第38話 信じる
暗闇の中。
レナードは一人で立っていた。
どこを見ても何もない。
剣もない。
仲間もいない。
声だけが、何度も頭の中へ響いてくる。
『従え』
『考える必要はない』
『仲間など捨てろ』
『信頼など、お前を縛る鎖にすぎない』
「……」
レナードは黙って聞いていた。
『お前は強い』
『誰かに合わせる必要などない』
『お前一人で全てできる』
その言葉に。
昔の自分なら、少し気分が良くなっていたかもしれない。
実際。
転生してすぐの頃はそうだった。
自分が一番強い。
全部倒せる。
仲間が戦うより、自分が一人で片づけた方が早い。
『そうだ』
『お前には他人など必要ない』
「……それ」
レナードが小さく口を開く。
「前だったら、ちょっと嬉しかったかも」
暗闇の奥で声が笑った。
『ならば従え』
「でもさ」
レナードは顔を上げた。
「今は違うんだよね」
『何が違う』
頭の中に。
仲間の顔が浮かぶ。
イオリ。
タケル。
サキ。
アヤコ。
マイ。
ミハル。
アルカディア。
それから。
何度も自分たちを鍛えてくれた者たち。
『他人に縛られているだけだ』
「違ぇよ」
『何?』
「俺を信じてくれてんだよ」
エリオットは、自分に任せながら全体を見ることを教えてくれた。
レオンは、守るために生きろと言った。
セシルは止まらず動くことを。
ノエルは無理をしないことを。
エミールは整えることを。
アレクシスは仲間とぶつからず動くことを。
ルシアンは、圧倒的な力があっても周りを見て戦っていた。
レイナは。
最後まで、自分たちが成長すると信じて見ていた。
そして。
『男はな、覚悟と責任の取り方で筋通すんや』
「……」
レナードが笑った。
「そういうことか」
『何を言っている』
「やっと分かった気がする」
レナードの足元に、小さな光が生まれる。
『何がだ』
「俺が強いから戦うんじゃない」
光が広がる。
「勇者だからでもない」
『黙れ』
「俺を信じてくれる奴がいるから」
暗闇が揺れた。
「そいつら裏切れねぇんだよ!」
『黙れ!!』
レナードは真っすぐ前を見る。
「筋通すって、こういう事だろ!!」
光が爆発した。
◇
別の暗闇。
タケルは、昔の自分を見ていた。
一人でゲームをしている。
教室では誰とも話さない。
女の子へ声をかけることもできない。
自信なんて。
最初からなかった。
『それがお前だ』
「……」
『何も変わっていない』
景色が変わる。
異世界へ来たばかりの自分。
小さな火。
少ない魔力。
まともに戦えない。
『お前に価値が生まれたのは、この世界の知識があったからだ』
「……」
『好感度』
『イベント』
『爆弾』
『それがなければ、お前は何もできない』
タケルの目の前に、好感度の数字が浮かぶ。
サキ。
イオリ。
アヤコ。
マイ。
ミハル。
『数値があったから、お前は人を信じられた』
『数値がなければ、お前は何も分からない』
「……そうだった」
タケルは静かに答えた。
『認めるのか』
「最初は」
数字を見ていた。
どうしたら好感度が上がるのか。
どのイベントが起こるのか。
何を言えばいいのか。
どこへ誘えばいいのか。
「僕、自分じゃ何もできないと思ってたから」
『ならば――』
「でも」
サキの笑顔が浮かぶ。
イオリが剣を振る姿。
マイの優しい声。
アヤコの自由な笑い方。
ミハルが隣に立ってくれたこと。
アルカディアに鍛えられたこと。
ロイヤル・フラグメントに教えてもらったこと。
レイナに認めてもらったこと。
そして。
何度も自分を庇いながら。
何度も笑って。
ずっと隣にいたレナード。
『それも全て、他人が与えたものだ』
「うん」
タケルは頷いた。
『ならば、お前自身には何がある』
タケルは少しだけ黙った。
以前なら。
ここで答えられなかった。
「みんなが僕にくれたものは」
ゆっくり拳を握る。
「もう、僕の中にあるよ」
『……何?』
「僕に自信を与えてくれた人達がいる」
足元に炎が灯る。
最初に出したものと同じ。
小さな炎。
「僕ができるって言ってくれた」
炎が少しずつ大きくなる。
「僕を必要としてくれた」
『それは他人の評価だ』
「違う」
タケルが顔を上げた。
「今は僕自身が分かってる」
炎が暗闇を照らす。
「僕はレナードみたいには戦えない」
「イオリみたいに剣も使えない」
「サキみたいに遠くの敵も狙えない」
『ならば――』
「でも、僕にできることがある!!」
炎が一気に広がった。
