追ってくる化物
「何!? 何ですか!? 何が起きていると言うんですか?!」
俺にほぼ抱え上げられた状態でクロエが喚いている。
それだけ元気であるならば、自分で走ってくれないものだろうかと思ってしまうものの、手を離してしまったらその場で座り込んでしまうのではないかという危うさがあり、俺はクロエを抱え続けたまま支城の通路を駆け抜けた。
人一人を抱えて全力疾走するという行為は実行する側の人体に対して多大な負荷をかける。
俺はそれなりに鍛えてきたつもりではあったが、それなりというものはそれなりでしかなく、いずれは息が上がって走れなくなるはずだ。
頭の中に冷たい部分が行動の邪魔にしかならない錘など打ち捨てて行けと主張を始めるが、理屈ではなく感情でもってそんな考えを押さえつける。
打ち捨てて行けばおそらく、クロエは死んでしまう。
死んでしまうことが分かっていてこれを見捨てられる程、割り切った思考をするというのは俺には無理なようだ。
とは言え、気持ちは気持ちとしてそうだったとしても、現実問題として俺の体力には限りがある。
クロエはそれ程大柄ではなく、体の線はどちらかといえば細い方に分類されるような女性ではあるが、それでも体重はそれなりにあるはずなのだ。
それだけのウェイトをかけて行動するような訓練はこれまでにしたことはなく、俺の体があっさりと音を上げたとしても不思議ではない。
「ブースト」
背後から聞こえてくる何か重いものを引き摺るような音や、固い物同士がぶつかり合ってどちらかが破壊されるような音。
そういった音を耳にしながら共倒れになるよりは信条なり気持ちなりをどうにかして誤魔化した方がまだいいのだろうかと考える俺の耳に、クロエの呟きが飛び込んできた。
何かしらの魔術を使ったのだろうと思っていると、その魔術の影響を受けたらしい俺の腕と足とに力が宿り、魔術が発動される前に感じていた体への負荷が格段に減るのを感じる。
「どうでしょうか? 少しは楽になりましたか?」
俺が抱きかかえているクロエから、そんな問いかけた来た。
先程までは問いかけられても答えられるような余裕はなかったのだが、幾分楽になったおかげで俺は足を止めることなく頷く。
「それはなによりです。魔術でのサポートはしますので、お手数だとは思いますが私の面倒の方も一つ……」
「自力じゃ走れないか?」
腰でも抜かしてしまったのだろうかと一つ溜息を吐く。
クロエが自分の足で走ってくれるようなことになれば随分と楽になるはずなのだが、面倒を見てくれと頼んできたということは、何らかの理由でそれができない状態にあるということだ。
「アレを見たら、腰も抜けますよ絶対」
クロエの呟きに好奇心を刺激され、俺は足を止めずに肩越しに背後を振り返る。
クロエが俺に対して行ってくれた何らかのサポートにより、生まれた多少の余裕が俺に背後を確認できるだけの余裕を与えてくれていた。
だがそれは俺にとって、必ずしも良いことではなかったようだ。
「なんだあれ……」
それが何かと問われると、一言で説明するのはまず無理だとすぐに思った。
そのよくわからない何かの中心部には哀れな女子高生の上半身がある。
セーラー服を着て、焦点を失った目を見開いているその様子は確かに哀れと言えば哀れなのだが、問題はその下半身だ。
元々はスカートを履き、健康的な両足があったその部分は、今では全くその面影は残っておらず、クモを思わせる巨大な銀色の胴体に、同じくクモのような八本の足が生えている。
左右の腕は肩口からなくなっていて、その代わりにくっついているのが巨大な銀色のハサミだ。
クモとサソリと人間とをよく分からない手順と方法で合体させたらこうなるんじゃないかと思われる姿のこれを、何と呼んでいいものか俺には全く分からなかった。
「異世界人って、亡くなるとあんな風に変身したりするんですか!?」
「するわけあるかっ! あぁいや、俺と彼女とが完全に同郷かと問われると断言することはできないんだが……」
見た目やら言葉やらが似ているだけで、絵美なる少女が暮らしていた世界が、実は死後に化物へと変身する者ばかりが住んでいた世界だったという可能性は否定することが難しい。
