第22話 筋を通す
チリン。
「皆様、討伐開始でございます」
バルドの静かな声が大広間に響いた瞬間、世界中から集められた冒険者たちが一斉に動き始めた。
武器を確かめる者。
地図を広げる者。
所属ごとにまとまり、指示を確認する者。
さっきまで一つの場所に集まっていた強者たちが、それぞれの戦場へ散っていこうとしている。
スターライトもアルカディアの後ろについて移動を始めたが、レナードだけはまだ少し離れた場所に立つリリアーナを気にしていた。
「……タケル」
「何?」
「やっぱあのふわ姫、圧がやべぇ……」
「まだ言ってるの?」
「だって見た目超可愛いじゃん。なのに『ないんやったら帰れ』だぞ?」
「レナード、声」
「いやでもギャップすごくない?」
「お前たち」
低い声が横から飛んできた。
レナードとタケルが同時に振り向くと、アルカディアのリーダーが険しい顔でこちらを見ている。
「さっきから好き放題言っているが、無礼な態度を取るなよ」
「俺そんな失礼?」
「十分だ!」
「えー」
「えー、じゃない!」
リーダーは額を押さえたあと、少し声を落とした。
「いいか。あの方はリリアーナ姫。今や世界のほとんどを傘下に入れたリュミエール国の姫だ」
「……は?」
レナードの足が止まる。
タケルも目を丸くした。
「世界のほとんど?」
「ああ。短期間で一気に傘下国を増やした。各国の王族やギルドマスターですら一目置く存在だ」
「姫なのに?」
「姫だからではない」
リーダーはきっぱりと言った。
「現場を仕切っているのが、あのリリアーナ姫様だからだ」
「……マジで?」
「直々に声をかけてもらったんだぞ。光栄に思え」
レナードはしばらく無言でリリアーナを見る。
小柄で、華やかで、見た目だけなら本当にふわっとした姫にしか見えない。
「俺、ホストって呼ばれたんだけど?」
「それでもだ!」
「タケルなんか陰キャの地味男って言われてたけど?」
「そこは知らん!」
「扱い雑じゃない?!」
アルカディアのリーダーはため息をついたあと、さらに続ける。
「ちなみに、リュミエール国の国王はもっと怖いらしいぞ」
「もっと?!」
レナードが素で聞き返す。
「この姫より?!」
「少なくとも、そう聞いている」
「何あの国!!」
タケルが少し引きつった顔をする。
「上がいるんだ……」
「俺、絶対会いたくない」
「でもレナード、会ったら普通に話しかけそう」
「それとこれとは別!」
そんなやり取りをしながら歩いていたレナードが、突然足を止めた。
「……待って」
「何?」
「ホストって、この世界にある?」
タケルも止まる。
「……ないと思う」
「だよな?」
「うん」
「陰キャって言葉は?」
「それも……たぶんない」
二人の顔から同時に笑いが消えた。
「……」
「……」
レナードがゆっくりタケルを見る。
「お前、あの姫の横にいた男見えた?」
「刀担いでた人?」
「そう」
「見えた」
「やっぱ見えてたよな?!」
タケルが小さく頷く。
さっき、リリアーナのすぐ横に立っていた男。
黒い服。
肩に担いだ日本刀。
周囲の誰も気にしていないのに、自分たちにははっきり見えていた。
「しかもさ」
レナードが声を潜める。
「目ぇ合ったよな?」
「……合った」
「だよな?!」
レナードは額を押さえた。
「ホスト知ってる」
「うん」
「陰キャ知ってる」
「うん」
「俺らにだけ刀担いだ男見える」
「うん……」
「絶対転生者じゃん!!」
「たぶん……」
「しかもあの男、どう見ても若頭だろ!!」
「若頭?」
すぐ横から声がした。
二人が振り向く。
イオリが訝しげな顔で見ていた。
「さっきから何の話してるの?」
「ヤクザ」
「ヤクザってなに?」
レナードとタケルが固まる。
「えっと……」
レナードが少し考える。
「筋を大事にする怖い人?」
「説明雑すぎるよ!」
タケルが慌てて止める。
イオリは少し考えるように首を傾げた。
「でも、筋を通す人なのね」
「そこだけ聞くとめっちゃ良い職業みたいになるじゃん!!」
「違うの?」
「違う……いや、そこは合ってるけど!」
レナードが困っている横で、イオリはまた少し先を歩くリリアーナへ視線を向けた。
その表情は、いつものように冷静ではある。
けれど目だけは明らかに違っていた。
「……かっこよすぎた」
「まだ言ってんの?」
「当たり前でしょ」
イオリは迷いなく答える。
「強くて、堂々としていて、誰に対しても立場で態度を変えない。それに、守るべきものがあるなら守るのが筋だって言い切った」
少しだけ息を吐く。
「私が憧れてたもの、全部持ってる」
