第31話 全攻略の姫
リリアーナが席につくと、ようやく広間の緊張が少しだけ緩んだ。
とはいえ、アルカディアの面々はまだ背筋を伸ばしたままで、イオリに至っては先ほど「変わったな」と言われた余韻が抜けていないのか、頬を赤くしたまま静かに座っている。
そんな中、ミレーヌが黒革の手帖を開いた。
「それでは、レイナさんからの最終報告を読み上げます」
スターライトとアルカディアの視線が集まる。
「スターライトは、ロイヤル・フラグメントの皆様との訓練を経て、戦闘能力だけでなく、連携、判断力、魔力配分、体調管理、危機回避能力の全てにおいて大きく成長。最終討伐では、互いの動きを把握し、指示を待たずとも不足を補い合える状態に到達したとのことです」
ミレーヌは一度ページをめくった。
「アルカディアにつきましては、当初より高い戦闘能力と判断力を有し、各地の討伐において安定した成果を上げています。ロイヤル・フラグメントの皆様との共同戦線においても、連携上の大きな問題はなし、との報告です」
「そうか」
リリアーナは短く答えると、アルカディアへ目を向けた。
「アルカディアは思ってた通りの働きやった。アイツらが教えんでもできてたみたいやな」
アルカディアのリーダーがすぐに頭を下げる。
「とんでもございません。ロイヤル・フラグメントの皆様から、我々も数多くのことを学ばせていただきました」
「謙遜せんでええ」
リリアーナは軽く手を振った。
「できとる奴は、できとる。それでええ」
「……ありがとうございます」
リーダーがもう一度頭を下げる。
リリアーナは今度はスターライトへ視線を移した。
「お前らも、だいぶ使えるようになったみたいやな」
「使えるって言い方すんだ」
レナードが笑う。
「褒めとるやろ」
「褒め方が若頭なんだよなぁ」
「なんか言うたか?」
「何でもないっす!」
タケルが横で小さく笑った。
リリアーナも特に気にした様子はなく、紅茶へ手を伸ばす。
「そこでや」
その一言で、再び全員の空気が引き締まった。
「アルカディアとスターライトは、うちのヤツら――ロイフラとレイナと一緒に、前線任せようと思う」
一瞬、誰も意味を理解できなかった。
そして。
「えーーーーーっ?!」
スターライトとアルカディアの声が広間いっぱいに響いた。
レナードが真っ先に身を乗り出す。
「前線って、魔王の?!」
「他に何があんねん」
「いや、いきなり責任重くない?!」
「ここまで来て今さら何言うとんねん」
タケルも自分を指差した。
「ぼ、僕たちも……?」
「お前らもや」
「僕、まだ魔法使いとしてはそんなに……」
「一人でやれ言うてへんやろ」
リリアーナは呆れたようにタケルを見る。
「できんことは、できる奴に任せたらええ。自分ができることをちゃんとやれ。それで十分や」
「……はい」
タケルが素直に頷いた。
アルカディアのリーダーはすぐに立ち上がり、深く頭を下げる。
「必ず、ご期待に応えてみせます」
「あぁ。頼むで」
リリアーナは短く答えたあと、何かを思い出したようにミレーヌへ顔を向けた。
「それからミレーヌ」
「はい」
「そこの歌舞伎町のホストみたいなんと、陰キャ地味男。後で連れてきて」
「俺らァ?!」
「ぼ、僕も?!」
二人の声がまた綺麗に揃った。
「他に誰がおんねん」
レナードが自分の顔を指差す。
「前より具体的になってんじゃん! 歌舞伎町まで付いた!」
「似とるやん」
「似てるけど!」
ミレーヌは笑いを堪えながら手帖を閉じた。
「では、お二人はこちらへどうぞ」
「今?!」
「はい」
レナードとタケルが顔を見合わせる。
その間に、レイナが残された者たちへ柔らかく微笑んだ。
