第26話 体力強化
黒い紋章を持つ魔物の討伐は、少しずつ形を変えながら続いていた。
エリオットからは、強いからこそ周囲を見ることを。
エミールからは、味方が動きやすいよう戦場そのものを整えることを。
レオンからは、守るために命を捨てるのではなく、生きて次も守ることを。
スターライトは討伐を重ねるたび、少しずつ戦い方を変えていた。
そして次に向かったのは、南西部の森林地帯だった。
細い道と低い丘が続き、視界を木々に遮られる場所が多い。黒い紋章を持つ魔物が小さな群れに分かれて各所へ散らばっているため、一か所をまとめて叩くだけでは終わらないらしい。
「こういう場所、嫌だなー」
レナードが歩きながら木々の奥を見た。
「敵、どこからでも来るじゃん」
「だから今回は動き続けないと危ないって」
タケルも杖を握ったまま周囲を警戒している。
「群れが散ってるから、前だけ見てても駄目だよ」
「分かってるって。最近ちゃんと周り見てんじゃん」
「前よりはね」
「前よりは余計」
そんな話をしながら森の広場へ出た瞬間、頭上から妙に明るい声が降ってきた。
「はーい! セシルだよ! 君に届け☆」
「何を?」
レナードが即座に返す。
太い木の枝の上に、一人の青年が片足で立っていた。
軽く地面へ飛び降りると、そのまま何事もなかったように着地する。
「元気かな!」
「ふわっとしてんな!!」
セシルは楽しそうに笑った。
アルカディアの面々が一斉に姿勢を正す。
「セシル殿下!」
「また殿下来た!」
レナードが思わず叫ぶ。
タケルが小声で返した。
「王子なんだから当然でしょ……」
レナードは改めてセシルを見る。
腰に剣はない。
杖もない。
盾もない。
「……武器は?」
「ないよー!」
「魔法は?」
「使えないよー!」
「え?」
タケルも目を丸くした。
「じゃあ、どうやって戦うんですか?」
「身体!」
セシルが両腕を広げる。
「身体?」
「うん!」
レナードはしばらく黙った。
「……ほんとに王子?」
「そうだよー!」
「王子要素、顔しかなくない?!」
「大丈夫大丈夫ー!」
「何が?!」
セシルは胸を張った。
「ぜんぜーん! まっかせなしゃい☆」
「その返事が一番不安なんだけど!」
◇
最初の魔物が現れたのは、それからすぐだった。
木々の間から黒いウルフが飛び出し、少し遅れてオーガの群れが左右から迫ってくる。
「来た!」
イオリが剣を抜く。
スターライトはすぐに広がった。
「サキ、左!」
「分かった!」
「タケル、右側止めて!」
「火よ!」
炎が地面を走り、ウルフの進路を塞ぐ。その間にレナードとイオリが前へ出た。
だがセシルは、すぐには敵へ向かわなかった。
少し後ろから全員の動きを見ていたかと思うと、突然イオリの横へ走ってくる。
「イオリ、その踏み込みちょっと遅いよー!」
「え?」
「ここ!」
セシルは一度見ただけのイオリの構えを、その場でほとんど同じ形に再現した。
そこから半歩だけ早く前へ出る。
「こうすると、次の攻撃すぐ避けられるよー!」
イオリが目を見開く。
「……今、一度見ただけですよね?」
「うん!」
「なんで本人より再現できてんの?!」
レナードが叫ぶ。
「次、サキー!」
「え、私?」
セシルはもう走っていた。
サキが矢を放つ。
一体を仕留める。
その直後。
「撃ったあと止まらないー! 三歩右!」
「三歩?」
「そうそう!」
サキが言われるまま横へ動く。
次の瞬間、さっきまで立っていた場所へ大型ウルフが飛び込んできた。
「危なっ!」
「今の最高ぉう!」
「そこ褒めるんだ?!」
レナードが敵を斬りながら振り返る。
「今サキのとこいたよね?!」
「いたよー!」
その声は、もうタケルの横から聞こえた。
「タケル、魔法撃ったあと止まってるよー!」
「えっ」
「ほら!」
セシルは杖を持っているつもりなのか、タケルの動きをそのまま真似してみせる。
魔法を撃つ。
そこで一瞬止まる。
周囲を見る。
「……僕そんな動きしてる?」
「してるしてるー!」
