第28話 美しい連携
黒い紋章を持つ魔物の討伐は、各地で続いていた。
スターライトも戦うたびに、少しずつ変わっている。
エリオットからは、強いからこそ周囲を見ることを。
エミールからは、味方が動きやすいよう戦場を整えることを。
レオンからは、生きて次も守ることを。
セシルからは、必要な場所へすぐ動くことを。
ノエルからは、自分の限界を知り、無理をしないことを。
同じロイヤル・フラグメントでも、教えることは全員違った。
そして今回、スターライトが派遣されたのは南部の古い城下町だった。
街の外には広い平原があり、その先には森と遺跡が点在している。黒い紋章を持つ魔物が遺跡周辺へ集まり始め、放置すれば城下町へ流れ込む可能性があるという。
「今回は、割と普通の討伐っぽいな」
レナードが遠くの遺跡を見ながら言う。
「普通って言っても、黒い紋章付きだけどね」
タケルは地図を確認しながら答えた。
「数も結構多いみたい」
「まあ、最近こっちも慣れてきたし」
「慣れるものなのかな……」
一行が臨時拠点へ到着すると、入り口には大きな案内板が立てられていた。
『討伐班受付』
『救護所』
『物資保管所』
『避難経路』
すべて見やすい位置に配置され、色も形も統一されている。
さらに臨時拠点とは思えないほど布や旗の飾りまで整えられ、妙に見栄えが良かった。
レナードが足を止める。
「……戦場だよね?」
「そうだと思う」
「なんでこんなオシャレなの?」
「さあ……」
その時、少し離れた場所から明るい声がした。
「そこ、そのままだとちょっと寂しいよー!」
一人の青年が、大きな看板の前で腕を組んでいた。
「文字は見やすいけど、端っこに飾り入れた方がきれい!」
「ですが、アレクシス殿下。これは討伐用の案内板で……」
「討伐用でもきれいな方がいいよ!」
「は、はい!」
レナードがゆっくり振り返る。
「……また殿下?」
アルカディアの面々は、すでに姿勢を正していた。
「アレクシス殿下!」
青年がこちらに気づく。
「あ! スターライトだ!」
ぱっと笑顔になると、そのまま小走りで近づいてきた。
「アレクシスだよ! 今日はよろしくね!」
「よろしく」
レナードは返事をしながら、後ろの案内板を指差した。
「ちなみに、あれもお前?」
「うん!」
「飾ったの?」
「うん!」
「なんで?」
アレクシスは不思議そうに首を傾げた。
「きれいな方がいいでしょ?」
「戦場で?」
「戦場でも!」
「強いな、その美意識」
タケルが小声で聞く。
「アレクシス殿下って、外交もやってるんですよね?」
「うん! 衣装も見るし、看板も見るよ!」
「王子の仕事の幅じゃなくない?」
レナードが突っ込む。
「楽しいよ!」
「本人が楽しいならいいけど!」
◇
討伐隊は準備を終えると、遺跡へ向かって移動を開始した。
しばらく進むと、黒い紋章を持つ魔物の群れが見えてくる。
ウルフ。
オーガ。
さらに空を飛ぶ鳥型の魔物まで混ざっていた。
「結構いるな」
レナードが剣を抜く。
イオリも横へ並び、サキとタケルたちは後方へ広がった。
「いつも通りいくぞ!」
「うん!」
戦闘が始まる。
タケルの炎が群れを分断し、サキの矢が高所の魔物を落とす。イオリが前線を支え、ミハルは死角へ回り込み、アヤコとマイもそれぞれの位置で動いていく。
動きそのものは悪くない。
むしろ以前よりかなり良くなっていた。
だが。
「レナード、そこ危ないよ?」
「え?」
アレクシスの声が飛んだ。
レナードが振り返った瞬間、イオリの剣が目の前を横切る。
「うわっ!」
「レナード!」
二人が慌てて距離を取る。
アレクシスがすぐ近くまで来た。
「今、二人とも同じ場所に入ってたよ」
「敵いたから!」
「うん。でも同じところ行ったらぶつかるよ?」
「まあ……確かに」
アレクシスはレナードとイオリの位置を指差した。
「レナードは半歩前。イオリはちょっと左!」
「こうですか?」
「うん! その方がきれい!」
レナードが眉を上げる。
「きれい?」
「うん!」
「そこ大事?」
「大事だよ!」
アレクシスは当然のように答えた。
「ごちゃごちゃしてたら危ないよ?」
「……急に正論!」
アレクシスはすぐサキの方を見る。
「サキ、そこから撃つとタケルの前通るよ!」
「あっ」
「もう一歩右!」
サキが位置をずらす。
矢を放つ。
今度はタケルの魔法と重ならず、一直線に敵へ飛んでいった。
「そう! 今のきれい!」
「ありがとうございます!」
「やっぱ評価基準そこなんだ」
◇
戦闘が進むほど、アレクシスの言う「きれい」の意味が分かってきた。
ただ見栄えがいいという話ではない。
レナードとイオリの進路が重ならない。
サキの射線とタケルの魔法がぶつからない。
ミハルが敵の背後へ回る時も、アヤコの魔物がその道を塞がない。
マイが回復へ動く場所まで、最初から空いている。
「イオリ、半歩左!」
「はい!」
「タケル、そのまま!」
「分かりました!」
「サキ、今!」
矢が飛ぶ。
直後にタケルの炎が広がり、逃げた魔物がイオリの前へ流れる。
