第23話 視野を広げる
世界各地で黒い紋章を持つ魔物の討伐が始まり、スターライトにも本格的な討伐任務が回ってきた。
今回の目的地は、西部の山岳地帯。
街道沿いに黒い紋章を持つ魔物が集まり始め、周辺の村ではすでに避難が進められているという。
スターライトはアルカディアとともに現地へ向かい、昼前には山道の入口へ到着していた。
「思ったより静かじゃん」
レナードが周囲を見回す。
見えるのは岩山と乾いた草、それから奥へ続く長い坂道だけで、今のところ魔物の姿はない。
「静かな方が怖いよ」
タケルは杖を握り直しながら、地面に残る足跡へ目を落とした。
「報告では群れになってるって話だったし」
「出てきたら倒せばいいっしょ」
「軽いなぁ……」
その時だった。
坂の上から、妙に明るい声が飛んできた。
「おはよー! エリオットだよー!」
全員が顔を上げる。
長めのレッドブラウンの髪を揺らしながら、青年が笑顔で手を振って歩いてきていた。服装も立ち姿もどう見ても高貴な王族そのものなのに、雰囲気だけは近所の友達にでも会ったように軽い。
アルカディアの面々が一斉に姿勢を正した。
「エリオット殿下!」
「……殿下?」
レナードが固まる。
エリオットはそのまま目の前まで来ると、にこにこと笑いながら頷いた。
「うん!」
「王子なの?」
「そうだよー!」
「軽っ!!」
タケルが横から小声で言った。
「昨日紹介されてたでしょ……」
「身分は聞いてたけど、このテンションで来られたら忘れるじゃん!」
エリオットは気にした様子もなく笑い、腰の剣へ軽く手を置いた。
「今日は一緒に討伐するんだって。よろしくねー!」
「よろしく」
レナードは返事をしながら、改めてエリオットを上から下まで見る。
黙っていれば間違いなく王子だった。
むしろ完璧すぎるくらい王子だった。
ただ、喋ると全部崩れる。
◇
一行はそのまま山道を進んだ。
しばらくすると地面に残る足跡が急激に増え始め、ミハルがしゃがみ込んで土を確認する。
「かなり多いです。オーガだけじゃありませんね。獣型も混ざっています」
「黒い紋章があるなら、種類関係なく集められてるのかも」
タケルが言うと、アルカディアのリーダーも険しい顔で奥を見た。
「報告と同じだな。ここから先は警戒して進むぞ」
「いっぱい出てくる?」
エリオットが少し楽しそうに聞く。
「たぶんな」
レナードが答えると、エリオットは嬉しそうに剣の柄を握った。
「じゃあ、みんな頑張ろうねー!」
レナードが横目で見る。
「お前、自分で全部やる気じゃないんだ?」
「うん。今日は補助だから」
「補助?」
意味を聞く前に、山道の先から低い唸り声が響いた。
岩陰から黒いウルフが飛び出し、その後ろからオーガの群れが続く。さらに奥には、巨大な角を持つ魔獣まで見えた。
どの身体にも、例の黒い紋章が刻まれている。
「来る!」
イオリが剣を抜いた。
アルカディアのリーダーも即座に指示を飛ばす。
「スターライトは右! 我々は中央を押さえる!」
「了解!」
レナードも剣を抜き、スターライトはすぐにいつもの陣形へ広がった。
「イオリ、前!」
「分かってる!」
「サキ、上!」
「任せて!」
「タケル、火の壁いける?」
「いける!」
タケルが杖を地面へ向けると、炎が岩の隙間を走り、ウルフの群れの進路を横から塞いだ。足を止めた魔物へサキの矢が次々と突き刺さり、その間にイオリが前へ出てオーガの攻撃を受ける。
以前ならレナードが一人で全部片づけていたところだった。
だが今は違う。
レナードは全員の位置を見ながら、自分の前へ来た敵だけを確実に倒していく。
「いいじゃん!」
オーガを一撃で沈めながら笑う。
「めっちゃ連携できてんじゃん!」
「前見なさい!」
イオリが叫ぶ。
巨大な棍棒がレナードの頭上へ落ちてきたが、レナードは身体をひねってかわし、そのまま懐へ入って斬り上げた。
「見てるって!」
その少し後ろでは、エリオットがまだ剣を抜いていなかった。
