第3話 陽キャのズレ
冒険者登録を済ませた翌日。
レナードとタケルは、朝からギルドへ来ていた。
目的は次のクエストを受けること――なのだが、レナードの視線は依頼掲示板ではなく、少し離れた場所に立つイオリへ一直線に向いていた。
銀色の軽鎧をまとい、長い髪を背に流したイオリは、今日も一人で依頼書を眺めている。
レナードが口元を上げた。
「今日こそいけるっしょ」
「……何が?」
「イオリ」
タケルは嫌な予感しかしない顔で振り返った。
「昨日、好感度下がったよね?」
「昨日は初対面だったじゃん」
「初対面だから下がったんだと思うけど……」
「今日は二回目」
「回数の問題じゃないよ」
しかしレナードはすでに歩き出していた。
「レナード、待って」
「大丈夫だって。昨日はちょっと入り方ミスっただけだから」
「何するつもり?」
「普通に会話」
「その普通が怖いんだよ……」
イオリの前まで行くと、レナードは昨日の失敗などなかったかのように明るく声をかけた。
「おはよー」
「……おはよう」
「今日も髪めっちゃ綺麗じゃん」
「そう」
「何使ってんの?」
イオリが依頼書から顔を上げた。
「何って?」
「シャンプー」
「しゃんぷー?」
「あ、ないの?」
「髪なら石鹸で洗っているけど」
「石鹸!?」
レナードが思わず声を上げる。
「その髪で?!」
「何か問題でも?」
「問題っていうか……よくそれでそんな綺麗なんの?」
「知らない」
「強っ……」
後ろでタケルが小さく呟く。
「レナード……もうやめた方が……」
「まだ始まったばっかじゃん」
レナードは気を取り直した。
「じゃあ趣味なにー?」
「鍛錬」
「へー。ほかは?」
「鍛錬」
「同じじゃん」
「必要だから」
「じゃあ休みの日は?」
「鍛錬」
「また?!」
イオリは不思議そうにレナードを見る。
「休日だからといって、剣を振らない理由にはならないでしょ」
「いや、あるだろ普通!」
「そう?」
「コスメとか興味ないの?」
「こすめ?」
「化粧!」
「必要ない」
「服は?」
「動きやすければ何でもいい」
「好きな食べ物!」
「干し肉」
「急に旅人じゃん!」
後ろでタケルが両手で顔を覆った。
「だから最難関なんだって……」
レナードも次第に笑顔が引きつってくる。
「え、待って。可愛いものとか好きじゃないの?」
「別に」
「甘いものは?」
「嫌いではない」
「お、やっと女子っぽ――」
「携帯食としては糖分補給に便利ね」
「栄養の話してんじゃねぇよ!」
イオリの眉がわずかに動いた。
【イオリの好感度が下がりました】
「また!?」
レナードが表示を指差す。
「今めっちゃ会話広げてたじゃん!」
「広げればいいってもんじゃないよ……」
「俺、前世で女子と何時間でも喋れたんだけど?!」
「イオリは前世の女友達じゃないから」
「いやでも女の子じゃん!」
レナードはイオリを見た。
剣。
鍛錬。
石鹸。
干し肉。
もう一度、イオリを見る。
「……あれ女の子なのか?」
「レナード」
「中身おっさんじゃねぇのか?!」
「聞こえてるけど」
イオリの冷たい声が落ちた。
「……あ」
【イオリの好感度がかなり下がりました】
「かなり!?」
「だから言ったのに!」
「だっておかしいじゃん!」
「おかしいのはレナードの距離感だよ!」
「現実じゃ普通だったって!」
「ここ異世界だから!」
レナードが言葉を失った。
数秒後。
「……異世界こわ」
◇
結局、イオリとの会話は大失敗に終わった。
レナードが受付近くのテーブルに突っ伏していると、タケルは依頼掲示板を確認しながら一枚の紙を剥がした。
「これにしよう」
「何」
「東の森の魔物討伐。五人以上推奨」
「俺一人でいけるっしょ」
「そういう問題じゃないよ」
「だって昨日全部一撃だったし」
「ゲームって、人数条件のイベントあるから」
「めんどくさ」
タケルは依頼書を持ってイオリのところへ戻った。
レナードが顔を上げる。
「何してんの?」
「パーティー誘う」
「イオリを?」
