夢と現に去り往くは―――
夜の昏きに照らす、薄明り。
いみじくも好対照の典型を見せる半身達は、陽の在る時分に玉砕をした若者話を肴に一杯、月見酒。
「むぅぅ、白の意地っ張り……」
「その言葉、そのままそっくり返させて貰うとするさ」
相も変わらずのらくらと。半身の責める言葉にグラスを一つ、傾けて。
それでも互いに言葉程には気にした風もなく。何かを待ち受けるかの如く、夜のそよ風にあぁだこうだと舌鼓を打っていた。
「――あぁ?アンタら、まだ起きてたのかよ」
不意にかけられた声に首を向ければ、そこには奇しくもあの若者そのものと言えよう姿形。
ぼりぼりと気まずげにも頭をかいて、行儀も悪く舌打ち目を逸らす。
「やぁ、『あの夜』ぶり」
「ちっ……」
僅かに見せた逡巡の後に、つかつかと大股に歩いてそのまま席の一つへどっかと座る。その間も視線は努めて合わせようとはせずに、そっぽを向いて不機嫌にも――まるで、合わせる顔がないとばかりに。
「折角、アイツがあそこまで吹っ切れたんだ。たまには素直に応じてくれたっていいってのによぉ」
「あの子とはくぐってきた修羅場の数が違うもの。まだまだ、あの程度では――ね?」
「はン……妙なのに気に入られちまって、ヤツもご苦労なこった」
差し向けられた一杯をやはり、乱暴にも奪って一気に飲み干す若者の姿。グラスを奪われた形となった白は目をぱちくりとして後に、くすりと零して二杯目を注ぎ足した。
「ふぅ……やっぱ、こんな残り滓の身じゃあ、もう酔えもしねぇか」
そう吐き捨てる言葉とは反面、浮かべる貌は打って変わって満足気に。
「まぁ、確かにな?いきなりその真意を扱えちまうと、危なっかしいと言えなくもねー」
「そうかなぁ……」
若者の姿のぼやきに、やや不満気を示すは紅き半身。その身包み込む光の標は、夜の昏きに誘われる様に、徐々に、徐々に灯火を失いつつあって。
だがしかし、それを言うのであれば若者の姿だって同じ事だろう。
紅き半身がその灯火を失って、その身に蒼きを宿しつつある、その分だけ。若者の姿もまた、色褪せ、薄暗い影のそれへと見た目を変えていったのだ。
「……もう、往くのかい」
「そーだな。もういい加減、潮時だろ?」
幾許かの間を少ない憐憫のそれに、半身達へと費やして。最後に深い溜息を一つ。
然る後に席についた時の勢いそのままに、若者の姿はがたんと立ち上がる。
「君が望めば、精霊の形をとって残る事だって出来ただろうに」
「ハッ、それこそだな」
白けた風にも両手をテーブルに、ようやく視線を合わせたかと思えばその貌は実に挑戦的ときた。
意図するところは意地を背に。どうしたって読み切れてしまうからこそ、白もまた何の気負いもない微苦笑を漏らしてみせる。
「まー、遅きに失した退場野郎なこのオレから言うべきなんざ、今更何もありゃしねーや。あばよ」
「君も、つくづく意地っ張りだなぁ」
言外に、失われた無貌の残滓でもあるお前ならば、その望みを口にする事も可能だろうとの皮肉を込めて。
精霊との語らい。それは想いと縁の強きによりて、我を押し通すべくの手段手法、その一つ。言ってしまえば精霊魔法としての裏技にも近き、あの幻夢の「白」がご丁寧にもお手本を示してみせた、精霊力を要さぬ精霊使役の秘奥たる出鱈目だ。
「そんな強制労働みたいな真似なんざ、俺には分不相応ってね」
それを自らそうと伝えて、ましてや応えてしまっては。それこそ何でもありという事になりかねない。
だから、それを乗りこなすにはまだ早いと云う。
それに、だ――そう、褪せた影の容は続ける。
「オレだってただ潔くも消えるつもりは、ないんだぜ?」
公演も終わってしまった、舞台の最後の後片付けとして。この森に妙な影響を残しつつある紅き亡失。それを、向こう側へと送り届ける義務がある。
続けて言い切った、その意味に。紅き半身はぽかんと埒外の虚を晒し、しかしながら残る白き半身ばかりは、その微苦笑を深めて。
「ねぇ、ピピル」
「……なに?」
「彼にだってまた、あの舞台の最終幕までを演じきった自負があるんだよ」
「……うぅ~」
未だ納得がいかない風に、可愛く唸る紅へと向けて。今や褪せた影にも彩を喪いつつある若者の姿は、掌をその頭へとぽんと置いて名残惜しげに撫で付ける。
その仕草は実にぎこちなくも、ようやく最期に望みを果たせたと。そう、言外に滲み溢れているようで。
「おっと。白さん、あんたに対してはあの夜の恨み、忘れちゃいねーからな?なでなでしてやるのはピピだけさぁ」
「ふんっ。我はそこまでお子様じゃないさっ」
「――ヒヒッ」
最後に若者の姿――否、ここに至っては魔狗であったモノと言うべきか。
褪せた若者の残滓はその特徴的な引き攣った笑い声を遺し、まるで散歩をするかな素振りで後ろ手にひらひらと。迷いもせずに森の奥の暗闇へと歩みを進めていく。
彼我の距離が離れていくにつれ、徐々にその輪郭も曖昧となっていき――やがて、完全に消え去ってしまった、その頃には。
『お元気で、なの――もう一人の、影法師』
言葉にならない鳴き声に合わせるように、一方では言葉もないながら。クックッと残滓の皮肉さを引き継いでみせる白き小刻み。
なに、安心すると良い。魔狗には望まぬ楔を担って貰ったという、多大なる借りがある。
だからと言うだけでもあるまいが――先達として、迷える若者へ今少しばかりの道案内程度はしてみせようさ。
『魔狗』君、お疲れさまでした。




