第2話 陰キャの潜在能力
ダンジョンを出るまでに、レナードは五体の魔物を倒した。
しかも全部、一撃だった。
剣を振れば魔物は吹き飛び、蹴れば岩壁まで転がっていく。本人は大したことをしているつもりがないらしく、倒れた魔物を見ても「こんなもん?」と首を傾げるだけだった。
一方、魔法使いになったタケルはというと。
「えっと……火よ」
杖の先に小さな光が灯り、頼りない火の玉が飛び出した。
ぽすっ。
魔物の額に当たる。
ぱちっ、と小さく弾けて消えた。
魔物は何事もなかったようにタケルを見る。
タケルも魔物を見る。
数秒の沈黙のあと、レナードが吹き出した。
「クソ弱ぇじゃん!」
「……分かってるよ」
「今の何? 魔法?」
「たぶん……初級の火属性魔法」
「ライターじゃん!」
「ライターよりは……」
言い終わる前に魔物が地面を蹴った。
「うわっ!」
タケルが杖を抱えて後ずさるより早く、レナードが横をすり抜ける。
軽く剣を振っただけだった。
それなのに、魔物は勢いよく宙を舞い、そのまま洞窟の壁へ叩きつけられた。
「ほら」
レナードは何事もなかったように剣を肩へ担ぐ。
「俺に任せとき!」
「……強すぎるんだよ」
「勇者だからっしょ」
「勇者でも普通はレベルとかあると思うけど……」
「じゃあ俺、超当たりじゃん」
満足そうに笑ったレナードは、ふとタケルを見る。
「田中は?」
「……何が?」
「当たり?」
タケルは自分の杖を見下ろした。
「……これからだと思う」
「頑張ろ?」
「慰めないで」
◇
ようやくダンジョンを抜けると、二人の前には大きな石造りの街が広がっていた。
高い城壁に囲まれた街道を馬車が行き交い、剣や杖を携えた冒険者たちが歩いている。露店には見たこともない果物や魔物の素材らしきものが並び、遠くには空へ伸びる大きな尖塔まで見えた。
洞窟しか見ていなかった二人にとって、ようやく「異世界へ来た」という実感が湧いてくる光景だった。
「うわ、ちゃんと異世界じゃん!」
「今さら?」
「だって洞窟しか見てなかったし」
街へ入った途端、すれ違う人々がちらちらとレナードを振り返る。
細身で長い手足に、目を引くほど整った顔立ち。
本人も視線には気づいていたが、前世から人に見られることには慣れている。
「めっちゃ見られてるよ」
「そりゃ見るっしょ」
「自信あるね……」
「この顔だよ?」
「自分で言うんだ……」
レナードはさらりと髪をかき上げると、何事もなかったように歩き続けた。
「で、まず何すんの?」
「ギルドじゃないかな」
「やっぱあるんだ」
「こういうゲームなら、最初に冒険者登録するはずだから」
「さっすが経験者」
「まだ同じゲームか確信はないけど……」
「ほぼ一緒っしょ」
「そういう油断が一番怖いんだけど……」
◇
街の中央にある冒険者ギルドは、外から見てもすぐ分かるほど大きな建物だった。
重い扉を開けると、中には武器を持った冒険者たちが大勢集まっている。正面にはいくつもの受付が並び、壁一面には依頼書が貼られ、奥ではクエスト帰りらしい者たちが報酬を受け取っていた。
「うわ、ベタ!」
「褒めてる?」
「めっちゃ褒めてる」
二人が受付へ向かおうとした、その時だった。
レナードの足が止まる。
「……お」
「どうしたの?」
視線の先には、一人の少女が立っていた。
銀色の軽鎧をまとい、受付横で依頼書を読んでいる。艶のある長い髪に、まっすぐ伸びた背筋。華奢に見える身体には剣が下げられていて、周囲の冒険者とは明らかに纏う空気が違った。
近寄りがたいほど整った顔立ちに、レナードの目が一気に輝く。
「あの子超イケてんじゃん!」
「え?」
タケルがその視線を追った瞬間、表情を固くした。
「……イオリ」
「知ってんの?」
「知ってるっていうか……」
タケルは少女を見たまま、少しだけ声を落とした。
「最難関ヒロイン」
「マジ?」
「うん。たぶん、このゲームで一番難しい」
レナードはもう一度イオリを見る。
「なおさらよくない?」
「何が?」
「あの子一択っしょ」
「いや、待って」
「何?」
「最難関って言ったよね?」
「聞いた聞いた」
「好感度条件も厳しいし、選択肢一個間違えただけでイベント潰れることもあるから……」
「へー」
返事をした時には、もうレナードは歩き出していた。
「聞いてないよね?」
「大丈夫だって」
「何が?」
「前世女だし?」
「それ関係あるかな……」
「女心余裕ー」
「だからそれが怖いんだって……」
レナードは迷うことなくイオリの前まで行くと、いつもの調子でにこっと笑った。
「超可愛いねー! 仲良くしよ?」
数メートル後ろで、タケルの顔から血の気が引いた。
「ちょ、待っ……」
イオリはレナードを一度だけ見た。
「……そういうこと、誰にでも言ってるでしょ」
「誰にでもってなんで? 転生して初なんだけど?!」
「そういう問題じゃないと思う……」
