第30話 リュミエール王国
長く続いた討伐を終え、スターライトとアルカディアはレイナに連れられてリュミエール王国へ入った。
城門を抜けた瞬間。
レナードは馬車の窓へ顔を寄せた。
「……すげぇ」
広い大通りの両側には白い石造りの建物が並び、窓辺には色とりどりの花が咲いている。通りを行き交う馬車まで綺麗に磨かれ、街角には噴水や小さな広場がいくつも設けられていた。
焼きたてのパンの香り。
店先に並ぶ鮮やかな洋菓子。
華やかな服を着た人々。
遠くには巨大な王宮が見え、その尖塔が陽の光を反射して輝いている。
「何ここ」
レナードが窓の外を見たまま呟く。
「街ごとキラキラしてんじゃん」
タケルも反対側の窓から外を眺めていた。
「すごいね……」
「やっぱり乙女ゲームの世界じゃん」
タケルが眼鏡を直す。
「だから、ガチの乙女ゲームの攻略対象だって言ったんだよ」
「誰が?」
「ロイヤル・フラグメント」
「あー……」
レナードはこれまで一緒に戦った者たちを思い出した。
王子。
公爵。
貴族。
全員顔がいい。
全員やたら強い。
そして全員、リリアーナが大好きだった。
「……確かに攻略対象感すごいな」
「でしょ」
「それ全員攻略してる姫って何?」
「知らないよ……」
馬車が王宮へ近づくにつれ、レナードの声が少しずつ小さくなる。
「ていうかさ」
「うん?」
「俺、ちょっと会うの怖いんだよなぁ」
タケルも少し黙った。
「……うん。分かるかも」
「だよね?」
二人が同時に思い出したのは、あの大広間だった。
ふわふわした可愛らしい姫。
その口から飛び出した。
『やる気あるんか? ないんやったら帰れ』
そして、その横。
普通の人間には見えていない。
刀を肩に担いだ、黒スーツ姿の男。
「またいるかな」
レナードが小声で聞く。
「……あの人?」
「うん」
「いるんじゃないかな……」
「怖っ」
前の席に座っていたイオリが振り返った。
「何が怖いんですか?」
「いや、こっちの話」
「リリアーナ姫様にお会いできるというのに、何を怖がる必要があるんです?」
「お前は楽しみすぎなんだよ」
「当然でしょう!」
イオリは今日だけで何度目か分からないほど、自分の服装を確認した。
「変ではありませんよね?」
「討伐帰りより百倍マシ」
「そういうことを聞いているのではありません!」
「大丈夫だって」
サキが笑う。
「朝から何回確認してるの?」
「だって……」
イオリは王宮を見上げた。
「リリアーナ姫様ですよ」
レナードがタケルを見る。
「完全に推しに会う人じゃん」
「うん……」
◇
王宮へ到着すると、一行は広い廊下を通り、客人用の大広間へ案内された。
天井は高く、大きな窓から柔らかな光が差し込んでいる。
壁には細かな装飾が施され、長いテーブルにはすでに食事が用意されていた。
「うわ」
サキが思わず声を漏らす。
焼きたてのパン。
小さなサンドイッチ。
果物を使った色鮮やかなタルト。
艶のあるチョコレート菓子。
クリームを挟んだ焼き菓子。
香りの良い紅茶。
どれも討伐帰りの冒険者に出すものとは思えないほど綺麗に並べられている。
「……休息ってガチの休息じゃん」
レナードが椅子へ座る。
タケルもパンを見て目を丸くした。
「すごい……」
アルカディアの面々は、なぜか食事より周囲を気にしていた。
「本当に我々までこの席に……」
「恐れ多い……」
「食べてよろしいのか?」
レナードが不思議そうに見る。
「招待されたんだからいいんじゃない?」
「貴様はもう少し緊張しろ!」
「さっきまでしてたよ」
「緊張の方向が違う!」
イオリはまだ落ち着かない。
紅茶へ手を伸ばしては戻し、パンを見ては姿勢を正す。
「食べないの?」
サキが聞く。
「姫様がお見えになってからの方が……」
「面接じゃないんだから」
レナードが笑った。
「面接より緊張します!」
「重症だな」
その時だった。
澄んだ鈴の音が、大広間へ響いた。
チリン。
空気が一瞬で変わる。
奥の扉の前に立っていたバルドが静かに一礼した。
「姫様が参られます」
アルカディアの面々が一斉に立ち上がる。
「え、立つの?」
レナードも慌てて腰を上げた。
「立て!」
「はいはい!」
タケルも急いで続く。
イオリだけは最初から完璧な姿勢で待っていた。
扉が開く。
最初に見えたのは、小柄な少女だった。
華やかなドレス。
柔らかく揺れる髪。
どう見ても物語の中から抜け出してきたような、可愛らしい姫。
リリアーナは大広間へ入ると、スターライトとアルカディアを見渡した。
「よう頑張ったみたいやな」
「……!」
イオリの目が一気に輝く。
その横で。
レナードとタケルだけが別の場所を見ていた。
リリアーナのすぐ隣。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の男がいる。
「……いる」
レナードが小声で呟く。
「いるね……」
タケルも声を落とした。
男は何も言わない。
ただリリアーナの隣に立ち、こちらを見ている。
そして。
レナードとタケルへ視線を向けた。
ゆっくり。
僅かに目を細める。
「……」
「……」
レナードの背筋に冷たいものが走った。
「目ぇ細めた」
「うん……」
「俺らなんかした?」
「知らないよ……」
イオリが小声で注意する。
「静かにしてください」
「お前には見えてないから言えんだよ!」
「何がです?」
「何でもない!」
リリアーナはそんな二人の様子を見て、僅かに眉を上げた。
「なんや。そこのホストと陰キャ」
二人の肩が同時に跳ねた。
「覚えられてる!!」
「声大きいよ……!」
「元気そうやな」
「はい!!」
二人の返事だけが妙に揃った。
リリアーナの口元が少し上がる。
「そんな緊張せんでええ。今日は休め」
そう言ってテーブルを指す。
「腹減っとるやろ」
「……え?」
レナードが料理を見る。
「食っていいの?」
「そのために用意しとんねん」
「普通に優しいじゃん……」
「なんやと思ってんねん」
「いや……」
レナードは言葉を止めた。
リリアーナの横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の男が、まだこちらを見ている。
「……やっぱ怖い」
「何がや」
「何でもないです!!」
タケルは静かに顔を伏せた。
一方。
イオリはそんな二人を完全に無視して、憧れの人物を目の前にしたまま固まっていた。
リリアーナがその視線に気づく。
「……なんや?」
「えっ」
イオリの身体がびくりと揺れる。
「さっきからめっちゃ見とるけど」
「も、申し訳ありません!」
「別に怒ってへん」
「はい!」
「女騎士やったな」
「はい!」
リリアーナはイオリをしばらく見た。
そして少し笑う。
「顔つき変わったな」
「……!」
イオリの顔が、一瞬で真っ赤になった。
レナードが横から見る。
「今ので?!」
「うるさい!」
リリアーナは何事もなかったように席へ向かう。
その隣を、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の男も静かについていく。
レナードはその背中を見送りながら、タケルへ小声で囁いた。
「……やっぱこの姫、絶対普通じゃないよな」
「うん」
「で、横の人何者なんだよ」
「それが一番分からない……」
二人の知らない答えは。
すぐ目の前を歩いていた。




