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陰キャは恋愛無双、陽キャは戦闘無双――転生したら得意分野が逆でした  作者: 夜嶋朔


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第25話 生きて帰ること

 黒い紋章を持つ魔物の討伐は、その後も各地で続いていた。


 西部ではエリオットが前線を支え、南東部ではエミールが風魔法と現場管理で討伐班をまとめた。


 そして次にスターライトへ回ってきたのは、東部にある城塞都市周辺の討伐だった。


 山と平原に挟まれたその地域には複数の街道が集まり、周辺にはいくつもの小さな村が点在している。黒い紋章を持つ魔物が各方面から現れ始めたことで、現在は冒険者と騎士団が手分けして住民の避難と討伐を進めているという。


「今回は防衛戦っぽいな」


 城塞都市へ続く街道を歩きながら、レナードが周囲を見回した。


 遠くには石造りの城壁が見え、その手前では騎士や冒険者が忙しく行き交っている。


「一か所を倒せば終わりじゃないみたい」


 タケルは事前にもらった地図を確認しながら答えた。


「魔物が何方向からも来てる。村の避難もまだ全部終わってないって」


「じゃあ今回は、倒すだけじゃダメってことか」


「そういうことだね」


 スターライトが現地の拠点へ到着すると、すでにアルカディアの一部と王国騎士団が配置についていた。


 その中で、ひときわ大きな盾を持った青年がこちらへ向かって手を振っている。


「あ、来たー!」


 整った金髪と爽やかな笑顔。


 見た目だけなら絵に描いたような騎士だった。


 ただし、口調は相変わらず軽い。


「レオンだよー! 今日はよろしくね!」


 アルカディアの面々が一斉に姿勢を正す。


「レオン様!」


「また様つくやつ来た」


 レナードが小声で呟く。


「ロイヤル・フラグメントなんだから当然でしょ……」


 タケルが横から返す。


 レオンはそんな二人を気にする様子もなく、スターライトの顔を順番に見た。


「今日はちょっと忙しいよー。村が三か所、避難路が二本。それぞれに魔物が来てるから、全部いっぺんには守れないんだ」


「じゃあどうすんの?」


 レナードが聞く。


「合図で動くよー」


「合図?」


「うん!」


 レオンが片手を空へ向ける。


 すると指先から光が上がり、上空で赤い光へ変わった。


 続いて青。


 緑。


 白。


 色の違う光が次々と空へ浮かび、城壁の上からも騎士たちがそれを見上げる。


「赤は敵接近。青は後退。緑は救護要請。白は進路確保ね」


 レナードが空を見上げた。


「信号機?」


「便利でしょー?」


「便利だけど色多くね?」


「覚えてー!」


「軽っ!」


 イオリはレオンの合図を真剣に見つめていた。


「遠くの部隊にも、一瞬で命令が伝わる……」


「うん。声は届かないからねー」


 レオンは盾を背負い直しながら笑う。


「戦う人だけじゃなくて、逃げてる人もいるから。みんなが今どこに動けばいいか分かる方が大事なんだ」


 イオリは何も言わず、その言葉を胸へ刻むように頷いた。


     ◇


 最初の赤い光が上がったのは、それから間もなくだった。


「東街道!」


 騎士の声が飛ぶ。


 城壁の向こうから黒い紋章を持った獣型魔物が次々と姿を現し、その後ろには大型のオーガまで混ざっている。


「スターライトは東側お願いー!」


「了解!」


 レナードが剣を抜く。


 イオリもすぐ横へ並び、サキとタケルたちは少し後ろへ下がった。


「タケル、前に火!」


「分かった!」


 杖から放たれた炎が地面を走り、魔物の進路を狭める。


 そこへサキの矢が飛び、アヤコの魔物が横から群れを崩した。


 レナードとイオリが正面へ出る。


「右いく!」


「私は左!」


 二人が別々のオーガへ斬り込み、短時間で前線を押し返していく。


 以前よりスターライトの動きは明らかに速くなっていた。


 タケルもただ炎を撃つだけではない。どこを塞げば前衛が戦いやすいかを考えながら魔法を使い、ミハルは群れの外側を回り込んで進路を潰す。


 マイは負傷者が出る前から全体を見ていた。


「順調じゃん!」


 レナードが笑う。


 その時、城壁の向こうで緑の光が上がった。


「救護要請!」


 イオリが振り返る。


 レオンはすでに走り出していた。


「こっちは任せたよー!」


「一人で行くの?」


「大丈夫ー!」


 巨大な盾を背負ったまま、驚くほどの速さで戦場を横切っていく。


「盾持ってる速度じゃなくね?」


 レナードが呟いた。


     ◇


 しばらくすると、東側の魔物はほとんど片づいた。


 だが戦場全体はまだ終わっていない。


 赤い光が西側に上がり、続いて白い光が北側へ浮かぶ。


 レオンは戦いながらも何度も空へ光を飛ばし、離れた部隊へ次々と指示を送っていた。


「白、北!」


 騎士たちが避難路を開ける。


「青、西!」


 前線へ出すぎた冒険者が一斉に退く。


「緑、城壁下!」


 救護班が負傷者のもとへ走り出す。


 レナードは魔物を斬りながら、思わず空を見上げた。


「戦いながら全部見てんじゃん」


「エリオット様もそうだったけど……」


 タケルが炎を放ちながら答える。


「ロイヤル・フラグメントって、強いだけじゃないんだね」


「分かってる。最近それ思い知らされてる」


 そこへ、新たな赤い光が上がった。


 今までより大きい。


「南!」


 レオンの声が響く。


 全員が振り向く。


 そこには、城塞都市へ続く避難路へ向かって走る巨大な魔獣の姿があった。


 四足の巨体。


 背中から伸びた角。


 胸には大きな黒い紋章が刻まれている。


 その先には、まだ避難を終えていない住民たちがいた。


「まずい!」


 イオリがすぐに走り出す。


「私が止めます!」


「イオリ!」


 レナードが追う。


 だが魔獣の方が近い。


 逃げる住民の中には、小さな子どももいた。


 イオリは迷わなかった。


 魔獣と住民の間へ飛び込み、剣を構える。


「先に逃げてください!」


「イオリ、待て!」


「ここは私が止めます!」


 巨大な角が正面へ向けられる。


 イオリは一歩も退かなかった。


「皆さんは先に! 私が残ります!」


「ダメだよー!」


 声が飛んだ。


 次の瞬間。


 イオリの前へ、巨大な光の盾が現れた。


 ドォン!!