スターライトとアルカディアの動きを見ながら、必要な場所へ声だけを飛ばしている。
「イオリ、そのままで大丈夫ー! サキ、右上もう一体いるよー!」
「え?」
サキが顔を上げると、岩の上から黒いウルフが飛びかかろうとしていた。
すぐに矢を向けて射抜く。
「ほんとだ……!」
「タケル、火の壁もうちょっと左にずらした方がいいよー! そっちからオーガ来るから」
「わ、分かった!」
タケルが炎の位置をずらすと、直後に岩陰から出てきたオーガが火を避けて進路を変え、イオリの正面へ出た。
「何で分かるんだ……」
タケルが呟く。
レナードも敵を斬りながらエリオットを見る。
「お前、ずっと周り見えてんの?」
「うん!」
「戦ってなくても?」
「うん!」
「何その余裕」
答えた直後だった。
サキの背後の岩陰から、別の大型ウルフが音もなく飛び出した。
「サキ!」
レナードが振り向く。
だが。
その瞬間にはもう、エリオットの剣が抜かれていた。
一閃。
エリオットはサキの方を見てもいない。
正面のオーガから視線を外さないまま片手だけを返し、背後へ走った斬撃が大型ウルフを切り裂いた。
巨体がサキの横へ落ちる。
「……え?」
サキが固まる。
レナードも剣を止めかけた。
「今、見てた?」
「見てないよー」
「ノールックでやったの?!」
「気配あったからー」
「怖っ!!」
エリオットは何事もなかったように剣を鞘へ戻した。
「続けて大丈夫だよー!」
「補助の圧が強ぇんだよ!」
◇
戦闘が続くにつれ、黒い紋章を持つ魔物たちが普通の群れではないことがはっきりしてきた。
仲間が倒れても怯まず、ただ前へ進み続ける。
それでもスターライトは崩れなかった。
イオリが前線を支え、サキが高所から数を減らし、アヤコの魔物が敵の隊列を乱す。マイは傷の浅いうちから回復を飛ばし、ミハルは死角へ回って大型の足を止めていく。
タケルの炎も、今ではただ撃つだけではない。
敵を分断し、進路を限定し、仲間が戦いやすい場所へ流していた。
「タケル!」
「右でしょ!」
「分かってんじゃん!」
「僕だって成長してるよ!」
レナードが笑いながら右へ出る。
そこへ二体のオーガが同時に突っ込んできた。
一体をレナードが受け、もう一体へイオリが向かう。
「私がやる!」
イオリは正面から剣を受け止め、そのまま押し返した。
だが、その背後からさらに別の大型オーガが現れる。
斧が高く振り上げられた。
「イオリ!」
レナードが声を上げる。
イオリが振り向こうとした瞬間。
エリオットの姿が消えた。
次に見えた時には、すでにイオリの背後にいた。
一閃。
巨大なオーガの身体が斜めに崩れ、そのまま地面へ倒れる。
「……!」
イオリが目を見開いた。
「大丈夫ー?」
エリオットは何でもないことのように笑い、また少し後ろへ下がった。
「エリオット殿下……」
イオリが倒れたオーガを見る。
「最初から、あれだけできるなら……」
「うん?」
「なぜ前へ出ないんですか?」
「あー」
エリオットは納得したように頷いた。
「僕、強すぎるから補助にまわれってリリアーナに言われてるんだ!」
「リリアーナ姫が……!」
イオリの表情が一瞬で変わった。
レナードが即座に突っ込む。
「そこに反応すんの?!」
「だって、強い人が全部倒すんじゃなくて、周りを戦わせながら危ない時だけ助けるってことでしょ」
「まあ、そうだけど!」
「やっぱりすごい……」
「俺も最近それやってんだけど?!」
イオリがちらりとレナードを見る。
「もっとやりなさい」
「厳しっ!」
タケルが小さく笑う。
「でも、レナードも前よりかなり見てるよ」
「ほら!」
「エリオットほどじゃないけど」
「一回上げて落とすな!」
◇
魔物の数が半分ほどまで減った頃。
山の奥から、それまでとは明らかに違う咆哮が響いた。
地面が震え、岩壁の向こうから巨大な牛の頭を持つ魔獣が姿を現す。
人間の何倍もある身体に、巨大な斧。
胸の中央には、これまで見たものより大きな黒い紋章が刻まれていた。
