19
ゼノの家で始めた実験は、その後も夕方まで続いた。
シアの神聖力をゼノの魔法に繋ぐところまでは確かめられたけれど、王都全体へ祝福を届けるためには、まだ調整が必要らしい。
そうして翌朝、二人で作り始めた術式は、リカルドの研究室に持ち込まれることになった。
ゼノが持ってきた紙束を机へ置く。リカルドは一枚目に目を通し、二枚目に進むより早く眉間を押さえた。
「無茶苦茶だ」
第一声はそれだった。
向かいの椅子に座ったゼノは、気にした様子もなく頬杖をつく。
「ちゃんと繋がったよ」
「繋がることと、安全に運用できることは別だ。神聖力をこの流量で魔法に乗せるなら、運搬経路に最低でも二箇所は制御点を増やせ。途中で魔力が乱れた場合、神聖力を保持できなくなる」
「そこは俺が調整するつもりだったんだけど」
「お前の調整だけに頼る術式を、聖女様に使わせられるか」
すぐさま紙が引き寄せられ、リカルドのペンが走る。ゼノも横から覗き込み、途中で別の式を書き足した。
そこから先は、シアにはほとんど理解できなかった。
二人が交わす言葉は短いのに、そのたび紙の上では線や数字が増え、ただでさえ複雑だった術式が次々と姿を変えていく。
ゼノがいくつもの過程を飛び越えて書いたらしい部分をリカルドが拾って繋ぎ、神聖力の流れを安定させるための制御式を組み込んでいく。すると今度は、ゼノがその式をしばらく眺め、何本か線を引き直すだけで、同じ働きをする簡潔な形に整えてしまった。
リカルドは一度だけ眉を上げたけれど、すぐに別の紙を引き寄せる。
何をしているのかは分からなくても、二人がまるで違うやり方で同じ答えに向かっていることだけは、眺めているうちに何となく分かってきた。
性格も、考え方も、魔法との向き合い方さえ違うのに、一枚の紙を挟んだ途端、不思議なくらい噛み合っている。
「やっぱり二人って仲いいね」
何気なく口にすると、二人が同時に顔を上げた。
「「よくない」」
寸分違わず重なった声に、シアは吹き出した。
「ほら、仲いい」
「今のどこを見てそう思ったんです?」
リカルドは不本意そうに眼鏡を押し上げ、その隣ではゼノも自分でおかしくなったらしく、肩を揺らして笑っている。
そうして午前中いっぱいを研究室で過ごし、シアには最後までよく分からなかった術式も、二人が紙から顔を上げるころには、ひとまず試験に使える形まで整ったようだった。
もっとも、これで完成というわけではないらしい。リカルドによれば、神聖力を遠くに運ぶだけでなく、届ける先で正しく作用させるための調整も必要なのだという。
ゼノは大丈夫だと笑っていたけれど、リカルドがその言葉だけで納得するはずもなく、二人は午後の予定についても何やら言い合っていた。
結局、実際に魔法具を置く場所を確かめるため、三人で王城近くの広場へ向かうことになった。
千年祭を目前に控えた街へ出ると、城の中にいるだけでは分からなかった賑わいが、あちらこちらから押し寄せてきた。
春の花をいっぱいに抱えた人がシアの横を通り過ぎ、建物の上を見上げれば、祭りの旗を取りつけている男たちがいる。通りの端では屋台の場所を巡って商人たちが声を張り上げていて、その向こうでは色鮮やかな布を抱えた子どもたちが駆けていった。
数日後には、この街の上へ自分の祝福が降るかもしれない。
そう思うだけで足取りまで軽くなり、シアはゼノとリカルドのあとを追って人の間を歩いていたけれど、しばらくすると妙な視線を感じて背後を振り返った。
そこには祭りの支度をする人々がいるばかりで、こちらを見ている者は見当たらない。
気のせいだろうか。
そう思って歩き出しても、しばらくするとまた同じ感覚がする。何度か振り返っているうちに、隣を歩いていたゼノが笑いだした。
「気になる?」
「誰かいる気がするんだよね」
「いるねえ」
あっさり言われ、シアはゼノを見上げた。
「分かってるの?」
「そりゃね。だって俺、天才だもん」
前を向いたまま答えたゼノの口元は、妙に楽しそうだ。
シアはますます怪しんだけれど、誰がいるのか尋ねるより早く、三人は建物の角を曲がった。
そのとき、ゼノの指先が小さく動いた。
何をしたのだろう。
横顔を見上げても、本人は知らぬ顔で歩き続けている。シアが訝しく思いながら数歩進んだところで、背後から突然、悲鳴が上がった。
「うわっ!?」
聞き慣れた声だった。
勢いよく振り返る。
「リアム?」
そして、その場で固まった。
リアムが立っている。
ただし、頭の上にカエルを四匹乗せ、両肩と腕にも数匹、さらに足元を数えきれないほどのカエルに囲まれた状態で。頬にも一匹、ぺたりと張りついている。
シアは唇を噛んだ。
一秒。二秒。
どうにか耐えようとしたけれど、無理だった。
「あはははっ!」
「笑うな!」
リアムが頬のカエルを剥がそうと手を伸ばすたび、するりと逃げて肩に移る。その様子がおかしくて、シアはとうとうお腹を押さえた。
「頭に四匹だな」
隣から聞こえてきた声に顔を向ければ、リカルドが冷静に数えている。
「リカルド様まで何を数えてるんですか!」
リアムの抗議にも動じず、リカルドの視線は今度は左右の肩へ移った。ゼノだけは最初から隠す気すらないらしく、声を上げて笑っている。
「ゼノさん」
低い声で呼ばれ、ようやくゼノが指を鳴らした。
するとリアムに群がっていたカエルたちは一斉に淡い光へ変わり、跡形もなく消えていく。どうやら、すべてゼノが魔法で作り出したものだったらしい。
リアムは乱れた髪を手で直しながら、深々と息を吐いた。