タケルが小さく呟いた、その瞬間。
レナードの目の前に文字が浮かんだ。
【イオリの好感度が下がりました】
「……は?」
レナードが固まっている間に、イオリは依頼書を手にその場を離れていく。
【イオリ 好感度:12】
「まじでなんで!?」
「だから軽いんだって……」
「軽くないって! 挨拶じゃん!」
「その挨拶がダメなんだよ……」
「可愛いって言われて嫌な人いる!?」
「イオリはそういうの言われ慣れてるから、逆効果なんだよ」
「知らねぇよ!」
「さっき最難関って言ったよ……」
タケルが深くため息をついたところで、横から明るい声が飛んできた。
「あの……大丈夫?」
二人が振り向くと、弓を背負った少女がこちらを見ていた。
明るい栗色の髪をひとつにまとめ、親しみやすい笑顔を浮かべている。
タケルの目が少し見開かれた。
「……サキ」
「また知ってんの?」
「王道ヒロイン。面倒見がよくて、序盤から好感度を上げやすいタイプ」
「攻略本じゃん」
「僕、やったことあるって言ったよね……」
サキはタケルが持っている杖に気づいたらしい。
「魔法使いなんだね。今日登録?」
「あ、うん……たぶん」
「たぶん?」
「ご、ごめん」
「なんで謝るの?」
サキがくすっと笑う。
つられるようにタケルも少しだけ笑った。
【サキの好感度が上がりました】
「……え?」
文字を見たレナードが小さく声を漏らす。
その時、ギルドの奥から白い修道服をまとった少女が歩いてきた。腕には包帯と薬草を抱え、柔らかな雰囲気をまとっている。
「サキ、これ運ぶの手伝ってもらえますか?」
「あ、マイ。今行く!」
タケルがまた小さく呟いた。
「マイ……シスター。回復役だ」
マイは二人に気づくと、穏やかに微笑んだ。
「初めて見る方ですね」
「あ、今日来たばかりで……」
「そうなんですね。もし怪我をされたら、無理をせず声をかけてくださいね」
「ありがとう……ございます」
【マイの好感度が上がりました】
レナードが無言になる。
「……」
タケルはそんなことにも気づかず、普通に頭を下げていた。
「田中」
「何?」
「お前、何した?」
「え?」
「今」
「何もしてないけど……」
レナードが納得できない顔をしていると、今度はギルドの入口から奇妙な鳴き声が聞こえてきた。
「キュルルッ」
周囲の冒険者たちが一斉に振り返る。
そこには、大きな獣型の魔物を連れた少女が立っていた。
少女は周囲の視線など気にもせず、魔物と一緒にギルドへ入ってくる。
「邪魔だから、そこどいて」
「魔物!?」
レナードが反射的に剣へ手を伸ばした。
「やめて」
少女は魔物の頭を撫でる。
「この子、優しいから」
「いや、牙すごいけど」
「お腹空いてるだけ」
タケルが小声で呟いた。
「アヤコ……テイマー」
「これもヒロイン?」
「うん。行動パターンが読みづらい」
「見りゃ分かるわ」
アヤコは二人にほとんど興味を示さず、そのまま魔物を連れて奥へ消えていった。
「自由すぎんだろ……」
レナードが呟いた、そのすぐ脇を、小柄な少女が大量の書類を抱えて通り過ぎた。
「あ、すみません……」
地味な服装に、目立たない髪型。
冒険者というより、ギルドで雑用をしている少女にしか見えない。
レナードは特に気に留めなかった。
だがタケルだけが、その後ろ姿を目で追っていた。
「……今の子」
「何?」
「いや……」
少し考えたあと、タケルは首を振る。
「なんでもない」
◇
冒険者登録を終えた二人は、受付横のベンチに座っていた。
レナードの職業欄には【勇者】。
タケルには【魔法使い】。
受付係ですら一瞬固まったほど珍しい組み合わせらしいが、レナードはそんなことより、自分の職業欄を見て満足そうに笑っていた。
「やっぱ俺、すごいじゃん」
「職業だけならね……」
「だけって何?」
レナードが笑いながらステータス画面を開く。
すると、その横に見覚えのない項目が追加されていた。
【好感度一覧】
「お」
タケルも横から覗き込む。
【イオリ】
レナード:12
タケル:18
「……は?」
【サキ】
レナード:25
タケル:34
「ちょ待って」
【マイ】
レナード:20
タケル:31
「……」
レナードは画面からゆっくり顔を上げ、無言でタケルを見る。
「な、何?」
「お前さ」
「うん……」
「前世では女友達もいなかったじゃん」
「……確かに」
タケルは少し考えてから、ぼそっと付け加えた。
「童貞だもんな……」
「自分で言うなよ!!」
レナードはもう一度、好感度一覧を見る。
イオリも。
サキも。
マイも。
全部負けている。
「……なんで」
「僕にも分からないけど……」
レナードは勢いよく立ち上がった。
「なんでこんなのに負けてんだァァァァァ!!」
ギルド中に叫び声が響き渡る。
周囲の冒険者たちが一斉に振り返る中、タケルは小さく肩をすくめた。
「こんなのって言わないでよ……」