「……ミノタウロス?」
タケルが呟く。
「ゲームにいた?」
レナードが聞く。
「似たのはいた。でもあんな紋章はなかった」
「じゃあ強化版ね」
「簡単に言うなぁ……」
ミノタウロスが咆哮し、巨大な斧を地面へ叩きつける。
岩が割れ、土煙が舞った。
レナードが前へ出ようとすると、エリオットが横から声をかけた。
「レナード、いけるー?」
「余裕!」
「じゃあ任せたー!」
「お前は?」
「見てるー!」
「俺の保護者かよ!」
レナードはそのままミノタウロスへ突っ込んだ。
正面から振り下ろされた斧を剣で受け、足元の岩が砕ける。
「重っ!」
それでも押し返す。
イオリが横から足を狙い、サキの矢が目元へ飛ぶ。
タケルは炎を地面へ走らせ、ミノタウロスの逃げ道を塞いだ。
「今!」
レナードが懐へ入り、胸へ一撃を入れる。
だが黒い紋章が激しく光り、ミノタウロスがさらに力を増した。
「まだ動くの?!」
巨大な腕が振り回され、イオリとレナードが左右へ飛ぶ。
続いて斧がタケルたちのいる後方へ向けられた。
「まず――」
レナードが走り出す。
しかし。
エリオットの方が速かった。
いつ動いたのか分からなかった。
一瞬でミノタウロスの懐へ入り、振り下ろされる斧ごと腕を斬り落とす。
巨大な腕が地面へ落ちた。
「はい、続きどうぞー!」
「補助の火力じゃねぇ!!!」
レナードが叫びながら、そのまま地面を蹴る。
「イオリ!」
「分かってる!」
二人が左右へ分かれ、イオリが足を斬って体勢を崩す。
タケルの炎が背後を塞ぎ、サキの矢が頭部へ突き刺さった。
最後にレナードが正面から飛び込み、胸の黒い紋章ごと深く斬り裂く。
巨大な身体が揺れ、そのまま地面へ倒れた。
しばらくして、完全に動かなくなる。
「終わったー!」
エリオットが嬉しそうに言う。
レナードは息を整えながら振り返った。
「お前絶対、一人で倒せただろ」
「倒せるよー!」
「即答!!」
「でも、みんなでやった方がいいってリリアーナが言ってたから」
またその名前が出た瞬間、イオリが真剣な顔で頷いた。
「やっぱり……」
「また始まった!」
◇
残っていた魔物をアルカディアとスターライトで処理し終える頃には、山道はようやく静かになっていた。
黒い紋章を持つ個体はすべて討伐され、周辺の村へ向かっていた群れも止めることができた。
「スターライト、かなり安定してきたな」
アルカディアのリーダーが言う。
「でしょ?」
レナードが即座に答える。
「お前が答えるのはもう慣れた」
「諦められてんじゃん」
少し離れた場所から、エリオットが剣の汚れを払いながら歩いてくる。
「レナード強いねー!」
「お前もな!」
「ありがとー!」
レナードは少し黙ってエリオットを見る。
「……なにー?」
「王子ってもっとこう、威厳とかないのー?」
「あるよー!」
エリオットが満面の笑みを浮かべた。
キラキラスマイル☆
「……顔で出すんだ?!」
「王子っぽいでしょー?」
「確かに王子っぽいけど!!」
エリオットは楽しそうに笑い、そのままアルカディアの方へ歩いていく。
レナードはその背中をしばらく見たあと、自分の剣へ目を落とした。
「……強いからって、全部自分で倒す必要ないんだな」
タケルが隣へ来る。
「今さら?」
「うるさい」
「でも、前よりかなり変わったよ」
レナードは少しだけ笑った。
「まだ足りないけどな」
「珍しく素直」
「今日のお前、いちいち一言多くない?」
二人のやり取りを聞きながら、イオリは少し離れた場所からレナードを見ていた。
以前なら、自分より強い相手を見ても笑って終わっていた。
けれど今は違う。
強さを認め、自分に足りないものを見つけ、それを次へ繋げようとしている。
リリアーナの言葉を受けて戦うエリオット。
その姿を見て、レナードもまた少しずつ変わっている。
「……私も、もっと強くならないと」
イオリが小さく呟く。
その声は、誰にも聞こえなかった。