レナードが横から覗き込む。
「そんなに?」
「もっと鍛錬しないと」
「なんでそうなるの?!」
「もっと強くなりたい」
「休みの日まで?!」
「当然」
「マネージャー業務増えるじゃん!!」
「誰も水持ってきてなんて頼んでないわよ」
「でも持ってったら好感度上がるじゃん!」
「何の話?」
「こっちの話!」
タケルはそのやり取りを聞きながら、少し笑った。
「でも、イオリが憧れるの分かる気がする」
「タケルまで?」
「うん。ああいう人、ゲームにはいなかったし」
「またゲーム基準」
レナードはぼやきながらも、今度はさっき見えた刀の男を思い出す。
寡黙そうで、無駄がなくて、ただ立っているだけなのに異様な存在感があった。
「……イオリ」
「何?」
「あの刀の男みたいなのも好きそう」
「刀の男?」
「あ、見えてないのか」
「何が?」
「なんでもない!」
レナードは慌てて誤魔化した。
タケルが横で小声になる。
「転生者にしか見えないのかも」
「っぽいな」
「じゃあ、あの人はリリアーナ姫の前世……?」
「たぶん」
レナードはまたリリアーナを見る。
可愛い姫。
でも魂は刀を担いだ若頭みたいな男。
「……やっぱヤクザじゃーん!!!」
「だから声大きいって!」
イオリはまだ首を傾げている。
◇
その後、アルカディアのリーダーから討伐に参加する戦力について説明を受けることになった。
「スターライトは我々アルカディアと行動する。それから、今回はこちらの方々も同行される」
そう言って示された先には、先ほどからやたらと目立つ美青年たちが並んでいた。
どの顔も整いすぎていて、並んでいるだけで妙に華やかだ。
レナードはその中に見覚えのある顔を見つけた。
「あ、ルシアン」
「レナードー!」
ルシアンが嬉しそうに手を振る。
「またいっしょだねー!」
「相変わらず軽いな!」
アルカディアのリーダーが咳払いした。
「いいか。こちらの方々にも無礼な態度を取るなよ」
「また?」
「まただ!」
レナードは少し面倒そうな顔をする。
リーダーはそんな様子を無視して、一人ずつ紹介していった。
王子。
騎士。
公爵。
貴族。
名前と身分が読み上げられるたび、レナードの表情が少しずつ変わっていく。
本人たちはというと、
「よろしくー!」
「いっしょにがんばろー!」
「魔物いっぱい倒そー!」
と、身分の重さをまったく感じさせない。
「……待って」
レナードが途中で手を上げた。
「何だ?」
「こいつら全員、ルシアンくらい強い?」
アルカディアのリーダーは少し考えてから答える。
「少なくとも、それぞれが相当な実力者だ」
「……」
レナードがルシアンを見る。
北部街道を一瞬で凍らせた男。
もう一度、残りの面々を見る。
「ルシアンみたいな強い奴、あと六人もいるのォォォー?!」
「声が大きい!」
「いやだっておかしいだろ! 見た目キラキラ! 喋り方ゆるゆる! なのに強い!!」
「ぼくら強いよー!」
「自分で言うなよ!」
ルシアンが笑い、他のロイフラたちまで楽しそうに笑う。
タケルは少し離れたところで、その光景を見ながら呟いた。
「世界って広いね……」
「広すぎるわ!」
レナードが即座に返した。
ゲームだった頃の知識では、こんな人物たちは存在しなかった。
リリアーナも。
ロイフラも。
レイナも。
世界中から集まった強者たちも。
それでも今は、同じ目的のために動こうとしている。
黒い紋章を持つ魔物を倒し、人の住む場所を守るために。
アルカディアのリーダーが地図を広げた。
「まずは西部へ向かう。黒い紋章を持つ魔物の集団が確認されている」
「どれくらい?」
タケルが聞く。
「数百。さらに増えている可能性もある」
スターライトの表情が引き締まった。
レナードも剣の柄へ手を置く。
「じゃあ、行こっか」
さっきまで騒いでいたのが嘘のように、その声は軽いまま真っすぐだった。
イオリも剣を握り直す。
「ええ目しとんな。期待しとるで」
リリアーナに言われた言葉を思い出す。
「……絶対、期待に応える」
「やる気すご」
「当然でしょ」
「俺も一応『根性見せろ』って言われたんだけど?」
「じゃあ見せなさいよ」
「言われなくても!」
タケルが二人の間で苦笑する。
「僕もいるんだけど……」
「お前も地味男って言われてたじゃん」
「そこ蒸し返さないでよ!」
スターライトはアルカディア、そして新たな強者たちとともに大広間を後にした。
世界の中心で「筋」を叫んだ姫の言葉を胸に。
黒い紋章を持つ魔物たちとの、本格的な討伐が始まろうとしていた。