「僕に自信を与えてくれた人達を信じる!」
『やめろ!』
「みんなを信じる!」
タケルが杖を握る。
そこにはもう。
震えはなかった。
「何より――」
暗闇を真っすぐ見据える。
「自分自身を信じる!!」
炎が全てを焼き払った。
◇
「……っ!」
レナードが目を開く。
最初に聞こえたのは。
剣と魔法の轟音だった。
目の前では、レオンが巨大な盾で攻撃を受け止めている。
エリオットがその横から敵を斬る。
セシルが戦場中を駆け回り。
エミールが次々と指示を出す。
ノエルが負傷者を回復し。
アレクシスの結界が支配された者たちを守り。
ルシアンの氷が押し寄せる魔物を止めている。
その中央で。
レイナが全てを支えていた。
「……」
レナードは目を見開く。
誰も自分を助けようとはしていなかった。
誰も。
答えを言わなかった。
ただ。
自分たちが戻るまで。
戦っていた。
「……マジで待ってたの?」
その声に。
エリオットが振り返った。
顔いっぱいに笑う。
「おかえりー!」
「……」
レナードの胸が熱くなる。
ノエルもすぐに気づいた。
「待ってたよ!」
レオンも笑う。
「戻ってきたね」
レイナは一瞬だけレナードを見た。
そして。
「信じておりましたわ」
「……やば」
レナードが小さく笑う。
「そういうの、普通に効くんだけど」
その時。
「……僕も」
隣から声がした。
タケルがゆっくり顔を上げる。
「戻った……」
「タケル!」
サキが叫ぶ。
駆け寄ろうとして。
まだ自分の身体も完全には自由でないことに気づき、足を止める。
「大丈夫?!」
「うん」
タケルはサキを見る。
今は。
好感度なんて確認しなかった。
「大丈夫」
はっきり答えた。
「もう大丈夫だよ」
レナードがタケルを見る。
「おかえり」
タケルも笑う。
「レナードも」
「まあね」
「なんか、ちょっと顔違う」
「そっちもじゃん」
黒い影が怒りに震える。
「あり得ぬ……!」
二人が同時に振り返る。
「我が支配を、自力で破るなど!」
レナードは剣を拾い上げた。
「悪いね」
タケルも杖を構える。
「僕たち、結構しぶといみたい」
◇
レナードとタケルが戻ったことをきっかけに。
スターライトにも変化が起こり始めた。
「……私も」
イオリの指が動く。
『従え』
「嫌です」
剣を握る。
「私は、もう一人で生きると決めていません」
黒い光が揺れた。
「仲間を信じます」
イオリが一歩踏み出す。
その横で。
サキも弓を握った。
「私も」
『その男を信じるのか』
「信じる」
サキは迷わなかった。
「タケルを信じる」
弓を引く。
「それに、自分の気持ちも」
黒い光がさらに崩れる。
アヤコ。
マイ。
ミハル。
次々と身体の自由を取り戻していく。
「戻った!」
「動ける!」
「スターライト復帰!」
レナードが笑う。
アルカディアのリーダーも歯を食いしばった。
「我々も……!」
仲間たちの顔を見る。
これまで何度も戦ってきた。
何度も背中を預けた。
「今さら疑ってどうする!」
剣を地面へ突き立てる。
「アルカディア! 戻れ!!」
仲間たちが次々と顔を上げる。
「おお!!」
戦場に。
再び力が戻った。
◇
「そんな……!」
黒い影が後退する。
「支配が……!」
レナードが剣を向けた。
「終わり?」
「ふざけるな!」
黒い魔力が爆発する。
同時に。
四天王全員が最後の力を解放した。
美女の魔女が叫ぶ。
「ならば全員まとめて堕としてやる!」
巨大な鎧の男が大剣を振り上げる。
「砕け散れ!」
仮面の男が両手を広げる。
「互いに殺し合え!」
黒い影が叫ぶ。
「私に従え!!」
四方向から魔力が押し寄せた。
だが。
今度は。
誰も止まらない。
「レイナさん!」
レナードが叫ぶ。
「はい!」
レイナが一歩前へ出る。
「皆様、参りますわ!」
風が吹く。
大地が隆起する。
氷が広がる。
雷が空を走る。
「エミール!」
「位置整えるよ!」
エミールの風が全員を最適な位置へ動かす。
「アレクシス!」
「ここならきれいだよ!」
巨大な結界が戦場を四つへ分ける。
「レオン!」
「守るよ!」
光の盾が前線を包む。
「ノエル!」
「怪我は僕に任せて!」
光が全員へ降り注ぐ。
「ルシアン!」
「止めるねー!」
氷が四天王の足元を一気に凍らせた。
「セシル!」
「行くよー!」
セシルが地面を蹴る。
一瞬で巨大な鎧の懐へ入り。
「えいっ!」
拳が腹部へ突き刺さった。
ドォォォン!!