「モノマネの精度高ぇ!!」
レナードが叫ぶ。
「魔法撃ったら二歩だけ動こー! いっぱい走らなくていいから、同じ場所にいない!」
「分かりました!」
「うん! 最高ぉう!」
今度はミハルの方へ走る。
「ミハル、今の動きいいねー! そのままもう一回!」
「はい!」
「アヤコは右の木使ってー! マイはもうちょっと真ん中!」
次々と声を飛ばしていく。
レナードは何度も敵を斬りながら、その姿を目で追った。
「お前、今何人見てんの?!」
「みんなー!」
「答えになってねぇ!!」
◇
魔物は一か所から来るわけではなかった。
森の奥、岩場、斜面。
少し戦うたびに別の場所から新しい群れが現れる。
それでもセシルだけは、ほとんど止まらなかった。
イオリの横へ行き、サキの後ろへ回り、タケルの位置を直し、ミハルの動きを確認する。スターライトだけではなく、アルカディアの冒険者にまで声をかけながら、ずっと戦場の中を走り続けていた。
「そっち一歩下がるー!」
「はい、セシル殿下!」
「君は前出すぎー!」
「す、すみません!」
「謝らなくていいよー! 次やれば最高ぉう!」
そして次の瞬間には、もう別の場所にいる。
レナードはついに剣を止めかけた。
「お前、瞬間移動使ってない?!」
「使えないよー!」
「じゃあ余計怖ぇよ!!」
セシルは楽しそうに笑いながら、今度はレナードの横へ並んだ。
「レナード、助けに行く時ちょっと遠回りしてるよー!」
「俺?」
「うん!」
「どこが?」
「ここ!」
セシルが地面を蹴る。
木と岩の間を最短距離で抜け、そのまま少し離れたイオリの横まで一瞬で走った。
「こっちの方が早いよー!」
「それ地形全部覚えてんの?!」
「走ったから!」
「感覚派すぎる!!」
セシルは戻ってくると、レナードの肩を軽く叩いた。
「レナード何でもできるから、もっと走ってー!」
「俺だけ指導雑じゃない?!」
「大丈夫大丈夫ー!」
「体育会系の顧問みたいになってんじゃん!」
◇
その時。
森の奥から、木々をへし折るような音が響いた。
ドン。
ドン。
重い足音。
巨大な黒紋章付きのオーガが、木を押し倒しながら姿を現した。
通常のオーガより一回りどころではない。
レナードの倍以上の高さがあり、腕だけでも人間の胴ほど太い。
「でかっ!」
タケルが後ずさる。
「レナード!」
「分かってる!」
レナードが前へ出ようとした。
だがセシルが手を上げる。
「これは僕にまっかせなしゃい☆」
「お前、武器ないんだよね?」
「ないよー!」
「魔法も?」
「ないよー!」
「なのに行くの?!」
「行くー!」
セシルが走り出した。
巨大オーガも拳を振り上げる。
「ちょ、待っ――」
レナードが叫ぶより早く、巨大な拳がセシルへ振り下ろされた。
セシルは避けなかった。
自分の拳を正面からぶつける。
ドゴォォォン!!
衝撃が空気を震わせた。
巨大オーガの腕が、大きく跳ね上がる。
「拳で受けたァァァ?!」
レナードが固まる。
タケルも目を見開いた。
「……どっちが魔物なんだろう」
「言うな!!」
セシルはそのまま相手の懐へ入り、腹へ拳を叩き込んだ。
ドンッ!!
巨体が数歩後ろへ滑る。
「パンチで動くサイズじゃねぇだろ!!」
怒ったオーガが横から腕を振る。
今度はセシルが低く沈み、その下を滑るように抜けた。
身体を回転させ、そのまま踵を顔面へ叩き込む。
バゴォン!!
巨体が横へ吹き飛び、太い木へ激突した。
レナードが口を開けたまま固まる。
「……蹴り?」
「蹴りだね……」
「蹴りで出る音じゃねぇ!!」
それでもオーガは立ち上がった。
咆哮を上げ、両腕を広げてセシルへ突進する。
「セシル殿下!」
アルカディアの一人が声を上げる。
「大丈夫ー!」
セシルは真正面から走った。
ぶつかる直前、身体を低くする。
オーガの腕を掴む。
「よいしょー!」
次の瞬間。
巨大な身体が宙へ浮いた。
「え?」
全員の声が揃う。
セシルは相手の勢いをそのまま利用し、身体を回転させた。
ドッゴォォォン!!
