第27話 己の限界を知る
黒い紋章を持つ魔物の討伐は、少しずつスターライトの戦い方まで変えていた。
強いからこそ周囲を見る。
味方が動きやすいように戦場を整える。
守るために命を捨てない。
そして、必要な場所へすぐ動く。
エリオット、エミール、レオン、セシル。
ロイヤル・フラグメントと共に戦うたび、スターライトはそれぞれ違う形の強さを学んでいた。
次に向かったのは、北東部の丘陵地帯だった。
なだらかな丘と小さな森が点在する地域で、黒い紋章を持つ魔物が数日にわたって現れ続けている。大きな群れではないものの、討伐班が休む暇もなく戦い続けたことで、負傷者と魔力切れの冒険者が増えているらしい。
「今回、敵より味方の方がヤバそうじゃん」
現地の臨時拠点へ向かいながら、レナードが周囲を見回した。
道端には包帯を巻いた冒険者が座り、少し離れた場所では魔力を使い切った魔法使いが横になっている。
「何日も交代しながら戦ってるみたい」
タケルも少し不安そうに答える。
「治ってもすぐ前線に戻ってる人が多いって」
「根性あるなー」
「根性で魔力は戻らないよ」
「分かってるって」
そんな会話をしながら拠点へ入ると、中央にある救護用の大きな天幕から、明るい声が聞こえてきた。
「はい、今日はもう休んで!」
「ですが、まだ戦えます!」
「戦えるのは分かってるよ。でも今日は終わり!」
「ノエル殿下、もう一度だけ――」
「ダメー!」
レナードが足を止める。
「……誰?」
天幕から出てきたのは、柔らかなゴールドの髪を揺らす青年だった。
エリオットによく似た整った顔立ちだが、雰囲気はもっと柔らかい。可愛らしい印象の大きな瞳で負傷者を見送りながら、こちらに気づくとぱっと笑顔になった。
「あ! スターライト!」
アルカディアの面々がすぐに姿勢を正す。
「ノエル殿下!」
「また殿下だ」
レナードが小声で言う。
タケルが隣で呟いた。
「エリオット殿下の双子の弟だよ」
「双子?!」
レナードが二度見する。
「確かに似てるけど、こっちの方が可愛い系じゃん」
「聞こえてるよ!」
ノエルが笑いながら近づいてきた。
「ノエルだよ! 今日は一緒に行くんだって!」
「よろしく」
「よろしくね!」
レナードはノエルの姿を眺めた。
「回復役なんだよね?」
「うん! 回復得意だよ!」
「じゃあ今日は安心じゃん」
「安心だけど、怪我していいって意味じゃないからね!」
「先に釘刺された」
◇
討伐へ出る前に、ノエルはスターライト全員を順番に見て回った。
怪我の有無だけではない。
顔色を見て、手を取り、呼吸を確認し、歩き方まで見ている。
「サキは大丈夫!」
「ありがとう」
「イオリも大丈夫。ちょっと肩固いけど」
「分かるんですか?」
「分かるよ!」
次にタケルの前へ来る。
ノエルは少しだけ首を傾げた。
「タケル、昨日いっぱい魔法使った?」
「え?」
「右手、ちょっと握りづらそう」
タケルが自分の手を見る。
「……確かに少しだけ」
「今日は使いすぎないでね!」
「でも魔力は戻ってます」
「戻ってても、身体が追いついてないことあるから」
ノエルはそう言ってから、最後にレナードを見る。
「レナードは――」
「俺は余裕!」
「まだ何も言ってない!」
「でも余裕だから」
「じゃあ余裕じゃなくなったらちゃんと言ってね!」
「ならないと思うけど」
ノエルの頬が少し膨らんだ。
「そういう人が一番言わないんだよ!」
「可愛い顔で怒られた」
◇
丘を越えた先で、最初の黒紋章付きの魔物が現れた。
獣型が数体。
その後ろにはオーガ。
スターライトはすぐに広がり、レナードとイオリが前へ出る。
「サキ、右!」
「分かった!」
「タケル、左止めて!」
「火よ!」
炎が地面を走り、魔物の進路を塞ぐ。
その間にミハルが横から入り、アヤコの魔物が群れを崩した。
戦闘自体は順調だった。
ただ、敵は一度では終わらなかった。
一つの群れを倒すと、丘の向こうからまた別の群れ。
さらに森の奥からもう一つ。
小規模な戦闘が何度も続く。
最初に変化が出たのは、サキだった。
矢を放つ。
一体を仕留める。
だが次の矢は、僅かに右へ逸れた。
「……あれ?」
「サキ、休憩!」
ノエルの声がすぐに飛んだ。
「え? まだ大丈夫だよ」
「肩上がってるよ!」
サキが自分の肩を見る。
「そう?」
「うん。さっきより弓引く時に力入ってる!」
「でも、まだ撃てるよ」
「撃てるけど、当たらなくなる前に休も!」