 魔獣の角が光へぶつかり、凄まじい衝撃が地面を揺らす。


 それでも盾は動かなかった。


 光の向こう側に、レオンが立っている。


「レオン様……!」


「命捧げちゃダメだよー!」


 レオンは盾を片手で支えたまま、いつもの調子で笑った。


「リリアーナに『すぐ命懸けるな』って怒られるからね」


「リリアーナ姫様が……!」


 イオリの目が大きくなる。


 少し遅れて追いついたレナードが、その横で足を止めた。


「様ついたぞ」


「今そこじゃない!」


「いや、昨日まで姫だったじゃん!」


 イオリが睨む。


「黙ってください!」


「はい!」


 レオンは二人のやり取りに笑いながら、光の盾をさらに前へ押した。


 巨大な魔獣が後ずさる。


「守るって、死ぬことじゃないよー」


 イオリがレオンを見る。


「え……?」


「自分が死んだら、次は守れないでしょ?」


 魔獣が再び力を込める。


 レオンは一歩も動かなかった。


「生きて帰って、また次も守る。それが一番いいよ」


「……」


「リリアーナも、みんなにそう言ってるよー。勝手に命捨てたら怒るからね」


「リリアーナ姫様……」


「また言った」


「うるさい!」


     ◇


 巨大な魔獣が後ろへ跳び、今度は勢いをつけて突進してきた。


「来るよー!」


 レオンが盾を構え直す。


 レナードも剣を抜いた。


「俺も止める!」


「うん。でも正面来なくていいよー」


「なんで?」


「僕が止めるから」


 次の瞬間。


 巨大な魔獣が真正面から光の盾へ激突した。


 轟音が響き、周囲の土が大きく舞い上がる。


 だが。


 レオンは一歩も下がらない。


「……マジ?」


 レナードが固まる。


 魔獣の足が地面を削る。


 それでも、前へ進めない。


「盾役って聞いてたけど……」


 タケルも遠くから目を丸くしている。


「これ盾役っていうのかな……」


「壁じゃん!」


 レオンは魔獣の突進を完全に受け止めたまま、空いている手を上へ向けた。


 赤い光。


 続いて白い光。


 さらに青。


 三色の光がほとんど同時に空へ上がる。


「東側は敵接近! 北は避難路開けてー! 西は一回下がってね!」


 レナードが叫ぶ。


「今それもやるの?!」


「できるからー!」


「チートの使い方が忙しいんだよ!!」


 レオンが盾を一気に押し返す。


 巨大な魔獣の前脚が地面から浮いた。


「レナード、今!」


「了解!」


 レナードが横から飛び込み、黒い紋章へ剣を振り下ろす。


 だが魔獣が巨体をひねり、刃をかわした。


「外した!」


「大丈夫ー!」


 レオンが盾を地面へ突き立てる。


 次の瞬間、盾から眩い光が広がった。


 光は魔獣の足元を囲み、巨大な身体を一瞬だけ拘束する。


「盾だけじゃないの?!」


「光も得意だよー!」


「聞いてねぇ!」


「今言ったー!」


 レナードがもう一度踏み込む。


 今度は逃げられない。


 黒い紋章へ剣が深く食い込み、魔獣が咆哮を上げた。


 その背後へイオリが回る。


「私も!」


 剣を振り上げる。


 だがその瞬間、魔獣の尾が大きく薙ぎ払われた。


 レナードが振り向く。


「イオリ!」


 以前のイオリなら、そのまま攻撃を続けていた。


 たとえ自分が傷ついても。


 敵を倒せるなら、それでいいと考えていた。


 けれど今回は違った。


 イオリは攻撃を止め、すぐに後ろへ跳んだ。


 尾が目の前を通り過ぎる。


「……!」


 着地したイオリが、ほんの一瞬だけレオンを見る。


 レオンは笑っていた。


「それでいいよー!」


 イオリも剣を構え直す。


「はい!」


「おっ」


 レナードが笑う。


「ちゃんと避けたじゃん!」


「当たり前です!」


