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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
妖精郷&帝国の日常:閑話の章
435/439

夢と現に去り往くは―――

 夜の昏きに照らす、薄明り。

 いみじくも好対照の典型を見せる半身達は、陽の在る時分に玉砕をした若者話を肴に一杯、月見酒。


「むぅぅ、白の意地っ張り……」

「その言葉、そのままそっくり返させて貰うとするさ」


 相も変わらずのらくらと。半身の責める言葉にグラスを一つ、傾けて。

 それでも互いに言葉程には気にした風もなく。何かを待ち受けるかの如く、夜のそよ風にあぁだこうだと舌鼓を打っていた。


「――あぁ?アンタら、まだ起きてたのかよ」


 不意にかけられた声に首を向ければ、そこには奇しくもあの若者そのものと言えよう姿形。

 ぼりぼりと気まずげにも頭をかいて、行儀も悪く舌打ち目を逸らす。


「やぁ、『あの夜』ぶり」

「ちっ……」


 僅かに見せた逡巡の後に、つかつかと大股に歩いてそのまま席の一つへどっかと座る。その間も視線は努めて合わせようとはせずに、そっぽを向いて不機嫌にも――まるで、合わせる顔がないとばかりに。


「折角、アイツがあそこまで吹っ切れたんだ。たまには素直に応じてくれたっていいってのによぉ」

「あの子とはくぐってきた修羅場の数が違うもの。まだまだ、あの程度では――ね?」

「はン……妙なのに気に入られちまって、ヤツもご苦労なこった」


 差し向けられた一杯をやはり、乱暴にも奪って一気に飲み干す若者の姿。グラスを奪われた形となった白は目をぱちくりとして後に、くすりと零して二杯目を注ぎ足した。


「ふぅ……やっぱ、こんな残り滓の身じゃあ、もう酔えもしねぇか」


 そう吐き捨てる言葉とは反面、浮かべる貌は打って変わって満足気に。


「まぁ、確かにな?いきなりその真意を扱えちまうと、危なっかしいと言えなくもねー」

「そうかなぁ……」


 若者の姿のぼやきに、やや不満気を示すは紅き半身。その身包み込む光の標は、夜の昏きに誘われる様に、徐々に、徐々に灯火を失いつつあって。

 だがしかし、それを言うのであれば若者の姿だって同じ事だろう。

 紅き半身がその灯火を失って、その身に蒼きを宿しつつある、その分だけ。若者の姿もまた、色褪せ、薄暗い影のそれへと見た目を変えていったのだ。


「……もう、往くのかい」

「そーだな。もういい加減、潮時だろ?」


 幾許かの間を少ない憐憫のそれに、半身達へと費やして。最後に深い溜息を一つ。

 然る後に席についた時の勢いそのままに、若者の姿はがたんと立ち上がる。


「君が望めば、精霊の形をとって残る事だって出来ただろうに」

「ハッ、それこそだな」


 白けた風にも両手をテーブルに、ようやく視線を合わせたかと思えばその貌は実に挑戦的ときた。

 意図するところは意地を背に。どうしたって読み切れてしまうからこそ、白もまた何の気負いもない微苦笑を漏らしてみせる。


「まー、遅きに失した退場野郎なこのオレから言うべきなんざ、今更何もありゃしねーや。あばよ」

「君も、つくづく意地っ張りだなぁ」


 言外に、失われた無貌の残滓でもあるお前ならば、その望みを口にする事も可能だろうとの皮肉を込めて。

 精霊との語らい。それは想いと(えにし)の強きによりて、我を押し通すべくの手段手法、その一つ。言ってしまえば精霊魔法としての裏技にも近き、あの幻夢(ゆめ)の「白」がご丁寧にもお手本を示してみせた、精霊力を要さぬ精霊使役の秘奥たる出鱈目だ。


「そんな強制労働みたいな真似なんざ、()には分不相応ってね」


 それを自らそうと伝えて、ましてや応えてしまっては。それこそ何でもあり(・・・・・)という事になりかねない。

 だから、それを乗りこなすにはまだ(・・)早いと云う。


 それに、だ――そう、褪せた影の容(すがた)は続ける。


「オレだってただ潔くも消えるつもりは、ないんだぜ?」


 公演も終わってしまった、舞台の最後の後片付けとして。この森に妙な影響を残しつつある紅き亡失(おねいさん)。それを、向こう側へと送り届ける義務がある。

 続けて言い切った、その意味に。紅き半身はぽかんと埒外の虚を晒し、しかしながら残る白き半身ばかりは、その微苦笑を深めて。


「ねぇ、ピピル」

「……なに?」

「彼にだってまた、あの舞台の最終幕までを演じきった自負があるんだよ」

「……うぅ~」


 未だ納得がいかない風に、可愛く唸る紅へと向けて。今や褪せた影にも(いろ)を喪いつつある若者の姿は、掌をその頭へとぽんと置いて名残惜しげに撫で付ける。

 その仕草は実にぎこちなくも、ようやく最期に望みを果たせたと。そう、言外に滲み溢れているようで。


「おっと。白さん、あんたに対してはあの夜の恨み、忘れちゃいねーからな?なでなでしてやるのはピピだけさぁ」

「ふんっ。我はそこまでお子様じゃないさっ」

「――ヒヒッ」

 

 最後に若者の姿――否、ここに至っては魔狗であったモノと言うべきか。

 褪せた若者の残滓(かげほうし)はその特徴的な引き攣った笑い声を遺し、まるで散歩をするかな素振りで後ろ手にひらひらと。迷いもせずに森の奥の暗闇へと歩みを進めていく。

 彼我の距離が離れていくにつれ、徐々にその輪郭も曖昧となっていき――やがて、完全に消え去ってしまった、その頃には。


『お元気で、なの――もう一人の、影法師(ライタ)


 言葉にならない鳴き声に合わせるように、一方では言葉もないながら。クックッと残滓の皮肉さを引き継いでみせる白き小刻み。


 なに、安心すると良い。魔狗(きみ)には望まぬ楔を担って貰ったという、多大なる借りがある。

 だからと言うだけでもあるまいが――先達として、迷える若者へ今少しばかりの道案内程度はしてみせようさ。

 『魔狗』君、お疲れさまでした。

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