「皆様は、どうぞお寛ぎくださいませ。お食事も遠慮なさらずに」
ようやく食べていい空気になったのか、サキが嬉しそうにパンへ手を伸ばす。
その横で、イオリだけはまだリリアーナを見ていた。
リリアーナが立ち上がりかけて、ふとその視線に気づく。
「あぁ、そうや」
ミレーヌへ顔を向けた。
「こいつら終わったら、スターライトの女騎士呼んで」
「え!!!!」
イオリの声が響いた。
広間中の視線が一斉に集まる。
イオリ自身も驚いたのか、一瞬で顔を赤くした。
「……し、失礼しました」
レナードが指を差す。
「今日一番デカい声出た!」
「うるさいです!」
「めっちゃ嬉しそうじゃん!」
「当然でしょう!!」
リリアーナは不思議そうにイオリを見る。
「ほな、後でな」
「はい!!」
「返事もデカい!」
◇
レナードとタケルが案内されたのは、大広間から少し離れた応接室だった。
大きな窓の向こうには整えられた庭園が広がり、中央のテーブルには先ほどと同じように焼きたてのパンや洋菓子、紅茶が用意されている。
リリアーナがソファへ腰を下ろし、ミレーヌもその隣へ座った。
そして。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の男も、当然のようにリリアーナの横に立っている。
レナードとタケルは、ほぼ同時にそちらを見た。
男も二人を見る。
また目を細めた。
「……」
「……」
「やっぱ見えとるな」
突然リリアーナが言った。
「え?」
二人が同時に振り向く。
リリアーナは頬杖をつきながら、まっすぐ二人を見ていた。
「お前ら、転生者やろ?」
レナードとタケルが固まる。
「しかも、俺の魂見えとるやろ」
今度こそ、二人は完全に黙った。
数秒後。
レナードが恐る恐る頷く。
「……はい」
「僕も見えてます……」
「やっぱりな」
リリアーナは納得したように頷いた。
ミレーヌも黒スーツ姿の男へ視線を向ける。
「でも、不思議ですね」
「何がや?」
「私と清司さんには前世のお姿があるのに、お二人にはありません」
「清司さん?」
レナードが思わず反応する。
「この人、清司っていうんすか?」
「せや」
リリアーナがあっさり答える。
レナードは改めて清司を見る。
黒いスーツ。
肩に担いだ刀。
鋭い目。
どう見ても、自分が今まで見てきた勇者や騎士とは種類が違う。
「……名前分かっても怖いな」
「なんでや」
「いや、雰囲気が」
清司がまた僅かに目を細めた。
「ほら!」
「知らんがな」
タケルはそんな二人を見ながら、まだ少し緊張している。
リリアーナが二人を順番に見た。
「お前らも乙女ゲームなんか?」
「いや」
レナードが首を振る。
「俺達はギャルゲーっす」
一瞬。
リリアーナとミレーヌの動きが止まった。
次の瞬間。
「……!!」
リリアーナが盛大に吹き出した。
ミレーヌも口元を押さえながら笑い出す。
「ギャルゲー?!」
「そうっす」
「逆やんけ!!」
「こっちは笑い事じゃないんすよ!」
レナードが身を乗り出した。
「俺、陽キャで戦力チートなんすけど、こいつ攻略対象チートなんすよ!」
「ちょっと……!」
タケルが慌てて止める。
「その言い方やめてよ!」
「でもそうじゃん!」
「攻略対象チートって何やねん」
リリアーナはまだ笑っている。
「好感度とかイベント条件とか、爆弾とか。こいつそういうのめっちゃ分かるんすよ」
「爆弾?」
ミレーヌが首を傾げた。
タケルが恥ずかしそうに説明する。
「女の子の不満とかが溜まると、爆弾が出るんです……」
「なんやそれ!」
リリアーナがまた笑う。
「怖すぎるやろ!」
「怖いんすよ!」
