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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
妖精郷&帝国の日常:閑話の章
436/439

魔法講座:白の追試-幻魔の秘奥、その縁は-

 なんか、別の骨がまた一本逝っていたらしい_(:3 」∠)_

 迷いに惑って答えを探し、彷徨い続けたあの日を過去に。

 新たな予感に心を打ち震わせて、迷い子達へと手を差し伸べるべく。

 情熱新たに意気のめり込み、年甲斐無しにも奮ってみせようとも―――








「ふぅぅ……」


 カフェテラスの一角には、お手製らしき磁器を片手に瀟洒なティータイムを嗜む、白き華奢。

 透き通った純白を誇るティーカップが照らし返す陽光に、目の前では些か眩しげに目を細めながらも何やら集中した素振りを見せる、凡庸なる若者の立ち姿。


「ここ妖精郷に於ける精霊の定義とは、元の個たる魂の一部、あるいはその全てを何らかの理由により喪ってしまった存在」

「――故に。魂の一削りを求め、彷徨い続けるモノ達の総称である」


 この舞台で知り得たその真相を確認し合うべく言葉を紡ぎ、そして受け応える様は何処か神聖なる儀式にも思えよう、厳かに。

 若者は努めて焦点を合わせぬよう、それでいて拙いながらも一心に祝詞を上げ続ける。まるで、眼前の白き華奢を存在し得ない精霊(モノ)として扱い、その実その裡を見極めんとすべく―――


「――曰く。ある条件を満たした妖精が流す、想いの丈」

「あるいは映しの泉にて、儀礼顕現の禊祓を行う際に払い落されたとされる、世俗の滴。それ即ち、妖精族の次なる代を担う至高の宝となる」


 思い返すは冬の頃。帝都支部にて開示された資料の内容には驚かされると同時に、ある種超常現象の番組を見る際のそれにも似た、そこはかとない胡散臭さを感じてしまったもので。


「よくよく考えてみれば、当時にまつわる噂話の伝播そのものに本人が関わっていたんだ。アンタの性格からすれば全くの出鱈目を吹聴するよりも、個々の解釈に差し込まれる自覚なき主観をこそ利用して、煙に巻く――そんな手法を好むに決まっているよなぁ?」

「そこ。本題から脱線してしまっているよ」


 じとり、と横目に向けられる、空気を読めとでも言わんばかりのもやっとした非難の発露。慌てて余計な思念を追い出すべく、半瞑想状態を心掛ける。


「元はと言えば、君が言い出したんだろう?この()の精霊然とした現状を利用し、使役しようなどという大それた妄言をさ」

「ぐっ」

「であれば精霊たる我に対して、君自身の器を相応に納得させて貰わねばね?」

「ぬぐむっ……」


 ちくちくと刺される口舌の針千本は、まだ始まったばかり。

 それからも、これは云わばチュートリアルの段階だというのにここで躓いては先行きが不安に過ぎる、だの、精霊との語らい(おもい)の本質を履き違えている物解りの悪い君に何度もチャンスを与えてあげる我はなんて優しいのだろうか、だのと一々集中を乱す様な心抉る真似をし続けてくれる。


 魂の一削りとは即ち、紡がれた想いでもあり、それらの繋がりでもある。


 この口喧しくも実は寂しがりな、白き華奢が(かそ)けき半身の言葉を借りるならば。想いたる一削りとは個々の繋がり、その(えにし)

 縁が楚々しくも拙くあれば、補填としてより多くの精霊力が必要。成程、日常生活での人と人とのやり取りにだってそれは通ずる、道理も甚だしい当然の理屈だ。

 そしてその理屈は、縁がこの上なく強固であればある程に。必要とされる精霊力(補填)は少なくなっていくという真実へと導かれる為の、裏返しの導線とも言える。


 心持ち顔の彫りも深げに、下腿を反らせるポーズを取ってッ……重力に逆らう姿勢に引き攣りつつあるふくらはぎと大腿筋には叱咤号令をかけてッ……!


「その場で浮き上がれ(・・・・・)ッ、『真白き無垢のイノセンティタ』ッ!!」

「お断りだねっ」


 J○J○ばりのポーズを取って集中を高めた俺の要求(・・)に、しかしツンッ、とそっぽを向いてしまわれた。これで何度目の失敗だろうか。


「わっかんねぇ……ピピルは一応の及第点だって言ってたのによ」

「いつの間にか、あの子の呼び方はそうと変わっているのにね」


 そんな、俺のぼやきに返されるのは、相も変わらずな不機嫌にも近い感情の発露と共に。

 心なしかその膨れっ面は不貞腐れている様にも見えて、まだ分からないのかとも言いたげに。じろりと睨め付けてくる。


「大体こういうのって難易度的にも、まず基本属性を司る小精霊辺りから順を追って段階的に試していくものじゃないのかよ……」

「そんな時間が、今の君に残されているとでも?」

「ぬぐっ」


 即様ちくりと刺される言葉に、喉元まで出かかった次なる愚痴が縫い止められてしまう。

 思えば新たな予感を彷彿とさせよう、告知の朝に観た幻夢(ゆめ)よりたった数日。流れとしては随分と性急に、次から次へと課題が山積みになってしまったものだ。

 こちとら依頼を受けて訪れた郷の大事一つで、いっときは自分を見失うまでに惑ってしまった半端な身。本来であればまだまだ休息を要する身体は疲弊をする間もなしに、次なる問題への対峙と準備を余儀なくされている。


