東は東 西は西(後)
やがて。
東帝城砦の、短くて長い夜が明けた。
地平線の境界があかあかと輝くや、もと工事現場だった戦場を走り回っていた邪霊害獣の大群は、見る間に、その魔性ならではの、ぎらつく黄金色と濃厚な邪気を失ってゆく。
さらに弱体化した邪霊害獣の群れの討伐すなわち退魔調伏は、聖火神殿に所属する衛兵団の独壇場。
討伐隊の主力が、聖火神殿からあらたに派遣された経験豊かな衛兵団に交代したところで。
代理・東方総督を務める、モッサァ赤ヒゲ『毛深族』バーツは、やっと休憩が取れる状態になったのだった。
*****
一方で《亀使い》ゼインをはじめとする《亀使い》戦士団は、その粘り強い努力でもって、遂に、ウフン団長クッサイ氏の身柄を確保していた。
――忌まわしき尻尾が生えていたり、手足の長さが違っていたりするなど、深刻な異形と化していた半人半魔の集団のなか……
クッサイ氏は、第三の眼《邪眼》構築に失敗していて、比較的に人類の原型を残していた。額には邪眼の刺青が出来ていて、肌の色も、邪悪な黄金色にぎらついていたが。
緊急の取調べ室は、偽アリージュ姫の工事現場に残っていた、工事長のための事務小屋。
すでに解体が始まっている状態だ。
山岳修行の見習い魔導士が寝起きする掘っ立て小屋も同然の……簡素を極めた「野外テントのようなナニカ」となっているものの……一応、直射日光を防ぐ屋根はある。
――夜明けも終わらぬうちから、ウフン団長クッサイ氏は、身ぐるみ剥がされて全裸にされた。
代理・東方総督バーツや、オリクト・カスバのオローグ大使、それに聖火神殿の調査官たちの立ち合いのもと、《亀使い》戦士団の司令部たちの手によって。
近くで見ると、クッサイ氏は、「黄金色のブヨブヨとしたナニカ」という異形の印象が強い。
かろうじて、口ヒゲを生やした中年男という原形が窺える。頭部ターバンはすっかり外れていて、世にも奇妙な髪型が丸見えになっている。
呪われし黄金浴槽などの邪悪な禁術に身も心も捧げていた影響で、その体格は《蠕蟲》を思わせるブヨブヨした贅肉のようなナニカに包まれている状態だ。
神殿調査官の一団は、即座に、邪霊成分による忌まわしき末期症状と診断した。所属している魔導士は、偉大なる白ヒゲ老魔導士フィーボルの、弟子のひとりである。
――かの先代の帝国皇帝や第六皇子カムザングを襲ったのと同様の、不自然な腐敗症状。
――邪霊害獣の血液に浸かっただけで、三つ首の大麻などという邪悪な成分が身体に入っていなかったのが、幸いというべきだが……予後が、よろしくないものであることは確実。
取り急ぎの尋問が始まった。
「手前は、クッサイ氏に相違ないな?」
「当たり前だ、この田舎者めが、ウッフンッ!」
ウフン団長クッサイ氏は相変わらず、ウフン・ウフンと鼻息を荒げながら、傲然と受け答えした。
邪霊成分の影響で、状況を把握できなくなるほどに、クッサイ氏の意識分裂が進んでいるのは明らか。自分が厳重に縛られていることさえ認識していないのだから。
「ウッフフーン! 貴様ら下等な虫ケラどもに、この選ばれし聖炎ククリ刀剣の尊大の極み、東南の英雄王クッサイ黄金・皇極・宇宙・尊大・猊下が解説してやろう!」
「おぅ、ドンドン喋ってくれい」
代理・東方総督を務めるモッサァ赤毛の熊男バーツは、器用にクッサイ団長を煽っていた。
――そもそも市井で盛んにやり合っていた、知り合い同士だ。その性質について、表も裏も知り尽くしている相手なのである。
立ち会っている筆記や調査官、各部隊の代表者たちが、唖然・呆然だ。もちろん、立ち会っているオローグ大使や、しがない・オッサン《亀使い》戦士ゼインも。
「東南の交易で、もっともカネになるのは、そうとも賭博だ麻薬だアヘンだ! つまらん有象無象の野郎どもには、絶対こなせねぇ裏ビジネスよ! まずは菓子に混ぜ込んで、ガキを落とすところからだ! 聖火神殿の調査官も、帝国軍の忍者も、イチの、コロさ!」
