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「お願いがあるの」


 夜風に髪を揺らしながら、シアは肩に掛けてもらった外套の襟元を押さえた。眼下では、祭りの準備を続ける王都の灯りが瞬いている。


「千年祭のことで、今日、国王陛下に呼ばれたの。ルーファスがまだ目を覚まさないから、千年祭について私の考えも聞いておきたいって」


「それで?」


「大聖堂を一日だけ開けて、身分に関係なく誰でも入れるようにして、来てくれた人に祝福をするのはどうかなって考えたんだけど……リアムに反対された」


 ゼノは少しも驚かなかった。


「そりゃ止めるでしょ。聖女サマ、この間まで行方不明だったんだから」


 そのうえ、ただ一人の守護者である聖騎士まで眠ったままなのだ。大勢の人間を大聖堂に入れ、その中央にシアを立たせるなど、護衛する側からすれば冗談では済まないのだろう。リアムにも似たようなことを言われたので、シアには返す言葉がなかった。


「でも、何もしないのは嫌なの」


 膝を抱え、その上に頬を乗せる。祭りを楽しみにしている人がいる。聖女が戻ったと聞き、安堵してくれた人もいる。それなのに、自分だけ城の奥に籠もったまま千年に一度のお祝いを眺めるのは、何かが違うような気がした。


「聖女だからっていうだけじゃなくて……私が、したいの。みんなが楽しみにしてる日なら、ちゃんと一緒にお祝いしたい」


 ゼノはすぐには答えなかった。いつものようにふざけることも、茶化すこともせず、屋根の向こうに広がる王都を眺めている。


 やがて、彼は片手を持ち上げた。


 その指先に、淡い光が灯る。


 小さな光は夜風に逆らうように空へ昇り、やがて星のひとつになったかと思うほど高い場所で、無数の粒へとほどけていった。


「わあ……」


 降り注ぐ光に、シアは思わず両手を差し出した。細かな粒は夜空をゆっくりと舞い、掌へ届く寸前、雪が溶けるように消えてしまう。


 消えてしまった光を名残惜しく見上げていると、隣からゼノの声がした。


「人を聖女サマのところまで呼ぶから危ないんでしょ」


「うん?」


「だったら、逆にすればいい」


 ゼノはまだ空に残っている光を見上げた。


「聖女サマの祝福を、人のところまで届ければいいんだよ」


 シアは何もなくなった掌を見つめた。


 ほんの小さな光だった。けれど、今見た光景を頭の中で王都いっぱいの大きさに広げてみると、ひとつの景色が鮮やかに浮かび上がる。


「……そんなこと、できるの?」


「誰に聞いてんの?」


 ゼノは片方の口角を上げた。


 その顔を見て、シアは先ほど彼が口にした言葉を思い出す。


 ――こう見えて俺、この国一番の魔法使いなのよ。


 冗談めかして言っていたけれど、目の前に残る光を見れば、ただの自慢ではないことくらい分かる。


「でも、私の神聖力って、目の前にあるものにしか使えないよ?」


「知ってる。だから、聖女サマが生み出した祝福を、俺の魔法で運ぶの。あとは、離れた場所でもちゃんと届くように術式を組めばいい」


「そんなことできるの?」


「だから、これから試すんでしょ?」


 いかにも簡単そうに言われてしまい、シアは瞬きをした。


 神聖力と魔力は異なる性質を持つ力だ。シアがどれほど遠くの人を祝福したいと願っても、目の前にいない相手には届けられない。けれど、ゼノの魔法を使ってその力を空へ運び、王都の上から降らせることができたなら、大聖堂まで歩いて来られない人にも、城から遠い場所にいる人にも、祝福を届けられるかもしれない。


「ただ、神聖力と魔法を繋ぐ術式なんて、俺も作ったことないからね。実際にやるなら、一から組まないと」


「千年祭までに?」


「時間はないねえ」


 そう言いながらも、ゼノの顔に困った様子はない。むしろ新しい玩具を見つけた子どものように、少し楽しそうだった。


「じゃあ、私も手伝う」


「聖女サマに術式書けるの?」


「書けない」


「即答だ」


「でも神聖力は出せるよ」


「それは助かる」


 シアは笑い、それからもう一度、先ほど光が消えていった夜空を見上げた。


 あの光が空へ昇り、そこから王都いっぱいに降り注ぐ。千年に一度の祭りの日、街のどこにいても同じ祝福を受け取れるのなら、きっと大聖堂に人を集めるのとは違う形で、みんなと同じ時間を過ごせる。


 そう考えているうちに、シアはふと、別の光を思い出した。


「あとね。花火もやりたい」


「花火?」


「うん。前にゼノが見せてくれたやつ。千年祭の日にも、あれを空いっぱいに上げられないかな」


 初めてゼノと出逢った日のことは、今でもよく覚えている。


 聖女になったばかりの頃、ひとりで落ち込んでいたシアを笑わせるために、ゼノが夜空に打ち上げてくれた花火。赤や青、金色の光が次々と咲くだけでも綺麗だったのに、最後には“泣き虫聖女”なんて文字まで夜空に浮かべられた。


 あの夜、二人で大笑いしたことを思い出し、シアは思わず口元を緩めた。


「何種類もあったらいいよね。丸いのだけじゃなくて、星とか、蝶とか。王国の紋章もできるかな」


 話しているうちに楽しくなってきて、シアの身振りもだんだん大きくなる。ゼノはそんな彼女を眺め、それから同じように夜空を仰いだ。


「できるよ」


「ほんと?」


「そっちは祝福より簡単」


 思いがけずあっさり返され、シアの顔がぱっと明るくなる。


「じゃあ、それもやりたい」


「欲張るねえ」


「千年に一度だもん」


 ゼノは困ったように笑い、くしゃりと髪を掻いた。


「じゃあ、明日から試してみようか」


「明日?」


「うん。まずは祝福を運ぶための術式からね。朝、うちに来なよ」


「いいの?」


「聖女サマがやりたいって言ったんでしょ?」


 ゼノが笑うので、シアも嬉しくなって何度も頷いた。


「寝坊するなよ」


「しないよ」


「どうだか」


「ゼノこそ寝坊しないでね」


「俺はしないよ」


「本当?」


「たぶん」


「たぶんなんだ」


 さっき自分が言った言葉を返され、シアがむっとすると、ゼノは笑いながらその額を指先で軽く弾いた。


「いたっ」


「帰ろ。これ以上いたら、本当に風邪引く」


「外套があるから平気」


「それ俺のなんだけど」


 そう言いながらも取り返そうとはしないので、シアも素直に借りたまま立ち上がった。


 祭りの支度を終えていない王都には、まだあちらこちらに明かりが残っている。数日後、あの街の上に自分の祝福が降り、そのさらに上には、いつか自分を笑わせてくれた花火が咲く。


 シアが覚えている千年祭にはなかった景色だ。


 けれど、今はそれが楽しみだった。


「ゼノ、早く」


「はいはい」


 先に屋根を降りようとするシアに、ゼノが手を差し出す。シアは迷わずその手を取った。

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