第10話 万能陰キャ
イオリの爆弾をどうにか鎮火させた翌日。
レナードとタケルは、朝から冒険者ギルドの隅にあるテーブルを陣取っていた。
正確には、タケルが好感度表を確認していて、レナードがその横から勝手に覗き込んでいる。
「……なあ」
「何?」
「これ、おかしくない?」
レナードが半透明の表示を指差した。
【イオリ】
レナード:32
タケル:51
【サキ】
レナード:35
タケル:67
【アヤコ】
レナード:34
タケル:56
【マイ】
レナード:37
タケル:63
しばらく沈黙が続いた。
レナードは一度目を擦り、もう一度数字を見る。
変わらない。
「……差、開いてね?」
「まあ……」
「まあじゃねぇよ!」
テーブルを叩きそうになり、慌てて手を止める。
「サキなんかダブルスコア近いじゃん!」
「サキは話しかけやすいから……」
「俺だって話せるわ!」
「話せるのと好感度上げられるのは別だから」
「それが納得いかねぇんだって!」
レナードは椅子の背にもたれ、頭を抱えた。
ここ数日、タケルの言うことをかなり聞くようになった。
相手の努力を見る。
会話を押し付けない。
余計なことを言わない。
場合によっては、あえて話しかけない。
その結果、レナードの好感度も少しずつ上がってはいる。
だが。
タケルはそれ以上の速度で上がっている。
「待って待って」
「うん」
「お前、顔もノーマルのくせになんでそんなモテんの?」
「それ悪口だよ……」
「いや事実じゃん!」
「もっと悪いよ」
レナードは自分の顔を指差した。
「俺この顔だぞ?!」
「自分で言うんだ……」
「億プレイヤー顔がノーマルに負けてんだぞ!!」
「僕に言われても……」
「しかも前世、女友達ゼロ!」
「うん」
「童貞!」
「うん……」
「認めんなよ!」
タケルは少し考えるように、レナードの顔を見た。
「でも……」
「何?」
「どっちかって言うと、レナードは乙女ゲームの攻略対象代表みたいだよね」
「……は?」
レナードが固まる。
「顔いいし、戦闘強いし、ちょっと俺様で、距離感近いし」
「褒めてんの?」
「たぶん」
「たぶん?」
「あと、最初ちょっと感じ悪いけど、仲間には優しいタイプ」
「俺、感じ悪い?」
「そこ気にするんだ……」
レナードは数秒考えたあと、急に身を乗り出した。
「じゃあなんでギャルゲーで俺こんな苦戦してんだよ!!」
タケルはごく普通のことのように答えた。
「ジャンルが違うから……」
「ジャンル適性あんの?!」
「あるんじゃないかな……」
「待って」
レナードは自分を指差した。
「俺って攻略する側じゃなくて、される側の顔なの?!」
「見た目的には……」
「転生先ミスってんじゃん!!」
ギルド中に声が響いた。
近くにいた冒険者たちが一斉にこちらを見る。
タケルは恥ずかしそうに俯いた。
「声大きいよ……」
「俺の人生に関わる話だろ!」
「もう転生してるけど……」
◇
その日の依頼は、山岳地帯に出没するオーガの討伐だった。
ギルドの依頼書によれば、最近になって街道を通る商人が襲われており、被害が増える前に群れを処理してほしいらしい。
「オーガね」
依頼書を見たレナードは、すでに余裕の顔をしていた。
「強い?」
「普通の冒険者なら結構強いと思う」
「俺なら?」
タケルが少し考える。
「……すぐ終わる」
「よっしゃ!」
「そこ喜ぶところかな……」
イオリたちとも合流し、一行は山へ向かった。
岩の多い山道を進むこと一時間ほど。
アヤコの連れている魔物が低く唸り、立ち止まる。
「いる」
アヤコが山の斜面を指差した。
岩陰から、大きな影がゆっくり姿を現す。
人間の倍近い体格。
灰色の肌。
太い腕には巨大な棍棒。
一体だけではない。
奥からさらに二体。
三体。
合計四体のオーガがこちらを睨んでいた。
「おー」
レナードの目が輝く。
「今日は戦っていいんだよね?」
タケルが頷く。
「うん。でもみんなも参加するから、全部取らないで」
「分かってるって」
イオリが剣を抜く。
サキも弓を構え、マイは後方へ下がった。
アヤコは魔物へ短く指示を出す。
「左の一体は私が――」
「じゃ、右二体もらうわ!」
「二体?」
「少ない?」
「そういう意味じゃない!」
オーガが咆哮し、一斉に襲いかかってくる。
イオリが一体を正面から受け止め、サキの矢がその肩へ突き刺さった。
アヤコの魔物も別のオーガへ食らいつく。
その横を、レナードは楽しそうに駆け抜けた。
「俺TUEEEE!!」
「また言ってる……」
タケルの呆れた声を背に、レナードは一体目の棍棒を紙一重でかわす。
そのまま懐へ入り、剣を振り抜いた。
一撃。
「はい一体!」
続くオーガが横から棍棒を振る。
レナードはしゃがんでかわし、そのまま足を払った。
巨体が大きく傾く。
「はい二体!」
「実況しなくていいよ!」
「楽しいじゃん!」
倒れたオーガへ剣を振り下ろし、二体目もあっさり沈黙する。
レナードはそのまま振り返った。
「どう?」
「まだ終わってないよ!」
タケルが指差す。
イオリたちが相手をしている残り二体は、まだ元気だった。
「手伝おっか?」
「いらない!」
イオリが即答する。
「はいはい」