「うん」
「無理無理。今めっちゃ機嫌悪いから」
タケルは少し緊張した様子でイオリの前に立った。
「あ、あの……イオリ」
「何?」
「東の森の討伐依頼を受けようと思ってるんだけど……前衛が足りなくて」
イオリは依頼書を見る。
「報酬は?」
「一人三百ゴールド」
「討伐対象は?」
「ウルフ系が八体。たぶん、奥に上位種が一体いる」
「そう」
少し考えたあと、イオリは頷いた。
「いいわ。参加する」
「ありがとう」
離れたところで見ていたレナードが固まった。
「……は?」
【イオリがパーティーに加入しました】
「はあ!?」
ギルド中に声が響く。
「なんで!?」
「だからゲームの条件通りに……」
「俺あんな頑張って喋ったのに!?」
「頑張り方が間違ってたんだよ……」
◇
さらにタケルは、弓を背負ったサキのところへ向かった。
「サキ。この依頼、遠距離攻撃ができる人が必要なんだけど……」
「いいよ!」
「早っ!」
【サキがパーティーに加入しました】
次は、大きな獣を連れて床に座っていたアヤコ。
「森の魔物について詳しい人が必要で……」
「この子も連れてっていい?」
「うん」
「じゃあ行く」
【アヤコがパーティーに加入しました】
「軽っ!」
さらにシスターのマイ。
「長時間の討伐になりそうだから、回復役がいてくれると助かるんだけど……」
「もちろんです」
【マイがパーティーに加入しました】
「待って待って待って!」
レナードがタケルの肩を掴んだ。
「何?」
「なんでそんな誘い方で入るんだよ!!!」
「え?」
「もっとあるじゃん! 褒めるとか盛り上げるとか!」
「クエストだから、必要な役割を説明しただけだけど……」
「地味すぎんだろ!」
「それが正規ルートだから」
「正規ルートおもんな!」
その横をサキが通りかかる。
「あ、レナード。今日はよろしくね」
「あ……よろしく……」
「う、うん」
サキは少し戸惑いながらも笑って去っていった。
レナードはその背中を見送り、タケルの耳元へ顔を寄せる。
「タケル……」
「何?」
「あーいうタイプ苦手なんだよ」
「え?」
「距離近いっていうか、男ウケ分かってそうな感じ」
「僕は結構好きだけど……」
「知ってる。顔に出てる」
「出てないよ……」
少し離れたところで、その会話を聞いていたイオリがレナードを見る。
【イオリの好感度が下がりました】
「なんで!?」
「今のは分かるよ」
「俺サキに何もしてないじゃん!」
「それがダメなんだよ」
「は?」
タケルは真顔で説明する。
「一人だけ狙い続けると、ほかのヒロインとの関係値が下がるから」
「……何?」
「定期的にほかの子とも会話した方がいい」
「なんで?」
「放っておくと爆弾がつく」
「爆弾?」
レナードの目の前に新しい表示が浮かぶ。
【爆弾システム】
【特定のヒロインのみを優先し続けると、他ヒロインの不満度が上昇します】
【一定値を超えると爆弾状態になります】
レナードは無言で文字を読む。
もう一度読む。
「……待って」
「うん」
「俺、イオリ狙いなんだけど」
「知ってる」
「じゃあイオリだけ大事にすればよくない?」
「ダメ」
「なんで?!」
「爆弾つくから」
レナードは両手を広げた。
「一筋のなにがいけねぇの?!」
「ゲームだから……」
「一途って普通プラスじゃん!」
「現実ならね……」
「じゃあここでは何が正解なんだよ!」
「全員と適度に仲良くする」
レナードが絶句した。
「それ浮気じゃん!!」
「そういう意味じゃないよ!」
「本命いるのにほかの女ともデートすんだろ?!」
「イベント条件だから!」
「もっと悪いわ!!」
タケルは困ったように頭を掻いた。
「だから簡単じゃないって言ったのに……」
レナードはパーティーに加わった四人の少女たちを見る。
そして、自分だけが低いイオリの好感度表示を見る。
「……この世界」
「うん」
「現実より女心めんどくさくね?」
「ゲームだから……」
「それで全部済ますなよ!!」