「ぐっ……!」
巨体が大きく浮く。
「エリオット!」
「はーい!」
剣が光る。
一閃。
巨大な鎧が真っ二つに裂けた。
「……補助じゃないじゃん!」
レナードが叫ぶ。
「今さら?!」
タケルが返す。
その横で、美女の魔女が最後の魔法を放つ。
「勇者ァァァ!!」
レナードが振り向く。
もう。
迷わない。
「イオリ!」
「はい!」
二人が左右へ分かれる。
魔女の攻撃を避け。
同時に踏み込む。
「そんな……!」
「悪いね」
レナードが剣を振る。
「俺、今ちゃんと見る奴いるから」
「な――」
イオリの剣が反対側から入る。
二人の斬撃が交差した。
魔女の黒い魔力が砕け散る。
◇
仮面の男は、再び周囲を操ろうとした。
「疑え!」
「もう遅いよ!」
エミールの風が仮面を弾く。
アレクシスの帯が両腕を固定した。
「動かないでね!」
「離せ!」
「サキ!」
タケルが叫ぶ。
「うん!」
「三秒後!」
「分かった!」
タケルが炎を放つ。
仮面の男が避ける。
だが。
避けた場所へ。
サキの矢が飛んだ。
仮面を貫く。
「ぐぁっ!」
「今!」
ミハルが背後から入り込む。
一閃。
仮面が真っ二つに割れた。
「やった!」
◇
残った黒い影が、狂ったように魔力を放つ。
「従え!!」
「嫌だよー!」
エリオットが即答する。
「黙れ!」
「嫌!」
ノエルも即答した。
「なんなんだお前たちは!!」
レオンが少し考える。
「仲間?」
「そういう意味ではない!!」
セシルが笑う。
「じゃあ何?」
「もういい!!」
「敵が会話諦めた!」
レナードが吹き出す。
黒い影の魔力が一瞬だけ乱れた。
その瞬間。
レイナが手を上げる。
「タケル様」
「はい!」
「炎を」
「分かりました!」
タケルが杖を構える。
「火よ!」
巨大な炎が走る。
レイナの風が加わる。
炎が一気に膨れ上がった。
「レナード様」
「了解!」
雷が黒い影へ落ちる。
一瞬。
動きが止まる。
レナードが地面を蹴った。
「終わり!!」
剣が黒い影を貫いた。
「なぜ……」
黒い身体が崩れ始める。
「なぜ、支配されぬ……」
レナードは静かに答えた。
「信じてくれてる奴、裏切れないから」
タケルも隣へ並ぶ。
「僕も」
「もう、自分を信じられるから」
黒い影の身体が。
完全に消えた。
◇
四天王が倒れた。
しばらく。
誰も動かなかった。
「……終わった?」
サキが辺りを見る。
タケルが息を整えながら頷く。
「四人は……」
その時。
ゴゴゴゴゴゴ……。
大地が震え始めた。
全員が顔を上げる。
目の前。
魔王城の巨大な門が。
ゆっくりと開いていく。
「……」
レナードが剣を肩へ乗せる。
「次、本体?」
タケルも城を見上げる。
「たぶん」
「たぶんじゃなくて絶対じゃない?」
「うん……絶対だね」
アルカディアのリーダーが剣を構える。
ロイヤル・フラグメントも一斉に前を向く。
レイナが静かに息を吐いた。
「皆様」
その声に。
全員が顔を向ける。
「ここからが、本当の戦いですわ」
魔王城の奥から。
低い笑い声が響いた。
「よくぞ」
「ここまで辿り着いた」
レナードとタケルの表情から。
笑みが消えた。
四天王の先。
ようやく。
世界を混乱へ陥れた元凶が。
二人を待っていた。




