第4話 戦闘無双
東の森へ向かう道中、レナードはずっと機嫌がよかった。
昨日まで散々だった恋愛方面とは違い、今日は討伐依頼だ。剣を振ればいい。魔物を倒せばいい。余計な選択肢も、謎の好感度判定もない。
少なくとも本人は、そう思っていた。
「やっと俺のターンじゃん」
「昨日もずっとレナードのターンだったと思うけど……」
隣を歩くタケルが小さく返す。
少し前にはイオリ、その横にサキ。アヤコは大きな獣型の魔物を連れ、マイは最後尾から全体を見ながら歩いていた。
正式にパーティーを組んだとはいえ、まだ全員の空気はどこかぎこちない。
その中で、レナードだけが妙に堂々としていた。
「大丈夫大丈夫。魔物出たら俺が全部やるから」
イオリが振り返る。
「それではパーティーを組んだ意味がないでしょ」
「え、楽できてよくない?」
「そういう問題ではないわ」
「真面目だねー」
「あなたが適当すぎるのよ」
早くも会話が噛み合っていない。
タケルはそのやり取りを見ながら、嫌な予感を覚えていた。
このゲームの東の森は、本来なら序盤のパーティー戦を覚えるためのエリアだ。
前衛が敵を引きつけ、弓使いが後方から狙撃し、テイマーが魔物の動きを制御する。負傷すればシスターが回復し、魔法使いが属性攻撃で援護する。
つまり、それぞれにちゃんと役割がある。
はずだった。
「……来る」
アヤコが足を止める。
隣を歩いていた獣型の魔物も低く唸り、森の奥を睨んだ。
葉の擦れる音が広がり、茂みの向こうから赤い目がいくつも浮かび上がる。
ウルフ型の魔物だった。
一体、二体。
さらに奥から次々と姿を現し、あっという間に十体近くまで増える。
イオリはすぐに剣を抜いた。
「サキは後方から援護。マイは下がって。アヤコは右側を――」
「よっしゃ!」
イオリの指示を最後まで聞く前に、レナードが一歩前へ出た。
「待ちなさい!」
「俺のターンじゃん!」
魔物たちが一斉に地面を蹴る。
その瞬間、レナードの顔が一気に明るくなった。
「俺TUEEEE!!!」
「自分で言うんだ……」
タケルの呆れた声が飛ぶ。
一体目が牙を剥いて飛びかかると、レナードは半歩だけ身体をずらし、その勢いのまま剣を横薙ぎに振った。
魔物はまともに受けることもできず、隣の木へ叩きつけられる。
続いて横から迫った二体目には、剣すら使わなかった。
軽く蹴る。
それだけで数メートル吹き飛んだ。
「やば! マジ強ぇ!」
「だから自分で言わないでよ!」
「だって強くね?!」
サキが慌てて弓を構える。
「じゃあ私はあっちを――」
狙いを定め、弦を引き絞る。
その動きに合わせて胸元が大きく揺れた。
「……おお」
「タケル」
「はい」
レナードが魔物を斬りながら振り返る。
「戦闘見ろ」
「見てるよ」
「どこを?」
「……全体を」
「嘘つけ」
「前見て!」
タケルが叫んだ時には、三体の魔物が同時にレナードへ飛びかかっていた。
「お、いっぱい来た!」
レナードは楽しそうに笑うと、一歩踏み込み、そのまま身体を回転させる。
剣閃が弧を描いた。
三体まとめて吹き飛んだ。
サキの矢は、まだ弓につがえられたままだった。
「……」
「何?」
「まだ一発も撃ってない」
「温存できてよかったじゃん」
「そういうこと?」
今度はイオリの横から、一体の魔物が飛び出す。
「こっちは私が――」
「任せて!」
「待ちなさい!」
レナードが先に入り込み、一撃で斬り伏せた。
イオリは剣を振り上げた姿勢のまま固まる。
「……」
「ナイス連携!」
「あなたが全部奪ってるだけでしょ!」
後方では、マイが回復魔法を使う準備をしていたが、誰も怪我をしていない。
杖を両手で持ったまま、少し困ったように周囲を見る。
「私……何をすればいいのでしょう」
「休んでていいんじゃない?」
「討伐に来たのですが……」
その横では、アヤコの連れてきた魔物が地面に伏せ、大きな欠伸をしていた。
アヤコがその頭を撫でる。
「この子も暇みたい」
「最高じゃん!」
レナードだけが満面の笑みだった。
「楽して勝てるのが一番っしょ!」
タケルは額を押さえる。
「このクエスト、本来はパーティー戦のチュートリアルみたいなものなんだけど……」
「俺がチュートリアル終わらせてあげてんじゃん」
「そういう意味じゃないよ……」
