第9話 爆弾回避デート
翌朝。
ギルドへ向かう道すがら、レナードはまだ昨日の爆弾表示を引きずっていた。
【イオリ 爆弾危険度:高】
何度見ても嫌な文字だった。
「なあ、タケル」
「何?」
「これ、今日中になんとかなんの?」
「たぶん」
「たぶん?」
「爆弾って、放っておくともっと危ないから」
「もっと?」
「イベント失敗したり、ほかの子との関係にも影響出たり……」
「恋愛で二次災害起きんの?!」
「ゲームだから……」
「ほんと便利だなその言葉!」
レナードは頭を抱えた。
「で、どうすんの?」
タケルは歩きながら、目の前に浮かぶイベント一覧を確認する。
「イオリの場合は……二人で専用イベント踏めばいいと思う」
「専用イベント?」
「うん」
「つまり?」
「デート」
レナードの顔が変わった。
「デート?」
「そう」
「マジ?」
さっきまで嫌そうだったのに、一気に機嫌が戻る。
「それなら余裕じゃん!」
「まだ何するか言ってないけど」
「デートでしょ? 飯行って、買い物して、適当に褒めて――」
「訓練場」
「……何?」
「イオリの爆弾回避イベント、たぶん訓練場」
レナードが立ち止まった。
「カフェは?」
「行かない」
「買い物」
「しない」
「街歩くとか」
「ないと思う」
「何すんの?」
「剣の訓練」
「それデート?」
「ゲーム上は」
「もう嫌な予感しかしねぇんだけど」
◇
昼過ぎ。
レナードはギルド裏の訓練場に立っていた。
向かいにはイオリ。
いつもの軽鎧ではなく、動きやすそうな訓練着に着替え、剣を握っている。
「来たわね」
「来たけどさ」
レナードは辺りを見回した。
土。
木製の人形。
剣。
汗だくの冒険者。
甘い雰囲気など欠片もない。
「……ほんとにここ?」
「何が?」
「いや、なんでもない」
少し離れたところでは、タケルがベンチに座って二人を見ていた。
レナードが小声で聞く。
「タケル」
「何?」
「これ成功条件なに?」
「イオリとちゃんと訓練する」
「それだけ?」
「たぶん」
「普通の会話いらない?」
「余計なこと言わない方がいいと思う」
「俺ずっと黙って剣振んの?」
「それが一番安全」
「デートの意味どこいった?」
その時、イオリが剣を構えた。
「始めるわよ」
「はいはい」
レナードも剣を抜く。
最初は軽く打ち合うだけだった。
イオリの剣筋は鋭く、無駄がない。
さすが聖騎士だけあって、前回の討伐で見せた動きよりもさらに速かった。
「へー」
「何?」
「いや、普通に強いじゃん」
イオリの目が少し細くなる。
「それ、褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
「軽いわね」
「そこはもう直らないって」
イオリが踏み込む。
レナードは剣で受け流し、そのまま距離を取った。
「もっと本気で来て」
「え?」
「手加減してるでしょ」
「してるけど」
「やめて」
レナードが少し驚く。
「でも本気出したら危なくない?」
その瞬間。
イオリの表情が変わった。
「……それ」
「何?」
「それが嫌なの」
レナードは首を傾げる。
「何が?」
「私が弱いから、手加減しないといけないと思ってるでしょ」
「あー」
昨日の爆弾の理由が、ようやく少し見えた気がした。
「だから昨日も機嫌悪かった?」
「別に」
「絶対それじゃん」
「別にって言ってるでしょ」
「はいはい」
「その返事も腹立つ」
「めんどくさ!」
【イオリの爆弾危険度が少し上がりました】
「今ので上がるの?!」
ベンチからタケルが頭を抱える。
「レナード!」
「いや今のは仕方なくない?!」
「余計なこと言わないでって言ったよね!」
「会話禁止デートって何?!」
「とにかくちゃんと相手して!」
「分かったよ!」
レナードは一度大きく息を吐いた。
そして今度は、さっきまでとは違う構えを取った。
イオリも気づいたらしい。
「……本気?」
「まあ、ちょっとは」
「全部で来なさい」
「死んでも知らないよ?」
「殺さない程度にしなさい」
「注文多いな!」
イオリが地面を蹴る。
今度はレナードも真正面から受けた。
剣と剣が激しくぶつかり、乾いた音が訓練場に響く。
一撃。
二撃。
三撃。
イオリは押されながらも食らいつく。
レナードも今度は途中で止めなかった。
「いいじゃん!」
「まだ!」
イオリが低く踏み込み、レナードの脇を狙う。
レナードは身体をひねってかわし、そのまま剣先をイオリの肩口で止めた。
「はい、俺の勝ち」
イオリは息を切らしながら剣を下ろす。
「……もう一回」
「まだやんの?」
「当然でしょ」
「負けず嫌いすぎんだろ」
「嫌?」
「別に」
レナードは少し笑った。
「やるなら付き合うよ」
そこから何度も打ち合った。
結局、一度もレナードは負けなかった。
それでもイオリは、最初より明らかに機嫌がよかった。
最後の一本を終えた頃には、二人とも汗だくだった。
イオリは剣を鞘へ戻し、呼吸を整える。
「今日は悪くなかったわ」
「上からだなー」
「あなたもね」
レナードが笑う。
すると。
【イオリの爆弾危険度が大幅に下がりました】
「お!」
レナードの顔が輝く。
「下がった!」
ベンチからタケルも立ち上がった。
「よかった……」
「マジで下がったじゃん!」
「だから言ったでしょ」
レナードは表示を見ながら満足そうに頷く。
「なるほどねー」
「何?」
「イオリってこういうのが好きなんだ」
「本人の前で言わない方がいいよ」
「聞こえてるけど」
「……」
イオリがじっと見る。
「何よ」
「いや、なんでもない」
【イオリの爆弾危険度が少し下がりました】
「黙るのが正解なんだ?!」
「今日はね……」
「ルール毎回変わんじゃん!」
イオリは呆れたように息を吐いたあと、少しだけ笑った。
「また付き合って」
「訓練?」
「そう」
「いいよ」
「じゃあまた」
イオリはそう言って訓練場を出ていった。
その後ろ姿を見送りながら、レナードはしばらく黙っていた。
「……」
「どうしたの?」
「タケル」
「うん」
「これさ」
「何?」
レナードは周囲を指差す。
土。
汗。
剣。
筋肉痛になりそうな打ち合い。
「デートって言ったよな?」
「ゲーム上は」
「カフェ行ってない」
「うん」
「飯も食ってない」
「うん」
「手も繋いでない」
「うん」
「ずっと剣振ってただけ」
「うん」
レナードは大きく息を吸った。
「これデートって言わねぇえええええ!!」
訓練場中に叫び声が響いた。
タケルは困ったように笑う。
「イオリルートではデート扱いなんだよ……」
「部活じゃん!!!」