「はぁ~。異世界(こっち)に来た当初はもっとこう、華麗とまでは言わずともそれなりに順調に立ち回っていけるつもりだったんだけどなぁ」

「お?ついに挫折を自覚しちゃったかな?」


 五月蝿ぇ、こういう時だけ喜々として覗き込んでくるな。


 しかしながら、報復の魔気デコピンは軽く頭半分程をずらして避けられ、ついでにより一層ニタニタとしたウザ顔を向けられる。これだから妖精族っていうやつは。


「とはいえだ。本格的に行き詰ってしまった様子でもあるし、後で無闇なお返しをされても堪らないからね。そろそろ次なる標を示してあげようか」


 そう、言葉にすると共に揶揄い風味は消え去り一転、厳かにも詠い始める。このひと曰く、何処かの凡人野郎が履き違えているらしき、その本質を。


 ・

 ・

 ・

 ・


 かつて、歴史の表舞台へと姿を表した耳長族(エルフ)達は云った。精霊とは、意志無き自然の概念。その体現であると。

 だからこその、精霊達をマナに見立てた舞台装置として使い(・・)、その代償として精霊力を支払う、を大前提とする精霊魔法であり、精霊使い(・・)

 一方で、妖精族の言う処である精霊とは、遠き時代に同胞(はらから)であったモノ達。

 その多くは言葉を持たず、意志も希薄に見えようながら。喪ってしまった拠り所を補うべく、想いを頼りに縁を求める。


 それが故の、祖霊信仰(精霊との語らい)だ。


 日常生活になぞらえるならば、親しき者達への軽い頼み事程度であれば快くも引き受けてもらえる様に。あるいは別の機会に報いる事で、礼の代わりにする場合もある。

 妖精族にとっての精霊との語らいとは、そんな日常生活の延長でしかない。何故ならば、彼等の目にははっきりと、見えざる筈の精霊達がその目に見えており。

 物言わぬとされるモノ達と交わされる、その語らいこそが。縁を求める彼等にとっては在りし日の思い出を彷彿とさせよう、至上の報酬となるからだ。


「――以上の観点より鑑みれば、自ずと結論は見えてくる」


 その半身(ピピル)とはまた違った、不敵な視線に余裕を込めた口ぶりで。

 続きを言い給えよと、白き華奢は尊大にも口にしてみせる。 


「なに、難しく考える必要はない。昨今の君自身を取り巻いていた環境に、それを照らし合わせてみれば良いだけの事さ」


 ここまで教えてしまうのは、お節介にも程がある。

 最後にわざわざそんな皮肉までを込めて、厳かな語りは締められた。


「――――――」


 最初はこのひとの語る額面そのまま、無闇に使役される事への不快からの、呼びかけに対する拒否かとも考えていたものだが。

 このひとの言葉ではないが、ここまでを導かれてしまっては。これで分からなければ、それは余程の鈍感か、あるいは精神(こころ)の働きに何らかの障害が出てしまっているとして要介護か監視の対象となってしまおう異常者だ。


 つくづくここ妖精郷で拙くも結ぶ事が出来た、得難き縁に感謝をしつつ。ここまでの御膳立てをされてしまったならば、ちっぽけな俺自身のプライドなんざ捨て去ってでも、応えてみせねばならない義務があるだろう。


「元より精霊力なんぞを持たないこの俺が、仮にも物言わぬとされる彼等に手を貸して貰える可能性があるとすれば――縁の強きに基づいた、特定の一個(・・)に気を遣って(・・・)もらう必要がある」

「ふっ――ピピルが認めるだけはあって、中々どうして」


 不格好ながらも、様になっているじゃあないか。そう愉しげに杯を掲げる白さん。


「こんな事情(もの)、わざわざ秘奥を語るまでも無い。言ってしまえば、ただそれだけの事ではあるんだよ」

「そしてついでってレベルじゃない程に、俺には精霊魔法への適性なんてものは有りはしなかった、と」

「そんな君が、頼み事をするんだ。使役(まほう)、などといった上から目線では、叶うものも叶わなくなってしまうというものさ」


 云わば、これこそが遺されし幻魔の秘奥(想いの縁)同胞(せいれい)達と真に共感した結果、自らもまた魔堕ちをしてしまった負の連鎖の根本、そのものだ。精霊使い、と精霊遣い、二者の差異はそこにある。