その時だった。
森の奥から、今までとは比べものにならない低い唸り声が響いた。
周囲の鳥たちが一斉に飛び立ち、木々の隙間から巨大な影が現れる。
通常のウルフの倍以上ある体格。
黒い毛並みに、鋭い牙。
額には赤く光る角まで生えていた。
タケルの表情が変わる。
「レナード、たぶんボス――」
「俺のじゃん!」
「最後まで聞いて!」
巨大な魔物が咆哮し、地面を蹴った。
イオリもすぐに剣を構える。
「今度こそ全員で――」
「行ってきまーす!」
「レナード!」
すでに本人は前へ走り出していた。
巨大な爪が振り下ろされる。
レナードは身体を沈めてかわし、その懐へ一気に潜り込む。
そのまま剣を振り抜いた。
たった一閃。
巨大な魔物の身体が止まり、そのまま重い音を立てて地面へ崩れ落ちた。
森に静寂が戻る。
レナードは剣についた汚れを軽く払い、何事もなかったように肩へ担いだ。
「終わりっと」
そして。
満足そうな顔で振り返る。
イオリは剣を抜いたまま。
サキは弓を引く途中。
マイは回復魔法を唱える準備をしたまま。
アヤコの魔物はとうとう地面に寝転がっていた。
タケルだけが、もう諦めた顔をしている。
そんな空気には気づかず、レナードは得意げに笑った。
「どう? かっこよかったっしょ? 俺に惚れた?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「え、何その空気」
イオリが静かに剣を鞘へ戻した。
「私たち、来た意味あった?」
「え?」
サキも弓を下ろす。
「私、一本も撃ってない」
「回復も一度も必要ありませんでしたね……」
マイが困ったように笑う。
アヤコは地面に寝そべる魔物の背中を撫でた。
「この子、散歩に来ただけ」
「いや、楽でよくない?」
レナードは本気で分かっていない顔をしていた。
すると。
【イオリの好感度が少し上がりました】
「ほら!」
レナードの顔が輝く。
「見た?! 上がったじゃん!」
タケルが表示を確認する。
「……二」
「え?」
「二だけ上がった」
「二?!」
レナードは表示を二度見した。
「俺ボスまで全部倒したんだけど?!」
「強さは評価されたんじゃない?」
「じゃあもっと上げろよ!」
「協調性が……」
「そこ採点されんの?!」
その横で、タケルはサキの方へ向いた。
「サキ、さっき右側見てくれてたよね。助かった」
「え? 私何もしてないよ?」
「でも敵が回り込まないように位置取ってたから」
「あ……見てたんだ」
【サキの好感度が上がりました】
レナードの動きが止まる。
「……」
タケルは続いてマイを見る。
「マイも後ろをずっと見てくれてたから、安心して前を見られたよ」
「そんな……私は何も」
【マイの好感度が上がりました】
「……おい」
アヤコにも声をかける。
「最初に敵に気づいたの、アヤコだったよね」
「この子が教えてくれた」
「じゃあ、この子にもありがとう」
タケルが獣型の魔物へ小さく頭を下げる。
アヤコが少し笑った。
【アヤコの好感度が上がりました】
「ちょっと待て」
レナードが近づいてくる。
「何?」
「お前、今日何した?」
「え?」
「戦闘」
タケルは少し考える。
「……杖持ってた」
「戦えよ!」
「だってレナードが全部倒したから……」
「じゃあなんでお前の好感度だけ上がってんだよ!」
「話しかけたから……?」
レナードはゆっくり周囲を見る。
サキはタケルに笑いかけている。
マイも穏やかな顔で話している。
アヤコまでさっきより少しだけタケルへの態度が柔らかい。
そして自分は。
魔物をほぼ全滅させた。
ボスまで一撃で倒した。
なのに。
好感度の上昇は、イオリの二だけ。
「……」
「レナード?」
「俺が全部倒したよな?」
「うん」
「命守ったよな?」
「うん」
「めちゃくちゃ強かったよな?」
「それは本当に」
「じゃあなんで」
レナードは勢いよくタケルを指差した。
「お前の方がモテてんだよォォォォォ!!」
森の中に叫び声が響き渡った。
タケルは困ったように杖を握り直す。
「僕に言われても……」
少し離れたところで、イオリが小さくため息をついた。
「強いのに、残念ね」
【イオリの好感度が一だけ下がりました】
「最後に下げんなァァァ!!」




