第8話 爆弾点火
翌日。
レナードたちは朝から冒険者ギルドに集まっていた。
前回の依頼でトップパーティーのリーダーを圧倒した噂は、どうやら一晩でかなり広まったらしい。
ギルドへ入った瞬間から、あちこちで視線を向けられる。
「お、見られてんじゃん」
レナードはむしろ嬉しそうだった。
「昨日の勝負のせいだと思うよ」
「そりゃ見るっしょ。俺、強かったし」
「そこは否定しないけど……」
タケルが依頼掲示板を眺めながら返す。
その横にはイオリ、サキ、アヤコ、マイの四人もいた。
少し前までなら、レナードが一人で掲示板へ突っ込んで適当な依頼を選んでいたところだが、今日はタケルが真剣な顔で一枚ずつ内容を確認している。
「これにしよう」
やがて一枚を剥がした。
「何?」
「南の湿地にいるリザード系魔物の討伐。推奨レベルもちょうどいい」
「じゃあ楽勝じゃん」
「レナードはね」
「ん?」
タケルは依頼書を持ったまま、真顔でレナードを見る。
「今日は最初から戦わないで」
「は?」
レナードの顔から笑顔が消えた。
「なんで?」
「みんなのレベルが上がらないから」
「俺が倒した方が早いじゃん」
「早いけど、それだとパーティー全体が強くならない」
「別によくない? 俺いるし」
イオリが即座に反応した。
「よくないわ」
「なんで?」
「あなたがいない状況だってあるかもしれないでしょ」
「俺いなくなんの?」
「仮の話よ!」
「じゃあいるじゃん」
「そういう問題じゃない!」
早くもイオリの眉間に皺が寄る。
タケルは慌てて間に入った。
「と、とにかく今日はみんなに戦ってもらう」
レナードは明らかに不満そうだった。
「えー」
「危なくなったらレナードが出るってことで」
「危なくなったら俺が出るってこと?」
「そう」
レナードは少し考えた。
「……まあ、それならいいけど」
「ほんと?」
「俺、待てる男だから」
タケルが何とも言えない顔をした。
「その言葉、覚えとくね」
◇
南の湿地は、街から歩いて一時間ほどの場所にあった。
地面はぬかるみ、背の高い草があちこちに生えている。水辺には小さな虫が飛び回り、奥からは時折、低い鳴き声が聞こえてきた。
レナードは先頭ではなく、珍しく最後尾を歩いていた。
「暇」
「まだ始まってもないよ」
「もう暇」
「我慢して」
「俺TUEEEEしたい」
「今日はダメ」
「禁止されると余計やりたくなるんだけど」
「子供みたい……」
タケルがため息をついた、その時。
アヤコの隣を歩いていた獣型の魔物が、ぴたりと足を止めた。
「来る」
アヤコの声と同時に、草むらが大きく揺れた。
現れたのは、緑色の鱗に覆われたリザード型の魔物だった。
一体。
二体。
さらに水辺からも姿を現し、あっという間に六体ほどが一行を囲む。
レナードがすぐに剣へ手を伸ばした。
「よし」
「待って」
タケルが袖を掴む。
「まだ」
「もう囲まれてんじゃん」
「大丈夫」
イオリが前へ出て剣を抜き、サキはその後ろで弓を構えた。アヤコは連れてきた魔物へ短く指示を出し、マイもすぐに後方へ下がる。
「行くわよ!」
イオリが一体目へ斬りかかった。
鋭い一撃だったが、リザードは硬い鱗で受け止める。
「っ……!」
「右!」
サキが矢を放つ。
矢は別の魔物の肩へ刺さったが、倒れるまでには至らない。
「まだ動く!」
アヤコの魔物が横から飛びかかり、一体を地面へ押さえつける。
その間にも別のリザードがイオリへ突っ込んできた。
「イオリ!」
マイが声を上げる。
イオリは辛うじて避けたものの、爪が腕を掠めた。
「ちょっと待って」
レナードが前へ出ようとする。
「まだ」
タケルが止める。
「いや、血出てんじゃん」
「マイがいる」
マイがすぐにイオリへ駆け寄り、傷に手をかざした。
「動かないでください」
柔らかな光が傷口を包み、流れていた血が止まっていく。
「ありがとう」
「まだ来ます!」
その直後、サキの足元へ別の魔物が飛び込んだ。
「きゃっ!」
弓を持ったまま後ろへ倒れる。
「サキ!」
レナードがまた剣へ手をかける。
「まだ!」
「まだなの?!」
「立てる!」
タケルの言葉通り、サキはすぐに起き上がった。
「大丈夫!」
矢をつがえ、至近距離から一体を射抜く。
「よし!」
タケルが小さく拳を握った。
一方、レナードは落ち着かない。
「これ見てんのしんどいんだけど」
「レナードが全部やったら意味ないから」
「分かってるけどさぁ!」
戦闘は思った以上に長引いた。
イオリの鎧には泥がつき、サキの額には汗が滲み、アヤコの魔物も何度か攻撃を受けている。
マイは何度も回復魔法を使い、息が少しずつ荒くなっていた。
レナードはとうとう耐えきれず、タケルを見る。
「まだ?」
「……もう少し」
「タケル」
「もう少し」
「タケル!」
「分かってるよ!」
そんなやり取りをしている間に、最後の一体をイオリが斬り伏せた。
魔物が泥の中へ倒れる。
全員がその場で大きく息を吐いた。
「……終わった」
サキがその場に座り込む。
レナードは真っ先にイオリのところへ行こうとして、途中で止まった。
昨日の夜。
タケルに言われたことを思い出す。
見た目ではなく、努力を見る。
無理に距離を詰めない。
ちゃんと相手がしたことを言葉にする。
レナードは一度タケルを見る。
タケルが小さく頷いた。
