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 二人目は、頭の先から足元まで甲冑で固めた騎士だった。


 こちらは黒い外套の男とは正反対で、見ていて気持ちがいいほど真っ直ぐだった。相手の剣を受ければ、すぐに踏み込み、その隙に剣先を差し込む。派手な動きをするわけでもないのに、試合が終わるたび、立っているのは甲冑の騎士だった。勝ち進むにつれて、周囲から上がる歓声も大きくなっていく。


 そして三人目は、どう見てもおかしかった。


「……何で包帯?」


 顔の大半を白い包帯でぐるぐると巻き、その上から眼鏡をかけている。


 そこまで顔を隠したいなら眼鏡くらい外せばいいのに、とシアは思った。髪も布の中に押し込んでいるらしく、年齢すらよく分からない。剣を構える姿も、先ほどの甲冑の騎士ほど様になってはいなかった。


 ところが、強い。


 相手が踏み込むより少し早く場所を変え、剣が届くところに決して長く留まらない。何度か見ているうちに、試合のたび足元で細い光が走っていることにシアは気づいた。


 よく目を凝らせば、靴の先で地面に小さな術式を描いているらしい。相手が振り下ろした剣は不自然に軌道を逸らされ、ときには踏み込んだ足元だけが滑る。


「あれ、いいの?」


 シアが騎士団長を見ると、団長も何とも言えない顔をしていた。規定を書いた紙を確認し、隣の騎士と何か話したあと、諦めたように首を振る。


 どうやら禁止されていないらしい。


「頭の回る者よ」


 国王は面白そうだった。


「ずるくないですか?」


「規則を破ってはおらぬ」


「でも剣の試合なのに」


「剣を持っておるではないか」


「持ってるだけみたいになってますよ」


 ちょうどそのとき、包帯の男は相手の踏み込みに合わせて身体を半歩ずらし、空振りした手首に剣の腹を軽く当てた。驚いた相手が武器を取り落とし、決着を告げる声が響く。


 何となく納得がいかない。


 けれど、見ているうちに少しだけ面白くなってきたのも事実で、シアはいつの間にか身を乗り出していた。


 試合は昼を過ぎても続き、やがて残る人数が片手で数えられるほどになる。黒い外套の男も、全身甲冑の騎士も、包帯の男も残っていた。


 準決勝で、黒い外套と包帯が当たった。


「あ」


 どちらが勝つのだろう。


 朝には少しも興味を持てなかったはずなのに、シアは気づけば二人を目で追っていた。


 開始の合図と同時に黒い外套が動き、包帯の男は剣を構えたまま下がる。黒い影が一気に距離を縮めたところで包帯の男の足元に光が走り、次の瞬間、黒い外套の靴がほんの少しだけ沈んだ。