レナードは剣を肩へ担ぎ、その場で見守ることにした。
少し前なら我慢できずに横取りしていたところだ。
「成長したね」
タケルが言う。
「だろ?」
「その顔やめて」
「褒められたから」
数分後。
イオリたちも無事に残りのオーガを倒し、討伐は終了した。
サキが大きく息を吐き、その場へ腰を下ろす。
「疲れたー……」
「今日はちゃんと全員戦えたね」
マイが笑う。
レナードは満足そうに頷いた。
「俺も二体だけで我慢したし」
「我慢って言い方やめなさい」
イオリが剣を鞘へ戻す。
「でもまあ、今日は悪くなかったわ」
「お、褒められた」
「調子に乗らないで」
「はいはい」
◇
問題は、その後だった。
「これ……持って帰る?」
タケルが倒れたオーガを見ながら呟いた。
レナードが眉を寄せる。
「何を?」
「肉」
「……は?」
全員がタケルを見る。
「食うの?」
「食べられるよ」
「マジで?」
「ゲームでは高級食材扱いだった」
レナードはオーガを見る。
大きい。
怖い。
さっきまで棍棒で殺しに来ていた。
「これが?」
「うん」
「絶対臭いだろ」
「処理すれば大丈夫だと思う」
タケルは慣れた様子で使えそうな部位を確認し始めた。
レナードは少し引きながら見ている。
「お前、なんでそんなことまで知ってんの?」
「ゲームで料理システムあったから」
「ギャルゲーに料理システムまであんの?」
「RPGも混ざってるから……」
「情報量多すぎんだろこのゲーム」
◇
その日の野営。
焚き火の上では、厚く切られたオーガ肉が焼かれていた。
タケルが表面へ塩と香草を振り、火加減を調整するたび、脂がじゅっと音を立てて炭へ落ちる。
香ばしい匂いが辺り一面に広がり始めた。
さっきまで、
「オーガ食うの?」
と嫌そうにしていたレナードも、今では焚き火の前から動かない。
「……いい匂いじゃん」
「もう少し待って」
「もうよくない?」
「中まで火通ってない」
「ちょっとくらい」
「ダメ」
「厳しいな」
サキも横から覗き込む。
「タケル、料理できるんだね」
「普通の料理なら少しだけ……」
「へー、意外!」
【サキの好感度が少し上がりました】
レナードが表示を見る。
「まだ食ってもないのに上がった!」
「料理できる男、いいじゃん」
「そこ評価対象なの?!」
やがて肉が焼き上がり、タケルが全員へ取り分ける。
「たぶん大丈夫」
「たぶん言うなよ」
レナードは恐る恐る一口食べた。
「……」
噛む。
もう一度噛む。
脂が口の中で溶け、肉の旨味が一気に広がった。
「……うま」
「ほんと?」
「何これ」
レナードは肉を見る。
もう一口。
「和牛じゃん!」
「和牛は言いすぎじゃ……」
「いやマジで柔らか!」
サキも目を丸くする。
「おいしい!」
マイも驚いたように肉を見た。
「オーガのお肉って、こんなに美味しいんですね」
イオリは何も言わず、静かに二口目を食べている。
レナードがそれを見る。
「イオリめっちゃ食ってんじゃん」
「……おいしいから」
「素直!」
アヤコの隣では、連れている魔物が期待に満ちた目でタケルを見ていた。
「この子も欲しいって」
「味付けしてないやつあるよ」
タケルが別に避けておいた肉を渡す。
アヤコが少しだけ笑った。
「用意してたんだ」
「塩ついてると良くないと思って」
【アヤコの好感度が少し上がりました】
「……」
レナードの動きが止まる。
マイもタケルへ微笑む。
「皆さんの分を考えて準備してくださっていたんですね」
【マイの好感度が少し上がりました】
「おい」
サキはすでに二枚目を食べている。
「タケル、また作ってね!」
【サキの好感度が少し上がりました】
「おいおいおい」
レナードが肉を持ったまま立ち上がる。
「何?」
タケルが不思議そうに見上げる。
「お前、料理できんの?」
「まあ……少し」
「少し?!」
レナードは食べかけの肉を指差した。
「これ店出せるレベルじゃん!」
「ゲームのレシピ通りだから……」
「またゲームかよ!」
レナードは頭を抱えた。
「待って待って。整理しよ」
「何を?」
「攻略強い」
「うん」
「ゲーム知識完璧」
「まあ……」
「気遣いできる」
「普通だと思うけど」
「料理できる」
「うん」
「顔ノーマル」
「最後いる?」
「戦闘クソ弱ぇ」
「それもいる?」
レナードは自分を指差す。
「俺は?」
「戦闘強い」
「ほか!」
タケルは少し考えた。
「……顔?」
「二個しかねぇじゃん!!」
「コミュ力も高いよ」
「好感度上がってねぇんだよ!!」
「それは……」
「言うな!」
レナードは再び椅子へ座ると、悔しそうにオーガ肉を頬張った。
「しかもうめぇの腹立つ」
「食べなきゃいいじゃん」
「食うわ!」
「どっちなの……」
タケルが困ったように笑う。
レナードはもう一枚肉を取り、そのままタケルを見る。
「……お前さ」
「何?」
「マジで戦闘以外だいたい強くない?」
「そうかな……」
「そうだよ!」
そして、もう一口。
悔しい。
だが。
うまい。
レナードはついに耐えきれず叫んだ。
「お前料理も完璧かい!!」
山の中に声が響き渡り、サキが腹を抱えて笑った。
タケルだけが最後まで、何で怒られているのか分からない顔をしていた。