「イオリ」
「何?」
「無理すんなよ。さっきの動き、ちゃんと見てたから」
イオリが少しだけ目を見開く。
「……そう」
【イオリの好感度が少し上がりました】
「お」
レナードは思わず表示を見る。
すぐにタケルへ視線を送る。
タケルが今度はサキを指した。
レナードは素直に従う。
「サキ」
「ん?」
「よく耐えたじゃん。最後の矢、普通によかった」
「ほんと?」
「うん。ちゃんと当たってた」
「それ褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
サキが笑う。
【サキの好感度が少し上がりました】
「……マジじゃん」
レナードの顔が少し嬉しそうになる。
次はアヤコ。
「アヤコ、その子への指示うまかったじゃん」
アヤコは隣の魔物の頭を撫でながら、レナードを見る。
「この子が賢いだけ」
「でも指示出してたのアヤコっしょ」
「……まあね」
【アヤコの好感度が少し上がりました】
最後にマイ。
「マイも回復ありがと。みんな助かってた」
マイは一瞬きょとんとしたあと、穏やかに微笑んだ。
「私は自分の役目をしただけですよ」
「それでも助かったのはマジじゃん」
「ありがとうございます」
【マイの好感度が少し上がりました】
レナードの顔が明らかに変わった。
「……タケル」
「何?」
「俺、今めっちゃ上手くない?」
「僕が全部教えたけどね」
「細けぇこと気にすんなって!」
「大事なところだよ……」
レナードはかなり満足していた。
ようやく。
ようやく女の子たちとの距離がまともに縮まっている。
「いけるじゃん」
「調子乗らないでね」
「もう分かったって」
「ほんとに?」
「俺、成長してるから」
その時。
湿地の奥から、低い地鳴りが響いた。
水面が揺れる。
草むらが左右に大きく倒れ、巨大な影がゆっくり姿を現した。
「……何あれ」
サキの表情が固まる。
今までのリザードとは比べものにならない。
人間の倍以上ある巨体に、黒く分厚い鱗。片手には大きな棍棒まで握っている。
タケルの顔色が変わった。
「リザードキング……」
「強い?」
「今のみんなじゃ、かなり厳しい」
レナードの目が輝く。
「じゃあ」
タケルが苦笑した。
「うん。行って」
「待ってました!」
レナードは剣を抜いた。
さっきまで後ろで我慢していた反動なのか、完全に嬉しそうだった。
リザードキングが棍棒を振り上げる。
「レナード!」
イオリの声が飛ぶ。
だがレナードは真正面から突っ込んだ。
「よっしゃあああ!」
巨大な棍棒が振り下ろされる寸前、レナードは地面を蹴って高く跳ぶ。
そのまま相手の肩を踏み台にし、首元へ剣を振り抜いた。
一閃。
リザードキングの巨体がぐらりと揺れ、そのまま泥の中へ倒れ込んだ。
「……」
静寂。
レナードは着地すると、剣をくるりと回して鞘へ戻した。
「俺かっこいいー!」
満面の笑み。
誰よりも自分に満足している。
タケルが小さくため息をついた。
「最後までそれなんだ……」
その時だった。
レナードの目の前に、今まで見たことのない表示が浮かんだ。
【イオリに爆弾がつきました】
「……」
レナードが固まる。
タケルも固まった。
「……え?」
さらに表示が続く。
【イオリ 爆弾危険度:高】
「は?」
レナードが二度見する。
「はあああああ?!」
湿地に叫び声が響いた。
「なんで?! 今日めっちゃちゃんとしてたじゃん!」
「僕にも分からない……」
「お前の言う通り全部やったじゃん!」
「うん……」
「好感度も全部上がったじゃん!」
「上がった」
「じゃあなんで爆弾つくんだよ!」
タケルはしばらく表示を見つめたあと、イオリの方を見る。
イオリは倒れたリザードキングをじっと見ていた。
表情はいつも通りに見える。
だが、どこか納得していない。
「……たぶん」
「何?」
「イオリ、自分が弱いって言われた気分になったんじゃないかな」
「は?」
「みんなであれだけ苦戦したのに、レナードが出たら一撃だったから」
「いや、それ事実じゃん」
「言わない方がいいよ」
「言ってねぇし!」
「最後に『俺かっこいいー!』って」
「それ俺を褒めただけじゃん!」
「イオリからしたら、比較されたように感じたのかも」
「比較してねぇー!!」
レナードは頭を抱えた。
「俺、今日何した?!」
「みんな褒めた」
「うん!」
「危なくなるまで待った」
「うん!」
「最後にボス倒した」
「完璧じゃん!」
「その完璧さがダメだったのかも……」
「どういうことだよ!!」
レナードはイオリを見る。
イオリは気づいたのか、こちらへ視線を向けた。
「何?」
「……いや」
「何よ」
レナードは数秒考えた。
余計なことを言えば、さらに爆弾が悪化するかもしれない。
「……なんでもない」
「そう」
イオリは顔を逸らした。
【イオリの爆弾危険度が少し上がりました】
「なんで黙っても上がんの?!」
「レナード!」
「もう無理だろこれ!!」
タケルが慌てて表示を確認する。
「たぶん今のは、話しかけたのに何も言わなかったから……」
「じゃあ何言えばよかったんだよ!」
「そこは考えないと……」
「恋愛って読解問題なの?!」
「たぶん……」
「正解一個じゃないくせに採点すんなよ!!」
湿地の真ん中で、レナードの叫び声がいつまでも響いていた。




