第7話 本物の好感度
翌朝。
レナードたちは、いつものように冒険者ギルドへ向かっていた。
前日の夕食で、ようやくイオリの好感度を少しだけ上げることに成功したレナードは、朝から妙に機嫌がいい。
「今日もいける気するわ」
「何が?」
「全部」
隣を歩くタケルが嫌そうな顔をする。
「その自信、だいたい何か起こる前兆なんだよ……」
「失礼だな」
「昨日までの実績があるから」
「今日はちゃんとお前の言うこと聞くって」
「ほんと?」
「たぶん」
「もう怪しい」
二人がそんなやり取りをしながらギルドへ入ると、いつもより中が騒がしかった。
受付前には、見慣れない冒険者たちが集まっている。
全員、装備がいい。
磨き上げられた鎧に、高そうな武器。胸元には、ギルドでも上位の冒険者しか持てない紋章が輝いていた。
周囲の冒険者たちも、少し距離を置いている。
「何あれ」
レナードが小声で聞く。
「たぶん、今この街で一番強いパーティー」
タケルが答える。
「トップパーティー?」
「うん。ゲームでも有名だった」
「へー」
レナードは興味なさそうに返した。
その時。
トップパーティーの一人が、こちらを見た。
「お前らが最近噂のパーティーか?」
大柄な男だった。
背には巨大な剣。
その隣には、槍使い、盾役、魔法使いらしき男たちが並んでいる。
レナードが眉を上げる。
「噂?」
「勇者がいるって聞いた」
「俺だけど」
男の視線が、レナードから後ろへ流れる。
イオリ。
サキ。
アヤコ。
マイ。
そしてタケル。
男は鼻で笑った。
「女ばっかじゃねぇか」
「……」
空気が少し変わった。
サキが困ったように笑う。
マイは静かに俯き、アヤコは興味なさそうに隣の魔物を撫でている。
イオリだけは、じっと男を見返していた。
「勇者ってのも大したことねぇな」
男は続ける。
「女引き連れて遊んでるだけか」
レナードの笑顔が消えた。
タケルが横を見る。
「レナード……」
「ん?」
レナードは男へ向き直る。
「今なんつった?」
「聞こえなかったか?」
「聞こえたから聞いてんだけど」
声は軽い。
だが目だけが笑っていなかった。
トップパーティーのリーダーらしき男が一歩前へ出る。
「実力もないくせに、勇者って肩書きで女集めてんだろ?」
「へー」
レナードは小さく笑った。
「じゃあさ」
腰の剣に手をかける。
「タイマンで勝負しようぜ」
ギルド内が一気にざわついた。
「レナード!」
タケルが慌てる。
「何?」
「何じゃないよ! 相手トップパーティーのリーダーだよ!」
「だから?」
「だからって……」
男は楽しそうに笑った。
「いいぜ」
「決まり」
「負けたらその勇者の肩書き、二度と名乗るなよ」
「いいよ」
レナードは肩をすくめた。
「でも俺が勝ったら」
「何だ?」
「こいつらに謝れ」
男の顔から笑みが消えた。
レナードは後ろを振り返らない。
「女だからってナメたこと」
一瞬。
イオリの目が少しだけ動いた。
サキも驚いたようにレナードを見る。
タケルは何も言わなかった。
◇
勝負は、ギルド裏の訓練場で行われることになった。
噂を聞きつけた冒険者たちが集まり、いつの間にか周囲は人で埋まっている。
中央には、レナードとトップパーティーのリーダー。
男は巨大な剣を構えた。
「悪いが手加減はしねぇぞ」
「俺も」
「後悔すんなよ!」
男が地面を蹴った。
速い。
その巨体からは想像できない速度で距離を詰め、巨大な剣を振り下ろす。
レナードは一歩だけ横へずれた。
剣が地面を叩く。
砂埃が舞う。
「遅」
「なっ――」
次の瞬間。
レナードの剣が、男の喉元で止まっていた。
「……」
静寂。
勝負は、ほんの数秒で終わった。
男の額から汗が流れる。
レナードは剣を下ろした。
「終わり?」
「……」
「トップってこんなもん?」
タケルが頭を抱える。
「煽らないでよ……」
だが周囲の冒険者たちは、それどころではなかった。
「今の見えたか?」
「いや……」
「一瞬だったぞ」
「マジで勇者じゃん……」
トップパーティーの男たちまで、完全に見る目が変わっている。
