第33話 魔王討伐開始
魔王討伐当日。
夜明けとともに、リュミエール王国の城前には各地から集められた討伐隊が次々と姿を現していた。
名の知れた最高ランクの冒険者パーティー。
各国から派遣された騎士団。
攻撃魔法を得意とする魔法部隊。
治療を担う回復部隊。
物資を運ぶ補給部隊に、負傷者の救助と退路確保を担当する者たち。
これまで世界各地に散っていた戦力が、今は一つの場所へ集まっている。
その最前列に並んでいたのは、ロイヤル・フラグメント。
レイナ。
アルカディア。
そしてスターライトだった。
「……人、多くない?」
レナードが振り返る。
城前の広場だけでは収まりきらず、大通りの向こうまで冒険者や兵士の列が続いていた。
タケルも杖を握りながら周囲を見る。
「世界規模で集めたんだから、そりゃそうだよ……」
「急にラスボス感出てきたな」
「魔王なんだから最初からラスボスだよ」
「それもそうか」
いつものような会話をしながらも、二人の表情は普段より引き締まっていた。
イオリは剣の柄を確かめ、サキも矢筒の位置を直している。アヤコ、マイ、ミハルもそれぞれの装備を確認し、誰一人として浮ついた様子はなかった。
少し離れた場所では、アルカディアのリーダーが周辺の部隊と配置を確認している。
そのさらに前。
ロイフラは相変わらず明るかった。
「今日みんな一緒だねー!」
エリオットが嬉しそうに周囲を見る。
「久しぶりだね!」
ノエルも笑う。
「いっぱい動けそう!」
セシルはすでに準備運動を始めていた。
「お前ら今から魔王討伐だよね?」
レナードが思わず聞く。
「そうだよー!」
「遠足みたいなテンションなんだけど!」
エミールはそんなやり取りの横で、各部隊の配置表を確認している。
「補給班は三列目、回復班は中央寄りでいいね。退路は二本確保してあるよ!」
「急に仕事できるじゃん」
「ずっとできるよ!」
「好感度表の人なのに」
「それ関係ないよ!」
ルシアンが楽しそうに笑い、アレクシスは周囲の立ち位置を見ながら首を傾げる。
「もう少し右の方がきれいじゃない?」
「今それいる?!」
「いるよ。ぶつかったら危ないでしょ?」
「正論だった!」
レオンは盾を背負いながら、その光景を穏やかに見ていた。
そして少し離れた場所では、レイナが全体を静かに確認している。
その落ち着いた姿を見て、タケルが小さく息を吐いた。
「……なんか、みんな全然緊張してないね」
「強者の余裕じゃない?」
「僕には無理だなぁ……」
「大丈夫だって」
レナードがタケルの肩を軽く叩く。
「ここまで来たじゃん」
タケルは少し驚いたようにレナードを見たあと、小さく笑った。
「……うん」
その時だった。
ざわめいていた広場に。
澄んだ鈴の音が響く。
チリン。
その一音だけで、空気が変わった。
先ほどまで話していた者たちも口を閉じる。
全員の視線が、王宮の正面階段へ向いた。
階段の上に立つバルドが、静かに一礼する。
「姫様から、作戦のお話がございます」
広場が完全に静まり返った。
次の瞬間。
カツ。
カツ。
カツ。
靴音だけが響く。
王宮から、一人の少女が姿を現した。
華やかな衣装。
小柄な身体。
遠目から見れば、まるで物語に出てくる可愛らしい姫そのものだった。
だが、その場にいた誰一人として軽く見る者はいない。
リリアーナは階段をゆっくり下りると、途中で足を止めた。
そこから広場全体を見渡す。
ロイヤル・フラグメント。
レイナ。
アルカディア。
スターライト。
そして、その後ろに集まった無数の冒険者と兵士たち。
「ロイヤル・フラグメント、レイナ、アルカディア、スターライトが前線を行く」
名前を呼ばれた者たちの表情が引き締まる。
リリアーナはその後ろに並ぶ討伐隊へ視線を移した。
「けど、前線が全てちゃう」
誰も口を挟まない。
「お前らの力も、存分に発揮してくれ」
その言葉に、後方に並んでいた冒険者たちが僅かに顔を上げた。
前線だけでは戦えない。
負傷者を救う者がいる。
魔力を回復させる者がいる。
物資を届ける者がいる。
退路を守る者がいる。
周辺から押し寄せる魔物を食い止める者がいる。
その全てが揃って、初めて戦いになる。
リリアーナは集まった者たちを一人ずつ見るように、ゆっくり視線を巡らせた。
「相手は、世界規模の災害起こした魔王や」
空気が張り詰める。
レナードから笑みが消えた。
タケルも杖を強く握る。
「舐めてかかったヤツから死ぬ」
短い言葉だった。
だが、その場にいた全員へ十分に届いた。
これまで倒してきた魔物とは違う。
黒い紋章によって世界各地を混乱させ、多くの人々を危険に晒した元凶。
今日向かうのは、その本拠地だった。
リリアーナは少しだけ間を置いた。
そして、声を張る。
「一人残らず生きて帰ってこい!」
「オオオオオオーーーーー!!!!」
地面が揺れた。
数え切れないほどの声が、城前の広場から空へ突き抜ける。
イオリは胸の前で拳を握った。
サキも力強く頷く。
アルカディアの面々が武器を構える。
ロイフラも一斉に顔を上げた。
「絶対帰ってこよー!」
エリオットが叫ぶ。
「もちろん!」
ノエルが続く。
「最高ぉう!」
セシルまで拳を上げる。
「お前らだけテンション違うんだよ!」
レナードが思わず突っ込んだ。
緊張していたスターライトから、僅かに笑いが漏れる。
レイナはそんな全員を見て、静かに微笑んだ。
「参りましょう」
レナードが剣を抜く。
「よし」
タケルも杖を握り直した。
「……行こう」
イオリが二人の横へ並ぶ。
「全員で帰りますよ」
「もちろん」
サキも笑う。
「一人でも欠けたらダメだからね」
「分かってるって」
レナードはそう答えると、もう一度正面を見る。
階段の上では、リリアーナがまだ全軍を見ていた。
その表情からは、さっきまで応接室で笑っていた少女の面影が消えている。
静かに。
ただ真っすぐ。
戦場へ向かう者たちを見据えていた。
やがてリリアーナが口を開く。
「魔王討伐開始や」
その一言を合図に。
先頭にいたロイヤル・フラグメントが動き出した。
レイナが続く。
アルカディア。
スターライト。
そして、その後ろから各国の討伐隊が一斉に進み始める。
巨大な隊列が王都を抜け、魔王の待つ地へ向かっていく。
レナードは歩きながら一度だけ振り返った。
遠くなっていく王宮の階段。
その上には、まだリリアーナが立っている。
「……一人残らず、か」
タケルが隣を見る。
「うん」
レナードは前へ向き直った。
「じゃあ、帰ってこないとな」
「当たり前だよ」
二人は並んで歩き出す。
その先に何が待っているのか。
まだ誰も知らなかった。
ただ一つ分かっているのは。
ここから先。
今までの戦いとは、何もかもが違うということだった。