 けれど、転ばない。


 身体を捻って光の走った場所から抜け、すぐに剣先を相手へ向ける。包帯の男も追わず、距離を取り直した。


「……何か、あの二人」


 知り合い同士の喧嘩を見ているような気がする。


 黒い外套の男が剣を振るたび、包帯の男の動きが妙に苛立って見えるのだ。逆に包帯の男が術式を使えば、黒い外套の肩が楽しそうに揺れる。


 どうしてそう見えるのかは分からないけれど、シアはますます二人から目を離せなくなった。


 何度か剣を交えたあと、包帯の男が足元へ新しい術式を描いた。


 その光を見た途端、黒い外套の男の動きが止まる。


 ほんの一瞬、肩が揺れた。


 笑ったのだろうか。


 次の瞬間には勢いよく踏み込んでいたけれど、その動きは先ほどまでよりも、どこか大げさに見えた。


 包帯の男は待っていたように二重の術式を重ねる。


 足元を取られた黒い外套は、それでも器用に転倒だけは避けたものの、着地した場所は境界線の外だった。


「勝者!」


 歓声が上がる。


 黒い外套の男は自分の足元を見てから、包帯の男に何か言ったらしい。距離があって聞こえなかったけれど、包帯の男がものすごい勢いで睨んだことだけは分かった。


 それでも黒い外套の男は気にした様子もなく、片手をひらひらと振っている。


 包帯の男は何か言い返したそうにしていたけれど、結局、剣を収めて背を向けた。


 これで、決勝に進む二人が決まった。


 包帯の男と、全身甲冑の騎士。


 どちらも朝から目で追っていた人物だった。


 シアは二人の姿を交互に見つめ、いつの間にか膝の上で両手を握り締めていた。


 いったい、どちらが勝つのだろう。



 二人はなかなか決着がつかなかった。


 甲冑の騎士は足元へ光が生まれるたび、すぐに踏み込む場所を変える。包帯の男も同じ手が何度も通じないと分かったのか、今度は剣を使う場面が増えていた。


 何度も刃が重なり、そのたび硬い音が訓練場に響く。


 まともに剣を受けるたび、包帯の男の腕が押し戻されているのが、観覧席からでも分かった。けれど、それでも倒れない。


 甲冑の騎士が踏み込むたびに砂が跳ね、包帯の男は身を捻って攻撃を躱す。ときには術式を使う暇さえ与えられず、剣で受け止めるしかない場面もあった。


 剣の腕だけなら、甲冑の騎士のほうが上なのだろう。それでも包帯の男は、相手の動きを見ながら少しずつ立ち位置を変えていた。


 何度目かの打ち合いのあと、甲冑の騎士が踏み込もうとした場所へ、それより先に小さな光が灯った。


 甲冑の騎士の動きが止まる。


 避ければ剣の届かないところまで下がることになる。踏めば、今までの相手と同じように足を取られる。


 ほんの一瞬だった。


 けれど、その一瞬で充分だったらしい。


 包帯の男の剣が、甲冑の騎士の手から武器を弾いた。


 静まり返った訓練場に、遅れて大きな歓声が広がる。


「決まったな」


 国王が立ち上がり、シアも慌てて姿勢を正した。


 一位となった包帯の男、二位の全身甲冑、三位の黒い外套。その三人が騎士団長に導かれ、観覧席の下へ並ぶ。


 こうして三人揃っているところを見ると、やはり妙な顔ぶれだった。とりわけ一位の男は、顔中に包帯を巻いたまま国王の前へ出るには怪しすぎる。


「勝者よ。前へ」


 呼ばれた包帯の男が一歩進み、片膝をついた。


「顔を上げよ」


 男が顔を上げる。眼鏡の奥に見えた瞳と目が合った瞬間、シアは息を呑んだ。


「……え」


 見覚えがある。というより、昨日まで何度も見ていた。


「リカルド……?」


 包帯の男の肩が、ほんの少しだけ落ちた。


 諦めたように両手を上げ、顔に巻いていた布を解いていく。現れたのは、やはり見間違えようのないリカルドだった。青い髪は包帯の下に押し込められていたせいですっかり乱れ、額に張りついたそれを鬱陶しそうに払いながら、眼鏡の位置を直す。


「……このような格好で御前へ出ましたこと、お詫び申し上げます」


「何してるの、リカルド!」


 思わず立ち上がったシアに、リカルドはちらりと視線を寄越した。


「聖女様。今は陛下の御前です」


「だって!」


「あとで聞きます」


「私が聞きたいの!」


 国王が堪えきれないように笑い、シアはようやく口を閉じた。


 リカルドは改めて王へ向き直る。


「布告には、身分も年齢も経歴も問わないとございましたので、参加させていただきました。また、魔法の使用を禁ずる規定もありませんでした」


「……確かにないな」


 騎士団長が苦い顔で認める。


「次から書いておくべきでは?」


「次はありません」


 リカルドの返事が妙に早かった。


 シアが首を傾げるより先に、背後で金属の擦れる音がする。二位の騎士が兜へ手をかけ、ゆっくりと持ち上げた。


 その下から現れた見慣れた黒髪に、シアは目を見開く。

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