第21話 魔王
世界各地から集められたギルドマスターや上位パーティーたちは、前日の会議を終えてもなお大広間に残っていた。
黒い紋章を持つ魔物が世界各地で同時に現れ、人の住む地域へ向かって進んでいる。
ただの大量発生ではないことは、もう誰の目にも明らかだった。
そんな重い空気の中、ミレーヌが再び前へ出る。手には昨日と同じ黒革の手帖があり、静かに表紙を開いた。
「先ほどの黒い紋章について、過去の記録との照合が取れました」
ざわついていた会場が、少しずつ静かになる。
スターライトも後方からその言葉を聞いていた。
レナードは腕を組み、タケルは昨日からずっと気にしていた紋章の写しを手にしている。
ミレーヌは手帖へ視線を落としたまま、落ち着いた声で続けた。
「確認された紋章は、かつて魔王軍に従属していた魔物に刻まれていたものと一致しております」
一瞬。
大広間から音が消えた。
「……魔王?」
レナードが小さく呟く。
タケルは何も答えない。
ミレーヌはページをめくった。
「古い記録によれば、この紋章を持つ魔物は本来の生態や縄張りを離れ、魔王軍の指示に従って行動したとされています。現在各地で確認されている、異なる種族による集団形成、人里を目指した進軍、そして撤退をしないという異常行動とも一致します」
会場のあちこちから低い声が漏れ始める。
「では、本当に魔王が……?」
「復活したというのか?」
「まだ断定はできません」
ミレーヌは一度顔を上げた。
「ですが、これだけの条件が揃っている以上、魔王、あるいはそれに準ずる存在が動き始めている可能性は極めて高いと考えられます」
再び大広間がざわついた。
レナードはすぐ横のタケルを見る。
「タケル」
「……うん」
「魔王、知ってる?」
「知らない」
「え?」
あまりにも即答だったため、レナードが聞き返した。
「知らない?」
「僕がやったゲームに、魔王なんて出てこなかった」
「マジで?」
「うん」
「弱点は?」
「知らない」
「どこにいる?」
「知らない」
「倒し方は?」
「知らないよ!」
タケルがついに声を上げる。
レナードは少し黙ったあと、真顔で言った。
「お前、急に役立たなくなったな」
「言い方!」
「いやだって今まで何でも知ってたじゃん!」
「僕だって困ってるよ!」
「攻略王どうした!」
「魔王は攻略対象じゃないよ!」
緊張感のある会場の隅で、二人だけがいつもの調子で言い合っている。
その声が聞こえたのか。
少し離れた場所にいたリリアーナが、ゆっくりこちらを向いた。
「おい」
「ん?」
レナードが振り向く。
「そこのホストみたいなやつ」
「俺ェェ?!」
思わず自分を指差す。
「お前しかおらんやろ」
「いや、確かにそれっぽいけど!」
リリアーナはそのまま隣へ視線をずらした。
「横の陰キャの地味男もや」
「ぼ、僕も?!」
タケルまで自分を指差す。
「お前しかおらんやろ」
「同じ返しされた……」
レナードは笑いそうになったが、リリアーナの表情を見てすぐに黙った。
さっきまでの軽さが消えている。
「やる気あるんか?」
低い声だった。
怒鳴ってはいない。
それなのに、妙な圧がある。
「ないんやったら帰れ」
レナードとタケルが同時に背筋を伸ばした。
「あります!!」
ほとんど反射だった。
その返事を聞いたリリアーナは、ほんの少しだけ口元を上げる。
「ほな、根性見せろよ」
「……はい!」
今度はレナードもふざけずに返した。
タケルも隣で強く頷く。
その様子を見ていたイオリは、知らないうちにリリアーナから目を離せなくなっていた。
昨日、世界中の強者を前にして一歩も引かず、国もギルドも関係ないと言い切った。
今日もそうだ。
怖がることを責めるのではなく、覚悟があるかだけを聞く。
強さを見せつけるのではなく、前へ出る覚悟を求める。