ノエルはすぐに別の冒険者へ合図を出し、サキの位置へ入らせた。
「十五分だけ!」
「……分かった」
「ちゃんと水も飲んでね!」
「はーい」
レナードが魔物を斬りながら横目で見た。
「めっちゃ細かく見てんな」
その直後。
「タケルも止まって!」
「僕も?!」
タケルは驚きながら振り返った。
「まだ魔力あります!」
「手、震えてるよ!」
「え?」
杖を持つ手を見る。
よく見なければ分からないほど僅かだが、確かに震えていた。
「……ほんとだ」
「まだ魔法出せても、次にちゃんと動けなくなったら危ないよ!」
「でも今止まったら――」
「代わりいるよ!」
ノエルは迷わず別の魔法使いへ手を振った。
「こっちお願い!」
「はい、ノエル殿下!」
「タケルは休憩!」
タケルが少し悔しそうに杖を下げる。
「……はい」
「大丈夫! 休んだらまた戦えるから!」
◇
戦闘が続く中、今度はイオリの前へ大型オーガが現れた。
剣と棍棒がぶつかる。
一度。
二度。
三度。
イオリは押し返されながらも立ち続けた。
「まだいけます!」
ノエルがすぐに顔を上げる。
「イオリ!」
「大丈夫です!」
「大丈夫じゃないよ!」
「まだ戦えます!」
「戦えるのと、無理してないのは違うよ!」
その言葉に、イオリの動きが僅かに止まった。
ノエルはすぐに走り出した。
オーガが棍棒を振り上げる。
次の瞬間。
眩い光がイオリの前に広がった。
巨大な棍棒が光の壁へぶつかり、そのまま弾き返される。
「……!」
イオリが目を見開く。
ノエルはイオリの前へ立った。
「少し下がって!」
「ですが――」
「休んでまた戻ってきた方がいいよ!」
オーガがもう一度襲いかかる。
ノエルは片手を前へ向けた。
強い光が一気に収束する。
「えいっ!」
閃光。
ドォン!!
光がオーガの胸を貫き、黒い紋章ごと巨体を吹き飛ばした。
レナードが固まる。
「……回復役?」
「うん!」
「今めっちゃ攻撃したよね?!」
「光魔法も得意だよ!」
「また“回復もできる”タイプじゃん!!」
ノエルは倒れたオーガを確認すると、すぐにイオリへ向き直った。
「ほら、休憩!」
「……はい」
イオリは少し悔しそうだったが、それでも素直に剣を下ろした。
◇
短い休憩の間。
サキとタケル、イオリが水を飲んでいる横で、レナードはノエルを見ていた。
ノエルは別の負傷者へ回復魔法をかけながら、顔色や呼吸を一人ずつ確認している。
「なあ」
「なに?」
「お前、ずっと人見てるよな」
「うん!」
「怪我してなくても分かんの?」
「全部は分からないよ。でも、いつもと違うのは分かる!」
ノエルは回復を終えると、こちらへ戻ってきた。
「僕ね、前はずっと『僕を見て!』ってリリアーナに言ってたんだけど、人を見ろって教えてもらったんだ!」
「……想像できる」
「なんで?!」
「なんとなく」
ノエルは少しだけ頬を膨らませたが、すぐに笑った。
「それで孤児院に行ったんだ!」
「それで?」
「最初は、なんで僕がー?!って思ったよ!」
ノエルは両手を広げる。
「でもね、子どもたち見てると分かるようになったんだ。元気そうにしてても本当はしんどい子とか、寂しいのに笑ってる子とか!」
イオリが顔を上げた。
「リリアーナ姫様……!」
レナードがすぐ横を見る。
「もう様固定なんだ」
「当然でしょう!」
ノエルも嬉しそうに頷く。
「リリアーナはかっこよくて、可愛くて、最高だよ!」
「お前もか!」
「うん!」
「信者側じゃん」
ノエルの頬がぷくっと膨らんだ。
「信者じゃないよ!」
「じゃあ何?」
ノエルは真っすぐレナードを見る。
「愛してるんだ!」
「重さ上がったァァァ!!」
タケルが思わず笑う。
ノエルは気にせず続けた。
「僕たちみんな、負けないくらい愛してるんだ!」
「競ってんの?」
「競ってないよ!」
ノエルは笑った。
「みんなのリリアーナなんだよ!」
レナードが一瞬黙る。
「……それで揉めないの?」
「なんで?」
「いや、普通好きな人一緒だったらさ」
「僕たちみんな仲良しだよ!」
「平和すぎるだろ!!」
タケルが少し考え込む。
「……全員への好感度管理が完璧なら、爆弾が――」
「攻略じゃないよ!」
「すみません」
「怒られた」
レナードが笑った。
イオリはそれどころではない。
「リリアーナ姫様は、ロイヤル・フラグメントの皆様にも平等に……?」
「うん! リリアーナはみんな大事にしてくれるよ!」