 一つは、惑い――その大前提。結果として、生きて還った者はおらず。

 一つは、願い――それでもと。共に在る(一緒にいたい)と願う心が、その往く先に。


 ただ使うに留めるのではなくて、心を工夫して、遣ってもらう。

 立場としては、彼も我もあくまで対等であって。であればこそ、起こり得るは語らう相手との都合の齟齬。それのみだ。


「それじゃあ、改めて」

「うん。改めて、聞こうじゃないか」


 このひとが、白さんであり、イノセンティタでもある。たとえ今の俺達が枝葉の向こうよりの一連の幻夢(ゆめ)に侵されていようとも、その事実は変わらない。

 それでも、だ。俺が当事者として語らい、ぶつかり、共に過ごしたパートナーの一人としては。その名こそが最もしっくりときて、また相応しいのだろう。


「俺にとっては縁も強き『黒き(まなこ)&%@=?#*+”(オース・ルドレット)』……何だ、こりゃ?」


 だのに、漏れ出た言葉としては意味不明なる雑音としてしか、響かずに。これは、まるで。


 ―――この世界では忌み語に属するから、人の身では聞き取れないのか―――


「あれは本来、この舞台(せかい)では有り得なかった話だもの。本筋としては無かった事とされるのは当然さ」

「……何か、悔しいなぁ」


 短くない煩悶の後に、零れ出てしまったのは……そんな呟き。

 対面には据え置きのケトル(やかん)よりお茶のお代わりを注ぎながら、やはり微苦笑にも俺の体たらくを楽しげに眺めてくれる。


「ともあれ――その拙い呼びかけ、確かに受け取った。元より甲斐性(せいれいりょく)など、君に求めても詮無き事であろうしさ」

「ほっとけ」


 やれやれ仕方がない、とばかりに皮肉気を押し出しつつも。

 そこに見せよう表情からは、以前の昏き名残など微塵もなしに。

 そんな白さんを見て、改めて思う。俺達の、そして彼等幻魔の一族の。表に出せないあの舞台(ゆめ)は、もう終わってしまったのだと。

 それが好きものであったのか、あるいは悪夢であったかなど、俺風情には到底判ろうものではないけれど。それでもだ―――


「「――より好き明日を目指すべく、手に手を取り合い、共に歩んでいこう」」

「……ちっ」

「くすっ」


 思う処は同じくすれども、やはりこういった様式美といったものには慣れる気がしない。

 顔に熱持つ自覚を誤魔化す勢いで全身のむず痒さを掻きむしっていたところでふと、ある事実に思い至れてしまった。


「あれ……?そう考えてみれば、ピノの使ってるやり方っていうのは」

「だから言ったじゃあないか、そんな危惧(もの)はただの杞憂だと」 


 そう。精霊との語らい、その本質に関わる話が真実とすればだ。

 ピノの得意とする、徹底したコスト管理からくる精霊使役といった手法は幻魔の秘奥としては、根本から間違っている。否――この場合、敢えて違えた手法を一から構築しているというべきか。

 ピノが手繰る精霊魔法の本質とは、話に出てきた耳長達のそれにも近いもの。であれば想いを手繰り、それが故に想いに引き摺られた魔を誘う祭祀達の二の舞になど、元よりなろう筈もなかったのだと。


「これもピエトロの、(ピエラ)へ対する素直でない思いやりというものかな」


 今度こそ締められた、幻魔の秘奥としての、その本質話。

 さっそく希少(レア)な話の対価を寄越せとばかりに突き出された小さな掌に、こちらも締まらない苦笑を浮かべて席を立つ。砂糖が無い分風味にはやや欠けるものの、試作検証中であったプリンの一つでも振る舞ってやるとしますかね。






 それにしても、氷室へと足を向ける最中にふと思う。

 それが大事なことなのは理解も出来る、出来るのだが。

 幻魔の秘奥、その本質を理解させるが為だけに、あの幻夢(ゆめ)を観た相手に対して、ここまでの長きを説明に付き合わせる必要があったのだろうか。


 ピアやピピルといった幾人との語らいを過ごした後に、ようやく辿り着けよう結論話。あるいは主役であったこのひと自身の手ならぬ言葉によって、あの舞台の幕引きを改めて宣言したかったのかとも思いはしたものの……それこそ最後に語られた、本質部分を説明するだけでも良かったのではないかと思わなくもない。


「縁の強き。その構築としては、なにも、精霊との語らいに限った事ではないよね?」


 ところがどっこい。何気ない質問への答弁としては、如何にもな思わせぶりと共に。


 切欠(ヒント)を出すとするならば、例えば脇の甘さを補うべくな、幻夢(ゆめ)を観た者へ対するアフターサービス。

 何のこっちゃと首を傾げてみれば、一寸考える素振りを見せて後に、騒動の最初期にも見せてくれた懐かしい幻術を披露してくれた。

 その詳細としては、小さき真白な髪の合間よりにょっきり生える、見覚えも強き獣耳。頭に揃えた両手は媚びる風にも握って添えて、小さな口より紡ぎ出すは、コンコンといった可愛気溢れるわざとらしいあどけなさ。


 やはり何を言っているのか、今一つが追い付かない。

 暫し立ち止まってそんな白さん眺め続けるも、どうやらそれ以上を語る気は無い様子。

 仕方がなしに考える事を放棄した俺は、今度こそ氷室へと向けて歩み出す。


「ふふ。気付いた時の、君の慌てっぷりが楽しみだ」


 最後に小さく紡がれた茶目っ気満載なその言葉ばかりは、耳に届く事もなしに―――

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