「帝国軍の忍者を殺処分したこともあるらしいな、選ばれし聖炎ククリ刀剣の尊大の極み、東南の英雄王クッサイ黄金・皇極・宇宙・尊大・猊下」
「ウフン、10人や20人はくだらねぇフフン、ウッフフン! そして、こっちは《精霊亀》をバラバラにして特効薬でもって無限に回復すると言う訳フウン! くだらねぇ欠片なんぞは、特効薬の原料として、アホ・ボケ・マヌケの東方総督トルーランの名前を使って、東南へ『カメハメ騎士団』をやって、特別な販路に流したり、ウッフフフーン!」
傍で聞いている《亀使い》ゼインの額には、ハッキリとした青筋が浮かんでいた。
「偉大なる《精霊亀》の甲羅にかけて、きっと、その卑劣なる首を、世界の果てまで飛ばしてくれる」
ウフン団長クッサイの『自慢話』という名の白状は、なおもつづく。
「トルーランのヤロウ、ザルリン裏アヘン菓子ビジネスの上がりをむしり取られた事にも気づかず、おかしいね、ワハハ! 此処には、もうひとつ、アヘン工場ができる! そしたら、老ハムザの製粉機械を入れて、もっと、ガッポガッポ……!」
赤毛モッサァ熊男バーツが、ふーっと息をつき、頭をフリフリした。
「あとで今までの不正脱税の額面の数字をまとめて、照合しなくちゃいけないな。先だって戦場で、前・総督トルーラン将軍の残骸やら前々・総督ザルリン侯の残骸やらを確認する羽目になって、このたびの脱税犯罪だの《精霊亀》密輸事件だのは、迷宮入りかと覚悟していたが」
「右に同じでであります、総督閣下」
聖火神殿から出向していた生真面目な調査官も、紅マントをバサリとやって、生真面目に大きく頷いた。
「此処で実施されていた不正工事と、老ハムザ殺害事件の動機については、ほぼほぼ解明されたかと」
…………
……
ウフン団長クッサイ氏は、目の焦点が合わないまま、さらに重要な内容をわめき出した。
「知らざあ言って聞かせるゥウッフフゥン! 我が『カメハメ騎士団』の正体は、かの名高い『蒼甲騎士団』精鋭なり」
「そのように身分詐称して、東の隊商道の数々の集落を回って詐欺したり盗賊したりした訳だな。『蒼甲』名を使われた我が友の怒りを、そのウンコ頭へ叩きつけてやるから、せいぜい、しゃべれ」
もはやゲッソリとした風のオッサン《亀使い》ゼインが、それでも鋭く突っ込んでいた。
その片手は既に亀甲提灯の棒を固く握り締めている。次の瞬間には『亀甲錘』として振り回せる状況だ。東方の大国である亀甲城砦の最強の打撃武器、それも、《人食鬼》対応。
ウフン団長クッサイ氏は、ウフン・ウフンという鼻息の合間に、切れ目なく自慢話を乱発しつづけていた。
「我々『カメハメ騎士団』は東帝城砦を完全に支配下に置き、かくして水仙海岸の『江湖水兵団』精鋭と手に手を取って、東南の帝国として独立する!」
クッサイ氏の大声は、ほぼほぼ掘っ立て小屋である当座の取調所の周りじゅうへと、明瞭に響いていた……
…………
「あれホントかよ」
「昨夜の《人食鬼》騒動へつながったと考えると、まったく笑えない冗談だな」
「水仙海岸の『江湖水兵団』も、その筋では名の知れた実力派ぞろいだが、あのウフン団長の言ってる『江湖水兵団』は、さしづめ、そう自称してる海賊チンピラだろうな」
「そうに違いねぇ」
聞き耳を立てていた各部隊の戦士たちが、ヒソヒソと突っ込んでいる状況である……
…………
……
「あとは、邪魔なウトパラ・カスバ王統をサクッとヤッて、ありとあらゆる財宝ザックザク!」
ウフン団長クッサイは、もはや幻想のなかに生きていた。
「この世は我が世の望月の春なのだ……そうとも! ウトパラ王統の血で封印されし太古の地下神殿へ踏み入るための《魔法の鍵》を手に入れて!」
次の瞬間。
東南地方の事情に詳しい幾人かの立会人が――《亀使い》ゼインも含めて――棒立ちになり、血相を変えた。
さすがに、代理・東方総督バーツが「なんだ?」と目を見張る。
「ウトパラ王統の血で封印されし太古の地下神殿だと?」
「ウトパラ王家が代々、念入りに特別な《魔法の鍵》の祭祀を重ねて封印してるアレは、扱いを間違えたら世界が崩壊するぞ」
