があるのかと問われれば、無いと答えるしかないのが現状だ。
ゾンビ共の相手をしたくないからと、狭い支城の中で戦うことを選択してしまったら、多分俺には勝ち目がない。
「アレをなんとかするくらいの魔術の準備にどのくらいかかる?」
「集中と詠唱とで……三分くらいは欲しいところです」
それはカップラーメンが作れる時間。
大して長い時間と言うわけでもなかったが、あの化物を相手にして稼ぐ時間としてはとても嫌になるくらいに長い時間に感じられる。
それでもその時間を稼がないという選択はできないのだ。
俺にあの化物をなんとか始末しきる方法がない以上、クロエの魔術で何とかしてもらわなければ二人揃ってあの化物のエサかゾンビの仲間入りをするしかなくなる。
「もう立てるか?」
「た、多分」
「多分じゃ困る。俺がアレの注意を引き付けている間、それなりに自衛してもらわなきゃならないんだぞ」
俺の方はほぼ確実に、アレの相手とその騒ぎに気付いて近寄ってくるであろうゾンビ共の処理に忙殺される。
とてもではないがクロエの面倒まで見ていられる余裕がない。
そしてそのクロエが魔術の準備をしている間、ゾンビ共が彼女に興味を持たないという保証はどこにもないのだ。
「私の方は大丈夫です。さすがにアレの突進は止められませんが、詠唱中の隙を守る術はいくつかありますので」
そういったものの手間も含めての三分なのだと言うクロエに頷いた所で、俺達はそれまで走り抜けていた支城の通路から外へと飛び出した。
素早く周囲を見回す。
ゾンビ共の大半は未だに本城付近を取り囲み、支城の周囲にいる数はとてもまばらだ。
しかし、まばらと言っても全くいないわけではなく、危険なことには変わりのない状況に思わず舌打ちが漏れる。
「ソーヤさん、私なら大丈夫ですから!」
そう口にしたクロエを信用することにして、俺はクロエの体を適当な木立の幹へ寄りかからせると、俺達を追って支城から飛び出してきた化物の前にわざと姿をさらす。
化物の注意をこちら側に向けさせて、クロエを標的にさせないためではあるのだが、まともに正面から俺と化物とがぶつかり合った場合、俺に勝ち目などあるわけがない。
そもそも体格差がこれだけ歴然としているのだ。
体重だけ考えても、化物の方が俺の十倍から二十倍くらいは重いに違いない。
感覚としては普通乗用車からトラックに近い代物に素手で挑んでいるようなんもので、待っているのは大けがか事故死くらいなものだ。
故に俺がとった行動は、轢き潰してやるとばかりに突っ込んできた化物から身をひるがえして衝突を回避。
ガラ空きになったクモのそれに似た胴体へ、全身を預けるようにして放った肘打ちを叩き込む。
これは一応、相手の攻撃を回避しつつ相手の横っ腹なり脇なりに肘を打ち込む技なのであるが、自分の数倍も巨大な相手に使用した試しはない。
どうなるものかと実験的に放ってみた攻撃は、クモのような胴体に突き刺さりはしたものの、打ち込んだ肘がそのまま化物の進行方向に持っていかれかけて、体勢を大きく崩されてしまった俺はその胸部から伸びる八本の足に踏み潰されないように、必死で地面を転がりまわる羽目になった。
「やってらんねぇなこれ……」
転がった勢いをそのままに、弾みをつけて立ち上がった俺の頭上へ、突進を回避された化物がその巨体に似合わない俊敏さで方向転換し、肩から伸びた銀色のハサミの片方を叩きつけてきたのだ。
見た目からして何かしらの金属にしか見えない腕とハサミとが振り降ろされてくるのに対して。これを受け止めて防ぐというのは論外である。
本来ならば全力で飛びのき、ハサミの届かない間合いを確保する所なのだが、敢えてここはぎりぎりの間合いを保ち続けるように立ち回った。
「こいつは硬いのかな?」
回避した化物の腕が引き戻される前に、その腕に目掛けて掌打を放つ。
色と輝き具合からして金属だろうと予想した化物の腕なのだが、実は違っていましたという可能性がないわけではない。
もしかしたら、ぎりぎり受け止めることができる程度のものかもしれないという希望をもって打ち込んだその一撃は、はっきりとその殻の部分が金属か、あるいはそれに似た硬度の代物だということがはっきりと分かる手ごたえだった。
これでは普通の打撃はこの化物に、満足なダメージなど与えられるわけがない。
それでも叩かれたということはこの化物にも多分理解できるはずで……って、理解できているよな?
これを理解してもらわないことには、この化物の注意を俺の方へ引きつけ続けておくことがとても難しくなる。
こちらからの攻撃が全く通用しないものだとしても、なんだか邪魔だなぁくらいには思ってもらえないことにはこちらの行動の全てが徒労に終わってしまう。
「起動、フルブースト!」
クロエの声が聞こえたとたんに、いつもの動いで移動しようとした俺の体が俺の知らない速度でもって動いた。
意識の方を置き去りにして加速していく体に、慌てて意識の方を合わせながら、俺はクロエの方をちらりと見る。
木立に背中を預ける形で目を閉じ、胸の前で手の指を絡み合わせて印のようなものを組みつつ、小声で何かを唱えているその姿は、おそらくクロエが使える魔術の中であの化物にも通用しそうな術の準備に入っているものと思われた。
その準備に入る前に、支援として能力強化の魔術をかけてくれたのだとは思うが、一声かけてくれないものかと少し恨めしく思う。
支援の魔術は確かにとてもありがたいものではあるのだが、動いている最中に急に体の動きが加速したりすれば、体勢の制御やタイミングの取り方にずれが生じる。
そういったものがズレてしまうと放った技の威力なりなんなりが想定していたものとは違ってしまったり、最悪の場合には不発に終わったりしてしまう。
おそらくだがクロエは誰かと組んだり、複数の仲間をサポートしたりする経験が浅いか、全くないのだと思われる。
もっとも俺の方はどうなのかと問われれば、実戦の経験はまるでないし、そもそも俺達の世界には魔術師なんて存在は住んでいなかった。
こんな状態で、果てして三分もの時間を稼げるのだろうか。
当たれば重傷から即死間違いなしの攻撃をぶんぶん振り回しながら近寄ってくる化物を見ながら、俺はぼんやりとそんなことを考えたのであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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