真偽のほどを確認したくとも、情報を持っていたはずの少女は既に死亡していて、今では何かしらの化物だ。
「いずれにしてもあれ、どうしましょう……」
「このまま俺達が本城を目指すと?」
「化物の追加が来た、と思われて一緒くたに攻撃されてしまうでしょうね」
そりゃそうだろうなというか、俺が守備側の立場だったとしてもそうする。
明らかに化物と分かる代物を倒すのに、その前を走っている俺達のような者に気を使って討伐に失敗するような真似ができるわけがない。
つまり本城を目指す前に、このクモなんだかサソリなんだか今一つはっきりとしない何かを倒すか引き離す必要があった。
「どうやって?」
元々は小柄な女子高生だったとはいえ、現在は余計なものが沢山ついていて、体高も体長も数メートルくらいという化物だ。
相当体が重いのか、移動速度は俺達よりやや遅いくらいだが大きく引き離せるほどに遅いわけではなく、本城周囲を取り囲んでいるゾンビ共の処理に足を止めればすぐに追いつかれてしまうことだろう。
「ソーヤさんが殴る?」
「無理を言うな」
何か期待のようなものが籠っているクロエの言葉を、俺は即座に否定した。
俺が習得している技術は、当たり前だが人間を相手にすることを想定して作られているものであり、体格差のある相手用の技術もあることにはあるのだが、さすがに俺達を追いかけているような化物を相手にすることなど想定されていない。
ゾンビ共に対して使うことができたのは彼らが人間の体という域を出ていないからで、クモだかサソリだか分からないような数メートル級の化物を相手にするのならば、必要なのは体術ではなく重火器の類だ。
「お前の魔術はどうなんだ?」
「魔力は多少回復してはいますが……アレに効くんでしょうか」
全く自信なさげなクロエ。
改めて化物を観察してみると、化物の体の大半を占めている銀色の部分は見る限りでは何らかの金属のように見えた。
そう言えば、女子高生の遺体の傍らにあった長剣。
アレの色によく似ているような感じがする。
もしかするとあの女子高生が手に入れた力というのは、剣術や剣技ではなく金属を生成するか、操作するか、その両方を行うようなものだったのではないだろうか。
それがゾンビ化したことで能力が無制限状態に暴走し、今の状態になったのではないか、と予想した。
そう考えると巨大なハサミの部分やクモのような胴体部分は女子高生の力で作成された金属がほとんどを構成しているものと思われる。
「アレ位の大きさの鉄の塊を想定するとして、それを魔術でどうにかできるか?」
「無理を言わないでください」
食い気味に即答してきたクロエに、そりゃそうだろうなと思う。
鉄の塊と言ったのはそれが最低ラインであって、下手をすれば名前もよく知らないようなファンタジー素材の可能性だってある。
そんな金属の塊を、少しばかり焼いたり叩いたりしたくらいでどうにかできるのであれば、誰も苦労はしないのだ。
「魔術師と神官の支援を受けた騎士団団長殿くらいの使い手であったのならば、切れたりするかもしれませんが」
「ここにいない奴の話をしても仕方ないんだよなぁ」
それでも背後の化物を切ることができるというのであれば、相当な使い手に違いない。
自分達の身の安全のためにも是非合流したい戦力ではあるが、それに合流するためにはまず背後の化物をなんとかしなければならないのだ。
「簡易起動ではなく、きちんと詠唱した魔術でならなんとかなるかもしれませんが」
「詠唱時間がネックになる? それはつまり、その時間を俺が稼ぐ必要が出てくる?」
「その通りです、はい」
申し訳なさそうにしつつもはっきりとそう言ったクロエに俺は溜息を一つ。
「それしか手がなさそうなら、やるしかないか」
「支援は行います。よろしくお願いします」
一介のフリーターに頼むような仕事ではないだろうにと思いつつ、他に選択肢も思いつかないままに俺はクロエに頷いてみせたのだった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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