「伝承によれば、かの神殿には《怪物王ジャバ》王国の第一位の聖女が産み落とした『魔の卵』が、《魔法の鍵》でもって封印されている。すなわち次代《怪物王ジャバ》を封印してる状態だ」
「水仙海岸、江湖というほど水が豊かな土地だから、いちめんの密林だったという古代『精霊魔法文明』――怪物王国の環境に近いのは確かだし、《魔法の鍵》が無くなったら何が起こるか分からん、とか」
ザワザワと警告の談話がつづき。
やがて《亀使い》ゼインが、ターバン頭をガシガシやりながら、掘っ立て小屋さながらの取調所を飛び出した。黒髪オローグ大使が驚きながらも、その姿を目で追う。
「魔法の鍵! 白ヒゲ老魔導士や銀月ジャウハラ殿が――クムラン隊長とその小隊も――何処へ消えたか、分かったような気がする。裏取りして来るから、ちょっと時間をくれ」
そして《亀使い》ゼインが飛び出して行った先は。
一般の野次馬たちを仕切る区壁の、向こう側だ。
図ったかのように、一般の野次馬たちに混ざって、馴染みの濃色ベール姿をした中年の女占い屋ティーナが佇んでいた。
自然に《亀使い》ゼインの後を付いてゆく形になっていた、黒髪オローグ大使。そのまま、《亀使い》ゼインと占い屋ティーナの検討を、小耳に挟む……
40代ふくよか女占い屋ティーナは、同世代のオッサン戦士《亀使い》ゼインから、手早く端的に情報連携を受けていた。ウフン団長クッサイの発言内容の、要約だ。
女占い屋ティーナは、いつもの手持ちの《精霊亀》甲羅を撫で回しながら、訳知り顔をしはじめる……
「ああ、やっぱりね」
歯切れの良い説明がはじまった。
「精霊界の強烈な干渉があったね。東は東、西は西、しかれども――冒険者や発掘隊が秘境を探検していたら、いつの間にか別の場所に居たとか、それで正確な宝探しの地図を作りそこねて、次の冒険者がえらい苦労したとか」
同世代オッサン《亀使い》ゼインは、やれやれと言わんばかりに、首をフリフリしつつ応じている。
「そっち系か、ティーナ殿。亀甲城砦でも、世界の屋根なる大山脈《地霊王の玉座》で聞かれる摩訶不思議な瞬間移動は怪談奇談のタネだ。気付いたら深い深い千尋の谷を飛び越えて向こう側の崖に居た、山の精霊に招待されたようだ、という内容。たいていは夢遊病だった、という結論だが」
「彼らは瞬間移動したんだよ。まさに夢遊病の、夢路のような経路を……アルフ・ライラ・ワ・ライラ……」
「移動先は占いで判るのか、ティーナ殿?」
「いや。こいつは、占える範囲を超えてる。でも、偶然だけど、クッサイ団長が答えをくれたね。一両日もしないうちに、東方から、とんでもない怪異な事件の噂が聞こえて来る筈だよ」
女占い屋ティーナは、慎重に、手の中にある《精霊亀》甲羅を撫でまわしつつ……ハッとするほど美しい黒い目を、キラリと光らせた。
「ウトパラ王侯城砦か、その係累の城砦……あたしは、ミリーシャ姫の出身の城砦に賭けるね。アリージュ姫の傍に、もっとも長く居る人物だ」
「ガンダル・カスバか。あそこは江湖――水仙海岸の港湾のひとつだが、古代からの国際港、かつ風待ちの港だけあって、古代《風の精霊》信仰も混ざって、つづいてる土地だ……」
そして、応答が途切れた。
しがない・オッサン風な《亀使い》戦士ゼインは、次の瞬間には、腕組みをして沈黙に落ちていたのだった。
40代ふくよか女占い屋ティーナは、長年の腐れ縁を意味深に眺め……
「ふう。年の割に落ち着かない男だね。もう頭の中から、東西の高速移動を組み立てているところの、歯車の音が聞こえて来るよ」
女占い屋は苦笑しつつ、テキパキとした所作で、占い道具、すなわち《精霊亀》甲羅を、手持ちの風呂敷に仕舞った。そして、近くで聞き耳を立てていたオローグ大使へ、これまた意味深に頷いて見せた。
オローグ大使のなかでも……すでに次の方針に対する決断はくだっていた。
――我々も取り急ぎ、東へ赴かなければ――
いつしか、東帝城砦の乾いた空のうえを、次の季節の風がわたっていた。