巨大オーガが地面へ叩きつけられる。
土煙が広がる中、セシルはその横で両手を払った。
「はい! こうすると倒れるよー!」
イオリが真顔になる。
「参考にできません!!」
「そう?」
「できるわけねぇだろ!!」
レナードも叫ぶ。
◇
巨大オーガが倒れたことで、周囲の魔物が一瞬だけ動きを止めた。
「今だよー!」
セシルの声に、スターライトはすぐ動いた。
「タケル!」
「火よ!」
炎が群れを二つへ分ける。
サキが走りながら矢を放ち、撃った直後に三歩横へ動いた。
別の魔物が飛び込んでくるが、そこにはもういない。
「サキ最高ぉう!」
セシルの声が飛ぶ。
タケルも魔法を撃ったあと、すぐ二歩だけ位置を変えた。
背後から飛びつこうとしたウルフが空振りする。
「タケルも最高ぉう!」
「ありがとうございます!」
「褒められて伸びてんじゃん!」
レナードが笑う。
イオリも正面の攻撃を真正面から受けるのではなく、半歩だけ横へずらしてかわした。
そのまま次の敵へ向かう。
「イオリ最高ぉう!」
「はい!」
「めっちゃ素直になってんじゃん!」
「いい動きは取り入れるべきでしょう!」
「それはそうだけど!」
レナードも前へ出る。
一体を斬る。
次の敵へ向かおうとして、いつもの道を選びかけた。
だが。
少しだけ視線を動かす。
木の間。
岩の横。
一直線に抜けられる細い隙間。
「……こっちか」
進路を変える。
最短距離で走り抜け、サキへ迫っていた魔物を一撃で斬った。
「レナード最高ぉう!」
遠くからセシルの声が飛んできた。
レナードが振り返る。
「そこも見てんの?!」
「見てるよー!」
「怖ぇって!!」
◇
最後の群れが現れた頃には、スターライトの動きは戦闘開始時とはまるで違っていた。
一人の敵へ張りつきすぎない。
攻撃したら動く。
危ない場所へ最短距離で向かう。
味方が戦っている間も、自分の次の位置を見る。
セシルはそんな全員の間を走り回りながら、足りないところだけを次々と埋めていた。
大型ウルフがサキへ飛べば横から蹴り飛ばし、オーガがタケルへ向けば肩を掴んで反対側へ投げる。
「ちょっとそっち行っててー!」
ドォン!!
「人型の魔物を荷物みたいに投げんな!!」
「邪魔だったからー!」
「理由が軽い!!」
さらに別の大型魔獣が真正面から突進してくる。
セシルは走る速度を落とさない。
「いっくよー!」
地面を蹴る。
高く跳ぶ。
そのまま顔面へ飛び蹴り。
ドッゴォォォン!!
巨体が後ろへ吹き飛んだ。
「また蹴ったァァァ!!」
セシルは着地すると、すぐ次の場所へ走り出す。
「まだいるー?!」
「なんでテンション上がってんだよ!!」
◇
日が傾く頃。
ようやく周辺の黒い紋章を持つ魔物はすべて討伐された。
森の広場へ戻ったスターライトは、完全に疲れ切っていた。
サキは地面へ座り込み、タケルも杖を抱えたまま息を整えている。イオリでさえ額に汗を浮かべ、レナードも木へ背中を預けていた。
「……今日、めっちゃ走ったな」
「セシル殿下が……ずっと動けって……」
タケルが息を切らしながら答える。
「でも、かなり動きやすくなったかも」
「それは分かる」
レナードは周囲を見回した。
「で、本人どこ?」
「ここだよー!」
「近っ!」
いつの間にかセシルが隣に立っていた。
息は乱れていない。
汗もほとんどかいていない。
レナードがしばらく見つめる。
「……お前、疲れてないの?」
「ぜんぜーん!」
「今日一番走ってたよね?!」
「うん!」
「何周した?」
「分かんなーい!」
「怖ぇよ!」
タケルが恐る恐る聞いた。
「まだ……走れるんですか?」
セシルは胸を張る。
「まっかせなしゃい☆」
「何を任せればいいんだよ!!」
その時、少し離れた場所から冒険者が駆け込んできた。
「セシル殿下! 北側で別の小さな群れが見つかりました!」
レナードたちの顔が一斉に引きつる。
だがセシルだけは目を輝かせた。
「行こー!!」
「行くの?!」
「もちろん!」
セシルはすでに走り出している。
振り返りながら、両手を上げた。
「最高ぉう!!」
「お前だけ行ってこい!!!」
レナードの叫びが、夕暮れの森へ響いた。