イオリが一撃。
その横からレナードが次の敵へ入る。
「今のすっごくきれい!」
アレクシスが嬉しそうに声を上げた。
レナードも思わず笑う。
「確かに動きやすいな」
「でしょ?」
「でも、お前ずっと美しさ基準なの?」
「うん!」
「ブレねぇな!」
次の瞬間。
オーガの群れが一斉に左右へ広がった。
スターライトもそれぞれ対応しようとする。
だがアレクシスがすぐに手を上げた。
「待って!」
「何?」
「そのまま行くとみんなバラバラになるよ」
レナードが周囲を見る。
確かに敵を追えば、それぞれが別方向へ離れてしまう。
「じゃあどうすんの?」
「こっちに集める!」
「集める?」
アレクシスが片手を前へ向けた。
足元に淡い光が広がる。
次の瞬間。
地面から黒紫色の魔法陣がいくつも浮かび上がった。
「……何それ」
タケルが目を見開く。
「妖魔法だよ!」
魔法陣から細い光の帯が伸びる。
一つ。
二つ。
十。
二十。
無数の帯が森の中へ走り、逃げようとしていた魔物の足や身体へ絡みついた。
大型オーガまで、一斉に動きを止める。
「……全部止まった」
サキが呟く。
レナードも固まっていた。
「何体止めてんの?」
アレクシスは首を傾げる。
「分かんない!」
「数えてないの?!」
「いっぱい!」
「小一の答え!!」
魔物たちが必死に抵抗する。
だが光の帯は切れない。
「ちょっと止まっててね!」
アレクシスが笑う。
大型オーガが吠えながら腕を振り上げる。
その瞬間。
透明な障壁が現れ、拳を完全に受け止めた。
ドォン!!
衝撃で地面が揺れる。
それでも障壁には傷一つつかない。
「動いたら危ないよ?」
アレクシスが困ったように言う。
レナードが振り返る。
「誰が危ないんだよ?!」
「みんな!」
「お前の魔法が一番怖ぇよ!!」
◇
アレクシスはそのまま指先を動かした。
拘束された魔物たちの身体が、少しずつ位置を変えていく。
「え?」
タケルが目を丸くする。
オーガ。
ウルフ。
鳥型の魔物。
種類も大きさも違う敵が、まるで床の上の駒を動かすように一か所へ集められていく。
「ちょ、待って」
レナードが魔物たちを見る。
「並べてない?」
「うん!」
「敵だぞ?!」
「分かってるよ!」
「収納してるみたいになってんだけど!!」
アレクシスは位置を確認すると満足そうに頷いた。
「これできれい!」
「基準そこ?!」
「みんな戦いやすいでしょ?」
言われてみれば、その通りだった。
魔物は無秩序に広がっていない。
前衛が戦えるだけの空間を残し、後衛の射線も確保されている。
逃げ道も塞がれていた。
「レナードとイオリは前!」
「了解!」
「サキは高いところ!」
「分かった!」
「タケル、真ん中!」
「はい!」
「ミハルは後ろ回って!」
「任せてください!」
全員が同時に動く。
アレクシスの拘束が一部だけ解ける。
そこから出てきた魔物を、レナードとイオリが受ける。
サキの矢が飛び。
タケルの炎が広がり。
ミハルが背後から仕留めていく。
敵は大量にいる。
それでも、スターライトの動線は一度も重ならなかった。
「うん! きれい!」
アレクシスが嬉しそうに笑った。
◇
残りの魔物が少なくなった頃。
遺跡の奥から、巨大な咆哮が響いた。
石壁が崩れる。
その向こうから現れたのは、黒い紋章を全身に刻まれた巨大な魔獣だった。
四本の腕。
長い尾。
背中には黒い翼まである。
「盛りすぎだろ!」
レナードが思わず叫ぶ。
魔獣が地面を蹴る。
信じられない速度で接近し、四本の腕を一斉に振り下ろした。
「散れ!」
スターライトが左右へ飛ぶ。
だが魔獣はすぐに翼を広げ、空へ飛び上がった。
「空も行けんの?!」
サキが弓を構える。
矢を放つ。
しかし魔獣は尾で弾き落とした。
「速い!」
タケルが炎を撃つ。
それも翼で巻き起こした風に押し返される。
「厄介だな!」
レナードが剣を構えた。
その横で、アレクシスが魔獣を見上げていた。
「うーん」
「何?」
「美しくない」
「そこ?!」
「だって腕四本もあるし、翼も尾もあるよ?」
「敵のデザインに文句言うなよ!!」
アレクシスは少し考える。
そして、ぱっと笑った。
「じゃあ止めるね!」
「軽っ!」
両手を前へ向ける。
さっきまでとは比べ物にならないほど巨大な妖魔法陣が、空一面へ広がった。
タケルが顔を上げる。
「……え」
魔法陣は一つではない。
上下。
左右。
前後。
巨大な魔獣を囲むように、何重もの魔法陣が展開される。
「アレクシス殿下……?」
アルカディアの一人が息を呑む。
アレクシスは楽しそうに両手を合わせた。
「はい!」
空間が閉じた。
何本もの妖魔法の鎖が魔獣へ巻きつき、四本の腕、翼、尾、その全てを同時に拘束する。
巨大な身体が、空中で完全に止まった。
「……」
レナードが黙る。
魔獣が咆哮しながら抵抗する。
魔法陣が僅かに揺れる。
しかし。
それだけだった。
「ちょっと暴れてるね」
アレクシスが指先を動かす。
鎖がさらに締まる。
魔獣の身体が、そのまま地面へ叩き落とされた。
ドォォォォン!!
