第5話 攻略無双
東の森での討伐を終えた一行は、その日の夕方、冒険者ギルドへ戻っていた。
受付に討伐証明を提出すると、ほどなくして革袋に入った報酬がテーブルの上へ置かれる。中では硬貨がじゃらりと鳴り、レナードはすぐに目を輝かせた。
「お、結構あるじゃん」
革袋を持ち上げ、その重さを確かめる。
「これ、俺がほぼ全部倒したから多めにもらえる?」
「パーティー報酬だから均等だよ……」
「え、マジ?」
タケルが依頼書を指差した。
「最初に書いてあったよ」
「読んでねぇ」
「知ってる」
レナードは少し不満そうに革袋の中身を覗き込む。
「俺、ボスまで倒したんだけど」
「うん」
「サキなんか矢一本も撃ってないじゃん」
「聞こえてるよー?」
少し離れたところからサキの声が飛んできた。
「あ、ごめん」
「軽っ」
サキは呆れたように笑い、そのままマイと一緒に報酬の確認へ戻った。
レナードは気にする様子もなく、自分の取り分を数え始める。
一方、タケルは報酬にはほとんど興味を示していなかった。
彼の目の前には、昨日までとは違う真剣さで、半透明の表示が浮かんでいる。
【好感度一覧】
【イオリ】
レナード:13
タケル:24
【サキ】
レナード:25
タケル:41
【アヤコ】
レナード:21
タケル:33
【マイ】
レナード:20
タケル:39
タケルは数値を順番に確認しながら、さらにイベント履歴を開く。
「……」
「何見てんの?」
硬貨を数え終えたレナードが横から覗き込む。
「今日の動き、決めてる」
「今日?」
「うん」
「もう依頼終わったじゃん」
「恋愛イベントはこれからだから」
レナードが真顔になった。
「仕事終わりにまだ仕事あんの?」
「仕事じゃないよ……」
「いや、それ仕事だろ」
タケルは気にせず、表示を指でなぞる。
「まず、今日はイオリに話しかけない」
「は?」
レナードが即座に反応した。
「なんで? 俺、好感度下がってんだけど」
「だからだよ」
「下がったら取り返すだろ普通!」
「今は警戒値が高いから」
「恋愛に警戒値あんの?!」
「ある」
「刑事事件みてぇじゃん!」
タケルは慣れた様子で次の項目を見る。
「サキには今話しかける」
「なんで今?」
「昼から夕方の間にイベントが出るから」
「夜じゃダメ?」
「ダメ」
「なんで?」
「フラグ消える」
「恋愛に営業時間あんの?!」
「ある」
「キャバクラじゃん!」
「違うよ……」
タケルは小さくため息をつき、そのままサキの方へ歩いていった。
サキはちょうど弓の弦を張り直しているところだった。
「サキ」
「ん?」
「今日、右側の敵の動き見てたよね」
「え? まあ、一応」
「もし次も同じ依頼受けるなら、あの位置取りの方がいいと思う」
サキが少し驚いた顔をする。
「ちゃんと見てたんだ」
「うん。レナードが全部倒したけど……」
「ほんと、それね」
二人が苦笑した。
【サキの好感度が上がりました】
少し離れた場所から見ていたレナードが目を細める。
「……それだけ?」
タケルが戻ってくる。
「うん」
「今ので上がんの?」
「上がるよ」
「褒めてもないじゃん!」
「必要なこと話しただけだから」
「地味すぎんだろ!」
「地味でいいんだよ」
タケルはすぐに次へ向かう。
マイは受付横で薬草を整理していた。
「マイ」
「はい?」
「これ、さっき森で拾ったんだけど」
タケルが小さな薬草を差し出す。
「回復薬に使えると思う」
マイの顔が少し明るくなった。
「ありがとうございます。ちょうど足りなかったんです」
「よかった」
【マイの好感度が上がりました】
レナードが横から口を挟む。
「待って」
「何?」
「薬草渡しただけじゃん」
「うん」
「プレゼントってもっとこう、花とかアクセとかじゃねぇの?」
「マイは実用品の方が喜ぶから」
「夢なさすぎ!」
「必要なものの方が嬉しい人もいるよ」
「恋愛ってもっとキラキラしてんじゃねぇの?!」
「ゲームだから……」
「それで全部済ますなよ!」
次はアヤコだった。
ギルドの隅で、連れてきた獣型の魔物に餌をやっている。
「アヤコ」
「何?」
「この羽根、使う?」
タケルが森で拾った魔物の羽根を見せる。
アヤコはそれを見るなり、少しだけ目を見開いた。
「どこで拾ったの?」
「東の森。奥の方」
「珍しいやつ」
「欲しいならどうぞ」
アヤコは羽根を受け取り、何度か光に透かして見る。
「ありがと」
【アヤコの好感度が上がりました】
レナードが頭を抱えた。
「お前、女の子を在庫管理してない?」
「してないよ」
「薬草、羽根、時間帯、警戒値」
「攻略に必要だから」
「それ管理じゃん!」
「違う」
「同じだろ!」
タケルは反論する気もないのか、また好感度表へ視線を戻した。
「次、イオリ」
レナードの顔が一気に明るくなる。
「やっと?」
「何もしない」
「は?」
「今日は放置」
「なんでだよ!」
「さっき言ったでしょ。警戒値高いから」
「俺、話したいんだけど」
「ダメ」
「ちょっとくらいよくない?」
「ダメ」
「髪の話もしない」
「絶対ダメ」
「石鹸の話は?」
「もっとダメ」
「何ならいいんだよ!」
「何もしない」
レナードは完全に納得できない顔をする。
「それ攻略って言う?」
「言う」
「放置じゃん!」
「今はそれが正解」
「恋愛って怖ぇ!」
そんなやり取りをしている間にも、タケルはヒロインたちの動きを追い続けていた。
サキが席を立てば会話イベントの時間を確認し、マイが薬草を運べば次の必要アイテムを予測する。アヤコの魔物の状態まで見て、イベント条件と照らし合わせていく。
その姿は、さっきまで魔物相手に火の玉ひとつ満足に飛ばせなかった男とは思えないほど頼もしかった。
「……田中」
「何?」
「お前さ」
「うん」
「戦闘中もその顔できないの?」
「無理だよ……」
「なんでだよ!」
「魔物は攻略表ないから」
「それっぽいこと言うな!」
しばらくして、タケルは満足そうに好感度表を閉じた。
【サキの好感度が上がりました】
【マイの好感度が上がりました】
【アヤコの好感度が上がりました】
【イオリの警戒値が少し下がりました】
レナードが表示をじっと見る。
「……待って」
「何?」
「俺のは?」
「何が?」
「好感度」
「変わってないよ」
「なんで?!」
「何もしてないから」
レナードは勢いよく立ち上がった。
「お前に従って何もしてねぇんだよ!!」
「うん」
「じゃあ上がれよ!」
「上がらないよ……」
「理不尽すぎんだろ!」
タケルは困ったように頬を掻く。
「だから、順番があるんだって」
「順番?」
「誰に、いつ、何をして、どのイベントを踏むか」
「……」
「それをちゃんと管理すれば、好感度は上がる」
レナードは数秒、タケルを見つめた。
「一個も分かってねぇ」
「全部説明したよ」
「説明がゲームすぎんだよ!」
「ゲームだから……」
「またそれかよ!!」
ギルド中にレナードの声が響いた。
その横で、タケルはもう次の日のイベント表を開いている。
戦闘では何の役にも立たなかった魔法使い。
だが攻略となれば。
誰よりも頼れる男だった。