「……かっこいい」
小さな声が漏れた。
「え?」
レナードが即座に反応する。
「今なんて言った?」
「別に」
「かっこいいって言ったよね?」
「言ったわ」
「誰が?」
イオリは迷わずリリアーナを見る。
「リリアーナ様」
「惚れた?」
「惚れた」
「は?!」
レナードの顔が一気に引きつる。
イオリは呆れたように見た。
「恋じゃないわよ。憧れたって意味」
「びっくりしたァァァ!!」
「声大きい」
そのやり取りに気づいたのか、リリアーナが今度はイオリへ視線を向けた。
「そこの横の女騎士」
「はい!」
イオリの返事が、いつもより少しだけ早い。
リリアーナはその顔をまっすぐ見た。
「ええ目しとんな。期待しとるで」
「……はい!」
今度の声には、はっきり嬉しさが混じっていた。
レナードが横からその顔を覗き込む。
「待って、めっちゃ嬉しそうじゃん」
「嬉しいけど」
「俺にはホストって言ったよな?!」
「それはあなたがホストみたいだからでしょ」
「対応違くない?!」
レナードだけが納得していない。
その間にも、リリアーナは次の戦力を確認するように後ろへ振り返った。
「お前らも手伝ったれ」
その先にいたのは、見た目だけなら場違いなほど華やかな青年たちだった。
王子。
騎士。
公爵。
貴族。
どこから見ても絵になるような美青年ばかりなのに、リリアーナに声をかけられた瞬間、返ってきた声は妙に軽い。
「はーい!」
「やるー!」
「まかせてー!」
「リリアーナ! ぼくらも行くよー!」
レナードの眉が上がった。
「……何あのキラキラ集団」
「強そうだけど……」
タケルも少し戸惑っている。
「喋り方だけ急に小学生じゃない?」
「聞こえるよー!」
「聞こえてんの?!」
その中には、北部街道で会ったルシアンの姿もあった。
「あ、レナードー!」
「ルシアン!」
「また会ったねー!」
「お前ここでもそのテンションなの?!」
「うん!」
「安定してんな!」
アルカディアの面々だけは、その華やかな集団を前に少し姿勢を正していた。
レナードはそれを見て、さらに混乱する。
「え、こいつら全員偉い人?」
「たぶん……」
「見た目と中身合ってなくない?!」
リリアーナはそんな彼らを気にする様子もなく、さらに横へ顔を向けた。
「レイナもや」
一歩前へ出たのは、気品のある女性だった。
華やかな装いと立ち振る舞いは、先ほどまで騒いでいたロイフラとはまるで違う。
レイナは優雅に一礼した。
「皆様と力を合わせて、平和を取り戻しますわ」
「……」
レナードがロイフラを見る。
レイナを見る。
もう一度ロイフラを見る。
「温度差すごっ」
「そこ気にするの?」
「だって同じ援軍だよね?!」
タケルは苦笑しながらも、集められた者たちを見渡した。
アルカディア。
スターライト。
世界各地の上位パーティー。
リリアーナたち。
ロイフラ。
レイナ。
ゲームでは知らない者たちばかりだった。
けれど不思議と、さっきまでの不安は少し薄れていた。
自分が答えを知らなくても。
この世界には、こんなにも戦える人間がいる。
その時だった。
チリン。
静かな鈴の音が、大広間に響いた。
全員の視線が自然とバルドへ集まる。
バルドはいつもと変わらない落ち着いた表情で、一歩前へ出た。
「皆様、討伐開始でございます」
その一言で、空気が完全に切り替わった。
冒険者たちは武器を手に取り、それぞれの持ち場へ向かうため動き始める。
魔王の存在。
世界各地に広がる異変。
もう、ゲームの知識だけを頼りに進める段階ではない。
レナードも剣を持ち直しながら、少し離れた場所に立つリリアーナを見た。
「……タケル」
「何?」
「やっぱあのふわ姫、超可愛いのに圧がやべぇ……」
「そこまだ気にしてるの?」