「さっき命捨てようとしてたけど?」


「うるさい!」


     ◇


 魔獣が再び咆哮を上げた。


 今度はレオンが前へ出る。


「じゃあ、終わらせよっかー」


「お前も攻撃できんの?」


 レナードが聞く。


「できるよー!」


「嫌な予感する」


 レオンが盾を横へ払った。


 そこから巨大な光の刃が飛ぶ。


 一直線に走った光が魔獣の角を切り落とし、そのまま背後の岩壁へ深い跡を残した。


「盾役じゃねぇ!!!」


「盾もできるよー!」


「“も”なんだ?!」


 よろめいた魔獣へ、タケルの炎が走る。


「今!」


「行く!」


 イオリが左から足を斬り、レナードが正面へ飛び込む。


 最後の一撃が胸の黒い紋章を貫いた。


 巨大な身体がゆっくりと傾き、地面へ倒れる。


 しばらくして完全に動かなくなった。


 レオンはそれを確認すると、すぐに空へ緑の光を上げる。


「救護班、こっち来てー! 転んだ人いるから!」


「もう次見てんの?」


 レナードが息を整えながら笑う。


「戦闘終わったからねー」


「仕事早っ」


     ◇


 その日の討伐が終わる頃には、周辺の村からの避難も無事に完了していた。


 スターライトが城壁近くへ戻ると、レオンは騎士たちと話しながら各方面の状況を確認していた。


「東は終わった?」


「はい、レオン様!」


「西は?」


「討伐完了しております!」


「じゃあ今日はここまでねー。無理して次行かなくていいよ。疲れてる人はちゃんと休んで」


「承知しました!」


 イオリは少し離れた場所から、その姿を見ていた。


 やがて意を決したように近づく。


「レオン様」


「なにー?」


「先ほどは、ありがとうございました」


「いいよー!」


 レオンはいつものように笑った。


 イオリは一度言葉を探してから、静かに続ける。


「私はずっと、騎士ならば誰かを守るために命を懸けるのが当然だと思っていました」


「うん」


「ですが……命を捨てることと、命を懸けることは違うんですね」


 レオンの表情が少しだけ柔らかくなる。


「そうだねー」


「生きて帰ることも、守ること……」


「うん。次も守らないとね」


 イオリは強く頷いた。


「ありがとうございます」


 その少し後ろで、レナードとタケルが二人を見ていた。


「なんかイオリ、めっちゃ真面目に話してんな」


「騎士同士だからね」


「……俺もああいうの言った方がいい?」


「無理しなくていいと思う」


「即答すんなよ」


 するとイオリがこちらを振り向いた。


「レナード」


「ん?」


「あなたも覚えておいてください」


「俺?」


「すぐ無茶をするでしょう」


「俺は強いから大丈夫っしょ」


 イオリの目が細くなる。


「そういうところです」


「あれ?」


 タケルが小さく笑った。


「レナードも怒られてる」


「なんで俺まで?!」


 レオンも笑いながら手を振る。


「二人とも生きて帰ってねー!」


「分かったって!」


 レナードはそう返しながら、自分の剣を肩へ乗せた。


 強ければ守れる。


 これまでは、そう思っていた。


 けれどエリオットは、強いからこそ周囲を見ていた。


 エミールは、味方が力を出せるよう戦場そのものを整えていた。


 そしてレオンは、守るために死ぬのではなく、生きて次も守れと言った。


 同じ「強さ」でも、使い方はいくつもある。


 レナードは少しだけ前を歩くイオリを見る。


「……生きて帰る、か」


「何か言いました?」


「いや、なんでもない」


 その言葉の意味を。


 レナード自身が本当に理解するのは、もう少し先のことだった。

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