土煙が空高く上がる。
レナードがゆっくりアレクシスを見る。
「……お前、一人で倒せる?」
「倒せるよ!」
「やっぱり!!」
「でもみんなでやるんでしょ?」
「またこのパターンかよ!」
アレクシスは笑う。
「みんなでやった方がきれいだよ!」
「理由がアレクシスすぎる!!」
◇
土煙の中から魔獣が起き上がろうとする。
アレクシスはすぐ全員を見る。
「じゃあいくよ!」
スターライトが武器を構えた。
「レナード、前!」
「了解!」
「イオリ、左!」
「はい!」
「サキ、翼!」
「任せて!」
「タケル、右側!」
「分かりました!」
「ミハル、後ろ!」
「はい!」
アレクシスが拘束を少しだけ緩める。
魔獣が腕を振り上げる。
レナードが正面から受ける。
その隙にイオリが左側の腕を斬り、サキの矢が翼へ突き刺さった。
タケルの炎が右側を覆い、魔獣がそちらへ逃げるのを防ぐ。
背後ではミハルが尾の付け根へ刃を入れた。
「次!」
アレクシスの声が飛ぶ。
全員が同時に位置を変える。
一人もぶつからない。
一人も誰かの攻撃を邪魔しない。
魔獣が向きを変える頃には、次の攻撃がもう始まっている。
レナードが大きく踏み込んだ。
その横にはイオリ。
背後にはタケルたち。
全員の位置が見える。
「……これか」
レナードが小さく笑った。
力任せに前へ出るだけではない。
誰がどこにいるのか。
次に誰が動くのか。
自分がどこへ行けば、全員が一番動きやすいのか。
「イオリ、半歩左!」
「分かりました!」
「タケル、今!」
「火よ!」
炎が上がる。
魔獣が怯む。
「サキ!」
「任せて!」
矢が黒い紋章へ突き刺さる。
「よし!」
レナードが最後に飛び込んだ。
一閃。
黒い紋章が大きく切り裂かれる。
魔獣の身体が揺れ、そのまま地面へ倒れた。
静寂が戻る。
アレクシスが両手を上げた。
「今のすっごくきれいだった!」
レナードが息を整えながら笑う。
「……そこ褒められると、ちょっと嬉しいな」
「でしょ?」
「でもさ」
「なに?」
「お前の魔法が一番反則だったけどな」
アレクシスが不思議そうに首を傾げる。
「そう?」
「そうだよ!!」
◇
討伐を終えて臨時拠点へ戻ると、アレクシスは休む間もなく入り口の案内板を見ていた。
「やっぱりここの飾り、もうちょっと大きい方がいいかな?」
「まだそれやってんの?!」
レナードが呆れる。
「だって見にくかったら困るよ?」
「美しさの話じゃなかったの?」
「きれいで見やすい方がいいよ!」
「両方なんだ」
イオリも戻ってきた仲間たちを見ながら、静かに頷いた。
「ですが、今日の戦いは確かに動きやすかったです」
「でしょ!」
アレクシスが嬉しそうに笑う。
「みんなが好き勝手に動いたら危ないからね。ちゃんと相手を見て、邪魔しない場所にいる方がいいよ!」
レナードは少しだけ考える。
「強い奴が一人で突っ込むより?」
「うん!」
「……耳痛ぇ」
タケルが横から笑った。
「最近ずっと同じこと教えられてるね」
「言うなよ」
アレクシスはそんな二人を見ながら、完成した案内板へ満足そうに頷いた。
「うん! これもきれい!」
レナードが笑う。
「戦闘も看板も同じ評価なんだな」
「きれいなのはいいことだよ!」
「まあ……今日でちょっと分かったわ」
アレクシスがぱっと笑顔になる。
「じゃあ最高!」
「それセシルじゃん!」
夕暮れの臨時拠点に、レナードの声が響いた。