レナードも勢いよく頷く。
「俺、前世女だったんで、女心とか余裕っしょって思ってたんすけど!」
リリアーナの笑いが止まる。
「待て。お前、前世女やったんか?」
「そうっす」
リリアーナがレナードの顔をじっと見る。
「それで今これなん?」
「これって何?!」
「ホスト」
「勇者っす!」
「見た目ホストやん」
「それは認めます!」
ミレーヌがまた吹き出した。
その時。
チリン。
いつの間にか傍らへ来ていたバルドが、静かに一礼する。
「お召し上がりながらどうぞ」
「タイミング完璧だな!」
レナードが笑いながらパンを取る。
タケルもようやく緊張が解けたのか、目の前の焼き菓子へ手を伸ばした。
レナードはパンを一口食べてから、ふと思い出したようにリリアーナを見る。
「でも、マジで聞きたいんすけど」
「なんや」
「俺、前世女だったから、女心余裕ーって思ってたんすよ」
「さっき聞いた」
「でも好感度表示とか爆弾表とか、現実と違いすぎてわけ分かんないんすよ!」
「やろな」
「で、聞いたんすよ」
レナードが少し身を乗り出す。
「リリアーナ姫、ロイフラ全攻略してるって」
「攻略ちゃうけどな」
「でも全員、めちゃくちゃ好きじゃないっすか!」
「せやな」
「どうやったんすか?」
タケルまで興味を持ったように顔を上げる。
リリアーナはしばらくレナードを見た。
それから、呆れたように息を吐く。
「お前、ノリで行ったやろ」
「え?」
「図星やな」
リリアーナが口元を少し上げる。
「可愛いとか、髪綺麗とか、ホストが言うようなこと言って爆弾やったんやろ」
「……」
レナードが固まった。
ミレーヌが盛大に吹き出す。
「絶対そうですよ」
笑いながら言われ、レナードはゆっくりタケルを見る。
「……やべぇ。見抜かれてる」
「図星なんだ……」
リリアーナはさらにレナードを見る。
「しかも討伐の時も『俺TUEEEE』とか言ってそうやな」
「……」
今度はタケルまで固まった。
「やばい!」
タケルが勢いよくリリアーナを見る。
「なんでそこまで分かるんですか?!」
「分かるやろ」
「なんで?!」
「こいつ、顔に全部出とる」
「俺そんな分かりやすい?!」
「分かりやすい」
ミレーヌも笑いながら頷く。
「ものすごく分かりやすいです」
「二人して刺してくんじゃん!」
リリアーナは紅茶を一口飲むと、今度は少しだけ真面目な顔になった。
「せやからアカンねん」
「え?」
「可愛い、髪綺麗、似合っとる。そんなん、相手が喜びそうなこと選んで言うだけやったら誰にでもできるやろ」
レナードの表情から、少しずつ笑いが消える。
「本音でぶつかることやな」
「本音……」
「せや。嫌われんように立ち回って、相手に合わせてもお前自身が何考えとるか何も分からん」
タケルも黙って聞いている。
リリアーナは二人を見ながら続けた。
「間違てええ。できんことは、できんでええ。守るって決めたら最後まで守れ」
レナードがゆっくり瞬きをする。
「男はな」
リリアーナは真っすぐ二人を見た。
「覚悟と責任の取り方で筋通すんや」
部屋が静かになった。
レナードはしばらく何も言わず、リリアーナを見つめていた。
やがて。
「……惚れちゃうって」
「は?」
リリアーナの眉が寄る。
その横でタケルまで小さく頷いた。
「僕も……」
「なんでやねん」
ミレーヌが一瞬だけ黙った。
そして、堪えきれないように笑い出す。
「また攻略対象になってしまいましたね」
「……」
リリアーナの顔が引きつった。
その隣では、刀を肩に担いだ清司が静かに二人を見ている。
リリアーナは頭を抱えた。
「なんでこうなんねん!!!!」




