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「それで、こんなところまで何をしに来たの?」
「それはこちらの台詞です」
リアムの目はまったく笑っていない。やがてその視線がこちらへ向き、シアは何となく次に何を言われるのか分かった。
「ここ数日、ゼノさんとリカルド様のところばかり行ってるだろ。今朝も城を出ると聞いたから、何をしているのか確かめに来たんだ」
「声をかけてくれればよかったのに」
「かけるつもりだった。けど、お前たちが何か調べているようだったから、少し離れて様子を見てたんだよ。街に出るなら、せめて一言くらい知らせろ」
そう言ってから、リアムはゼノを一瞥した。
「まさか、あんな目に遭うとは思いませんでしたけど」
「いやあ、面白かったねえ」
「ゼノさん」
再び声が低くなったので、シアは慌てて笑いを引っ込めた。
「それに、お前がまた勝手なことをしていないか心配だったんだ。この間まで行方不明だった人間が、戻ってきた途端に城を出たり入ったりしてるんだぞ。少しは自重しろ」
「……心配してくれたの?」
「当たり前だろ」
返事はすぐに返ってきた。
「ごめん」
怒られているはずなのに、シアは少しだけ嬉しくなった。
木に登れば下から怒り、降りられなくなれば文句を言いながら助けに来る。昔から、リアムはこういうところが変わらない。
「へへ」
「何で笑うんだ」
「リアムだなあと思って」
「意味が分からない」
呆れた顔まで昔から知っているものと同じで、シアの笑みはますます深くなった。
すると横から紙の擦れる音がして、振り向けばゼノが手に持っていた紙束を軽く振っている。
「せっかくだし、騎士サマにも手伝ってもらおっか」
術式と王都の地図を広げ、シアたちは考えていることをリアムに話した。
大聖堂を開けて人を集める代わりに、王都へ祝福そのものを届けること。ゼノの魔法で神聖力を運び、街の上から降らせるための術式を作っていること。そして、祭りの夜には空いっぱいに花火を打ち上げたいこと。
話しているうちに、ゼノと屋根の上から見下ろした王都の灯りを思い出し、シアはまた少し楽しくなってきたけれど、最後まで黙って聞いていたリアムが最初に尋ねたのは、やはり安全性だった。
「シ――聖女様への負担は?」
「そのために俺がいる」
リカルドが淡々と答える。
「ゼノ一人なら止めるが、俺が術式を監視する。神聖力の流量と魔力の経路をそれぞれ制御し、異常があれば即座に接続を切断できるよう、安全機構も組み込むつもりだ」
「そっか。信用ないんだ、俺」
「日頃の行いだろう」
ゼノが何か言いたそうな顔をしたので、シアは笑いそうになって、そっと顔を逸らした。
「それと、聖女様ご本人はどこに?」
リアムが尋ねると、リカルドは地図の上へ指を置いた。
「当日は王城内から神聖力を供給していただく予定だ。術式の調整は必要だが、街へ出ていただく必要はない」
「でしたら、城内の護衛もこちらで手配します。万が一、術式に異常が起きた場合は、すぐに中止できるようにしてください」
「無論だ」
リアムはしばらく術式と地図を見比べていた。やがて顔を上げると、ひとつ頷く。
「分かりました。では、騎士団側の配置はこちらで調整します」
そこからは四人で地図を囲んだ。
人が一箇所に集中しすぎないよう広場を分け、リカルドが魔法具を置く場所へ印をつければ、それに合わせてゼノが魔力の経路を書き換えていく。リアムは地図を指で辿りながら、人がどこから入り、どちらへ抜けるのかを確かめ、騎士を置く場所をひとつずつ決めていた。
途中からシアには分からない話も増えていった。
それでも、地図を囲む輪の中には自分もいる。
顔を上げればゼノがいて、その隣にはリカルドがいて、向かいにはリアムがいる。
シアが思いついたことを口にすれば、それを実現する方法を考えてくれる人がいる。危険がないよう確かめてくれる人がいて、当日そこへ集まる人々を守るために考えてくれる人もいる。
聖女になってから、シアは多くの人々に祝福を授けてきた。けれど、こんなふうに誰かと相談しながら、その届け方まで一緒に考えたことがあっただろうか。
千年祭のために用意された役目を果たすのではなく、自分がやりたいと思ったことを、みんなの力を借りて形にしていく。
ゼノが書き足した線をリカルドが確かめ、リアムが地図の上へ新しい印をつける。三人のやり取りを聞きながら、シアはまだ見ぬ祭りの夜を思い描いた。
きっと、シアが覚えている千年祭とは違う景色になる。
それでもいいと、今は心から思えた。
地図の上へ最後の印を書き込み、リアムが騎士団へ持ち帰る紙をまとめ始めたころ、広場の向こうから一人の騎士が足早に近づいてくるのが見えた。
額には薄く汗が滲み、急いできたのか呼吸も少し乱れている。こちらまで来ると、騎士はまずシアへ礼をして、それからリアムを見た。
「リアム、団長がお呼びだ。明日の聖護騎士選抜について、出場者の警備配置を詰めたいらしい」
「……聖護騎士?」
シアが思わず聞き返すと、騎士の顔に一瞬だけ気まずそうな色が浮かぶ。隣にいたリアムも眉を寄せた。
「何、それ」
誰もすぐには答えなかった。
その沈黙が、かえって嫌だった。
やがて聞かされたのは、建国千年祭を前に、眠ったままの聖騎士に代わって、聖女を守る者を選ぶという話だった。
――ルーファスの、代わり。
その言葉だけが、耳に残る。
少し前まで、四人で作る千年祭が楽しみだった。昨日まで知らなかったものを、みんなでひとつずつ形にしていくことが嬉しくて、違う千年祭でもいいと、ようやく思えたばかりだというのに。
なのに、ルーファスまで、誰かと入れ替わってしまうのだろうか。
そう考えた途端、シアはもう笑えなくなっていた。