「すげぇ……」
「お前、本物かよ」
「いやマジで強ぇな!」
さっきまで馬鹿にしていた男たちが、次々とレナードの周りへ集まってくる。
「なあ! どうやってあの速度出したんだ?」
「剣どこで習った?」
「俺にも教えてくれよ!」
レナードが少し引いた。
「近い近い」
「レナードさん!」
「さん付けになってるじゃん」
「マジで惚れたわ!」
レナードがタケルを見る。
「こいつらめっちゃ俺のこと好きじゃん」
「男だから好感度表示されないんじゃない?」
「そこだけ現実的なんだ」
タケルが苦笑する。
◇
勝負が終わると、トップパーティーのリーダーはしばらく黙っていた。
やがて小さく息を吐き、レナードの前へ出る。
「……悪かった」
「俺じゃない」
レナードは後ろを指差した。
男はイオリたちを見る。
「……悪かった。女だからってナメてた」
イオリは少しだけ眉を上げた。
「分かればいいわ」
サキも笑う。
「次から気をつけてね」
男は頭を掻きながら頷いた。
そして、もう一度レナードを見る。
「なあ」
「何?」
「うちに来ないか?」
「は?」
「お前ならトップどころか、この国で一番になれる」
周囲がざわつく。
「報酬も今より出せる。依頼も上位のやつ回せるし、装備だってもっといいもの用意できる」
レナードは黙って聞いている。
リーダーはさらに続けた。
「正直、あのメンバーじゃお前の実力についていけねぇだろ」
「……」
タケルが少し俯く。
イオリは何も言わない。
サキも、マイも、アヤコも黙っていた。
戦闘力だけで見れば、その言葉は間違っていなかった。
レナード一人で、今までほとんどの敵を倒している。
タケルは魔法使いなのに攻撃力が低い。
ヒロインたちも、レナードの速度についていけていない。
けれど。
「いや、いいわ」
レナードは即答した。
「……何?」
「行かねぇ」
「なんで?」
レナードは少し不思議そうな顔をした。
「なんでって」
後ろを振り返る。
イオリ。
サキ。
アヤコ。
マイ。
そしてタケル。
「俺はこいつらとしか組まねぇ」
一瞬。
誰も何も言わなかった。
レナードはその空気に気づかず、続ける。
「強いとか弱いとか関係なくない?」
「でも――」
「俺が前で倒せばいいし」
タケルを見る。
「攻略とかめんどいのはタケルがやるし」
「めんどいって言わないでよ……」
「回復はマイいるし、サキもアヤコもイオリも、それぞれできることあるじゃん」
レナードは肩をすくめる。
「今さら別の奴らと組む方がめんどい」
「理由そこ?」
タケルが思わずツッコむ。
「でもまあ」
レナードは笑った。
「こいつらがいいんだよ」
その瞬間。
【イオリの好感度が少し上がりました】
【サキの好感度が少し上がりました】
【アヤコの好感度が少し上がりました】
【マイの好感度が少し上がりました】
「……」
レナードが表示を見る。
「え?」
今度は何もしていない。
攻略もしていない。
タケルの指示も聞いていない。
ただ、思ったことをそのまま口にしただけだ。
隣で。
「レナード……」
タケルの声が震えた。
「何?」
「……」
「え、何?」
見ると、タケルの目が少し潤んでいる。
「なんで泣いてんの?」
「だって……」
タケルは眼鏡の奥を指で押さえた。
「今の、攻略じゃなかったから……」
「は?」
「普通に……かっこよかった」
「……」
レナードは数秒、タケルを見る。
「お前まで惚れんなよ」
「そういう意味じゃないよ!」
「泣くほど?」
「ちょっと感動しただけ!」
「重い重い」
「誰のせいだと思ってるの!」
その横で、イオリがほんの少しだけ笑った。
レナードはそのことに気づいていない。
好感度の数字だけを見て、まだ首を傾げている。
「てかさ」
「何?」
「なんで今ので上がったの?」
タケルは少しだけ笑った。
「たぶん」
「うん」
「それが本物だったからじゃない?」
レナードが眉を寄せる。
「何それ」
「分からなくていいよ」
「またそれ?」
「そのうち分かる」
「トートみてぇなこと言うなよ!」
ギルドへ戻る道に、二人の声が響いた。




