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陰キャは恋愛無双、陽キャは戦闘無双――転生したら得意分野が逆でした  作者: 夜嶋朔


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第35話 恐怖

 レナードが地面を蹴る。


 美女の魔女も両手を広げ、黒い霧を一気に膨らませた。


「私を拒んだこと、後悔させてあげる!」


「それはこっちのセリフ!」


 黒い魔力と剣がぶつかる。


 同時に。


 戦場の至るところで、四天王との戦闘が始まっていた。


 巨大な鎧の男が大剣を振り下ろす。


 ドォォォン!!


 地面が割れ、土と岩が吹き飛んだ。


「うわっ!」


 周囲にいた冒険者たちが散る。


 その真正面へレオンが出た。


 巨大な光の盾が展開される。


 衝撃がぶつかり、空気が震えた。


「重いね!」


「重いで済むの?!」


 サキが思わず叫ぶ。


 その横からエリオットが一気に飛び込んだ。


「じゃあ僕こっちー!」


 一閃。


 鎧の表面に大きな傷が走る。


「硬っ!」


「傷入ってんじゃん!!」


 レナードの声が遠くから飛ぶ。


 さらにセシルが鎧の側面へ回り込み、拳を叩き込んだ。


 ドンッ!!


 巨大な身体が僅かに横へずれる。


「人間が……!」


「しゃべった!」


「そこ?!」


 一方。


 仮面の男の周囲では、異変が広がっていた。


「やめろ!」


「俺じゃない! 身体が勝手に!」


 複数の冒険者たちが、自分の意思とは関係なく仲間へ武器を向けている。


「操られておりますわ!」


 レイナがすぐに手を上げた。


 地面から土の壁が次々とせり上がり、操られた者たちの間を分断する。


「アレクシス様!」


「うん!」


 アレクシスが両手を広げる。


 薄い光の帯が幾重にも走り、操られた冒険者たちの手首と足を優しく固定した。


「ちょっと止まっててね!」


「動けない……!」


「その方が安全だよ」


 エミールはすでに周囲へ指示を飛ばしていた。


「回復班はまだ前に出ないで! 操られてない人は右へ! ぶつからないように二列で移動して!」


 混乱しかけた戦場が、少しずつ整理されていく。


「さすがエミール!」


 ノエルが負傷者へ光を飛ばしながら声を上げる。


「そっちお願い!」


「任せて!」


 そして。


 四天王最後の一人。


 全身を黒い布で覆った影は、まだ大きく動いていなかった。


 ただ。


「恐れろ」


 低い声だけが戦場へ響く。


 その瞬間。


 タケルの身体が止まった。


「……え?」


 周囲の音が消える。


 レナードの剣戟。


 仲間の声。


 魔法の轟音。


 全部が遠ざかっていく。


「タケル?」


 サキの声も、どこか遠い。


 目の前が暗くなった。


     ◇


「……ここ」


 タケルは一人で立っていた。


 いつもの教室。


 前世の高校だった。


 自分の席。


 机。


 窓。


 何も変わっていない。


 ただ。


 誰もいなかった。


「なんで……」


 振り返る。


 教室の後ろ。


 廊下。


 誰もいない。


 その時。


「お前は、ずっと一人だった」


 背後から声がした。


 振り返っても誰もいない。


「女とも話せない」


 タケルの指が震える。


「友人もいない」


「……」


「ゲームの中でしか、自分の居場所を作れない」


 教室の景色が揺れる。


 次に現れたのは、異世界。


 スターライトの仲間たちだった。


 だが。


 全員がタケルへ背を向けている。


「お前が必要だったのは、攻略情報だけだ」


「違う……」


「勇者がいれば戦える」


 レナードが遠ざかる。


「回復ならシスターがいる」


 マイが消える。


「前衛なら騎士がいる」


 イオリも消える。


「お前の弱い炎など、誰にも必要ない」


「……違う」


 タケルは杖を握る。


 だが。


 手が震えていた。


 最後に残ったのは、サキだった。


「タケル」


「サキ……」


 サキが悲しそうにタケルを見る。


「私、勘違いしてた」


「え?」


「あなたがすごい人だと思ってた」


 タケルの呼吸が止まる。


「でも全部、ゲームを知ってただけなんだね」


「……」


「あなた自身には、何があるの?」


 その言葉が。


 一番深く刺さった。


「僕自身……」


 何がある?