「やはり……!」
「お前今日一番目ぇ輝いてない?」
◇
休憩を終えて前線へ戻ると、最後の大きな群れが丘の向こうから現れた。
今までより数が多い。
さらに中央には、黒い紋章を持つ巨大な魔獣がいる。
「最後っぽいな!」
レナードが剣を抜く。
「行くぞ!」
スターライトは再び広がった。
ただし、今度は全員が少し違っていた。
サキは無理に連射しない。
タケルも大きな魔法を続けて使わず、一度撃つたびに呼吸を整える。
イオリも攻撃を受け続けるのではなく、必要な時には一歩下がる。
ノエルはそんな全員を見ながら、足りないところへ回復と光を飛ばしていた。
「サキ、大丈夫?」
「大丈夫!」
「タケルは?」
「まだいけます!」
「今度は手震えてないね!」
「はい!」
「イオリ!」
「無理はしていません!」
「最高!」
レナードが笑う。
「セシルの最高移ってない?」
「いい言葉だから!」
「まあいいけど!」
その時。
中央の巨大魔獣が黒い紋章を光らせた。
強烈な咆哮。
レナードが一人で前へ出ようとする。
「俺行く!」
「待って!」
ノエルが腕を掴んだ。
「何?」
「今のレナード、いつもの七割くらい!」
「七割?」
「動きちょっと遅いよ!」
「俺はまだ余裕だけど」
「余裕でも七割!」
「数字で言われるとムカつくな!」
「ちゃんと見てたから分かるよ!」
レナードが一瞬黙る。
前を見る。
確かに腕が少し重い。
呼吸も普段より速い。
今までなら気にせず、そのまま一人で突っ込んでいた。
「……じゃあどうする?」
ノエルが笑った。
「みんなでやろ!」
レナードも笑う。
「了解!」
タケルの炎が魔獣の進路を狭める。
サキが足元へ矢を放ち、イオリが横から斬り込む。
ミハルが死角から動きを止め、アヤコの魔物が体勢を崩した。
そこへノエルの光が走る。
黒い紋章が一瞬だけ弱まった。
「レナード!」
「今ならいける!」
レナードが地面を蹴る。
今度は一人ではない。
全員が作った隙へ飛び込み、胸の黒い紋章へ剣を叩き込んだ。
一閃。
巨大な身体がゆっくりと傾き、そのまま丘へ倒れる。
静寂が戻った。
「……終わった」
タケルが息を吐く。
ノエルはすぐに全員を見回した。
「はい! 今日はもう終わり!」
「まだ周辺確認――」
レナードが言おうとすると、ノエルが即座に首を横へ振る。
「ダメ!」
「まだ動けるって」
「明日も動くんでしょ?」
「……そうだけど」
「じゃあ今日は休も!」
レナードは少しだけ笑った。
「分かったよ」
◇
拠点へ戻る頃には、空が夕焼けに染まり始めていた。
ノエルは戻ってからも負傷者を見て回り、最後まで全員の体調を確認していた。
イオリはその姿をしばらく見たあと、そっと近づく。
「ノエル様」
「なに?」
「今日は、ありがとうございました」
「いいよ!」
「自分の限界を知ることも、強さなんですね」
ノエルは嬉しそうに笑った。
「うん! 無理して倒れたら、次に何もできないからね!」
「……勉強になりました」
「イオリ、リリアーナのこと好き?」
「えっ」
突然聞かれ、イオリが固まる。
「そ、それは……尊敬しています!」
「じゃあ今度会わせてあげるね!」
「……本当ですか?!」
その声に、近くにいた全員が振り向いた。
レナードも目を丸くする。
「今日一番声でかくない?!」
イオリはレナードを完全に無視して、ノエルへ一歩近づいた。
「本当に、リリアーナ姫様にお会いできるのですか?!」
「うん! リリアーナに会ったら分かるよ!」
「ぜひお願いします!」
アルカディアの面々が青ざめた。
「ノ、ノエル殿下! 我々までお目通りなど恐れ多いです!」
「え? なんで?」
「リリアーナ姫様ですよ?!」
「大丈夫だよ! リリアーナそんなの気にしないよ!」
「我々が気にします!!」
レナードが吹き出した。
「温度差すごっ!」
その横で、イオリはすでに真剣な顔になっている。
「……何を着ていけば」
「デートじゃないから!」
「分かっています!」
「じゃあなんで服考えてんの?!」
「リリアーナ姫様にお会いするんですよ!」
「俺と初めて会った時そんな顔してなかったじゃん!」
「あなたと一緒にしないでください」
「ひどっ!」
ノエルは二人を見ながら楽しそうに笑った。
「大丈夫! リリアーナはかっこよくて、可愛くて、最高だから!」
「また始まった!」
戦いの疲れが残る拠点に、久しぶりに明るい笑い声が広がった。