 レナードのような力はない。


 イオリのような剣もない。


 サキのような弓も。


 マイの回復も。


 アヤコの才能も。


 ミハルの技術も。


 自分には。


「何も……」


 呟きかけた。


 その時。


 小さな炎が脳裏をよぎった。


 最初に出した。


 あまりにも小さな火。


 レナードに笑われた。


『焚き火じゃん!』


「……」


 タケルの口元が僅かに動いた。


 その小さな火は。


 今では壁になった。


 敵の進路を変えられるようになった。


 仲間を守れるようになった。


 自分で魔力の残量も分かる。


 必要な時まで温存できる。


 タケルはゆっくり顔を上げた。


「……怖いよ」


 影の声が止まる。


「何?」


「怖い」


 タケルは震える手で杖を握り直した。


「僕は今でも、戦うの怖いよ」


「ならば逃げろ」


「でも」


 タケルは一歩前へ出た。


「怖いからって、何もできないわけじゃない」


 景色が揺れた。


「僕にしかできないこともあるって、みんなが教えてくれた」


「それも他人から与えられたものだ」


「うん」


 タケルは否定しなかった。


「最初はそうだったよ」


 アルカディアに訓練してもらった。


 ロイヤル・フラグメントにも教えてもらった。


 レナードに守ってもらったことも何度もある。


 それでも。


「教えてもらったから、僕がやったことまで無くなるわけじゃない」


 タケルの手から炎が灯る。


「僕は僕なりに、ここまで来たんだ」


 炎が大きくなる。


「だから逃げない」


 影が揺れた。


「恐怖は消えぬ」


「消えなくていいよ」


 タケルは真っすぐ前を見る。


「怖いまま行く」


 炎が一気に広がった。


     ◇


「タケル!」


 サキの声が聞こえた。


 タケルが目を開く。


「……サキ?」


「よかった!」


 目の前には、いつもの戦場。


 サキが心配そうにこちらを見ていた。


「急に止まったから……」


「ごめん」


 タケルは息を整える。


「ちょっと、怖いもの見せられてた」


「大丈夫?」


「うん」


 一度だけ深く息を吸った。


「怖いけど、大丈夫」


 サキが少し驚いたようにタケルを見る。


 その時。


 黒い影が再び声を上げた。


「恐れろ!」


 黒い波が地面を走る。


「来る!」


 タケルが杖を向ける。


「火よ!」


 炎の壁が立ち上がった。


 黒い波と炎が正面からぶつかる。


 タケルの足が後ろへ滑った。


「くっ……!」


「タケル!」


「大丈夫!」


 以前なら。


 魔力を全部注ぎ込んでいただろう。


 だが今は違う。


「まだ使い切らない……!」


 必要な分だけ。


 持ちこたえる。


「サキ!」


「うん!」


「三秒後、右が開く!」


 サキが弓を構える。


「三!」


 黒い波が炎を押す。


「二!」


 タケルが炎を少しだけ左へずらす。


「一!」


 敵の視界が右へ開いた。


「今!」


 矢が飛ぶ。


 黒い影の肩を貫いた。


「ぐっ……!」


「当たった!」


 サキが笑う。


 タケルも思わず笑った。


「やった……!」


「タケル!」


 離れた場所からレナードの声が響く。


 美女の魔女と剣を交えながら、こちらを見ている。


「普通にかっこいいじゃん!」


「今言う?!」


「言える時に言っとこうと思って!」


「集中してよ!」


「そっちもね!」


 レナードが笑いながら魔女の攻撃を弾く。


 タケルも再び黒い影へ向き直った。


 まだ倒してはいない。


 だが。


 もう足は止まらなかった。


     ◇


「効かぬ……?」


 黒い影の声に、初めて僅かな苛立ちが混じる。


 その少し離れた場所では、ロイヤル・フラグメントたちも黒い恐怖の波を受けていた。


「お前たちにも、恐れるものがあるはずだ」


「あるよー!」


 エリオットが普通に答えた。


「……何?」


「リリアーナに本気で怒られるの怖いよ!」


「そこ?!」


 レナードが遠くから叫ぶ。


 エリオットは笑ったまま剣を振る。


「でも、それと戦うのは別だよー!」


 レオンも巨大な盾で鎧の男の一撃を受け流した。


「怖いものがあっても、守れるよ」


 ノエルは負傷者を治療しながら頷く。


「怖いからって、やめなくていいもん!」


 黒い影がさらに魔力を強める。


 しかし。


 ロイフラの動きは変わらない。


 レイナもまた、静かに戦場全体を見ていた。


 黒い波が彼女を通り抜ける。


「あなたは恐れないのか」


「もちろん、恐れることはございますわ」


「ならばなぜ――」


「恐れることと、従うことは別ですもの」


 レイナが片手を上げる。


 雷が空を走った。


 ドォン!!


 黒い影の足元へ落ちる。


「っ……!」


「皆様」


 レイナの声が戦場へ届く。


「恐怖を無くす必要はございませんわ」


 タケルが顔を上げる。


 レイナは微笑んだ。


「それでも進めれば、十分です」


「……はい!」


 タケルが杖を握る。


 美女の魔女。


 巨大な鎧。


 仮面の男。


 黒い影。


 四つの戦場は、さらに激しさを増している。


 そして。


 その奥。


 魔王城の高い塔から。


 一つの影が、静かに戦場を見下ろしていた。


「……なるほど」


 低い声が響く。


「誘惑にも」


「恐怖にも」


「まだ抗うか」


 玉座に腰掛けた魔王が、僅かに笑う。


「ならば次は」


 細い指が、ゆっくり動いた。


「互いを疑ってもらおう」

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