第20話 覚悟
翌日。
スターライトはアルカディアに連れられ、普段は一般の冒険者が立ち入ることのできない大広間へ向かっていた。
そこにはすでに各地のギルドマスターや上位パーティー、騎士団の幹部らしき者たちが集まっており、室内には重苦しい緊張感が漂っている。
「……俺ら、ほんとにここいていいの?」
レナードが小声で聞く。
「本来は呼ばれてないって言われたでしょ」
タケルも少し落ち着かない様子で周囲を見回していた。
「だから余計気まずいんだけど」
「アルカディアが連れてきてくれたんだから大丈夫だよ」
「でも見てみ。全員強そうじゃん」
各国から集められた者たちは、装備を見るだけでも明らかに普通の冒険者とは違っていた。
巨大な剣を背負う者。
全身を重厚な鎧で固めた騎士。
見たこともない魔導具を身につけた魔法使い。
スターライトも今ではかなり強くなったとはいえ、この中ではまだ若いパーティーに見える。
「世界大会みてぇ」
「何の?」
「強そうな人大会」
「雑だなぁ……」
そんな会話をしている間にも、各地から届いた報告について議論が続いていた。
「西部ではすでに三つの村が避難している!」
「南部では街道が完全に封鎖された!」
「北部だけではない。東部でも同じ黒い紋章を持つ魔物が確認されている!」
報告が重なるほど、会場の空気は悪くなっていく。
魔物の種類も場所も違う。
それなのに、同じ紋章を持ち、同じように人の住む場所を目指している。
「各地で個別に対処するしかないだろう」
「それでは間に合わん!」
「そもそも誰が全体の指揮を執る?」
「魔王など昔話だ。まだそうと決まったわけでは――」
意見はまとまらず、声だけが次第に大きくなっていった。
スターライトは後方でその様子を見ていたが、レナードは眉を寄せる。
「これ、ずっと決まらなくない?」
「みんな自分の国も守らないといけないから……」
「でも魔物は待ってくれないじゃん」
「そうなんだよね」
タケルも難しい顔で答えた。
その時だった。
チリン。
小さな鈴の音が、大広間に響いた。
決して大きな音ではない。
それでも、不思議なくらい場の空気が変わった。
ざわめきが少しずつ静まり、入口の方へ視線が集まっていく。
「……何?」
レナードも振り向いた。
最初に入ってきたのは、一人の男だった。
落ち着いた足取りで歩き、その身につけた鈴が動くたびに小さく音を鳴らしている。
その後ろには、気品のある女性。
さらにもう一人。
肩に刀を担いだ男が続く。
「……」
レナードの目が、そこで止まった。
「タケル」
「何?」
「横に刀担いだヤクザみたいな男の人いるんだけどォォォー!!」
「声大きいよ!」
清司がちらりとこちらを見る。
「……」
「目ぇ合ったァァァ!!」
「静かにして!」
タケルが慌ててレナードを引っ張る。
その後ろから、最後に一人の少女が姿を現した。
小柄で、華やかな衣装をまとい、見た目だけならこの場にいる誰よりも柔らかい雰囲気を持っている。
けれど。
彼女が歩いてくるだけで、周囲の者たちが自然と道を空けていった。
「……誰?」
レナードが小声で聞く。
「知らない」
タケルも首を振る。
「ゲームにいた?」
「いない」
「また知らない人?」
「うん……」
二人がそんなやり取りをしている間に、少女たちは会場の中央へ進んだ。
ミレーヌが一歩前へ出ると、手にしていた黒革の手帖を開く。
「現在確認されている被害状況を読み上げます」
落ち着いた声が、大広間に響いた。
「北部では複数の街道が封鎖され、村落四か所が避難。確認された魔物の総数は、現時点でおよそ三百」
会場が少しざわつく。
ミレーヌはそのまま視線を手帖へ落とし、淡々と続けた。
「東部では二つの都市近郊で魔物の群れを確認。こちらでも黒い紋章を持つ個体が複数含まれております」
ページをめくる。
「南部では集落五か所が襲撃を受け、現在も討伐が継続中。西部では街道沿いの村々へ避難命令が出されています」
さらにページをめくる音が響く。
「また、これらの魔物には共通点があります。種類や生息地に関係なく、複数種が群れを形成し、人の住む地域へ向かって進軍していること。そして、討伐された個体の多くから、同一の黒い紋章が確認されていることです」
タケルの表情が固くなる。
北部街道で見た、あの紋章。
やはり偶然ではなかった。
「各地からの報告を総合すると、これは一地域だけの異変ではありません」
ミレーヌが顔を上げる。
「世界規模で同時に発生しています」
大広間が静まり返った。
さっきまで意見をぶつけ合っていた者たちも、今は何も言わない。
レナードも珍しく黙っていた。
ミレーヌは黒革の手帖を閉じると、一歩下がった。
入れ替わるように、リリアーナが前へ出る。
小柄な身体で、そこにいる全員をゆっくり見渡す。
「この被害は世界規模や」
その声は大きくない。
けれど、会場の隅までしっかり届いた。
「ここに集められたんは、腕のあるやつらって聞いてる」
誰も口を挟まない。
リリアーナは一人一人を見るように視線を巡らせる。
「国もギルドも関係ない。守るもんがあるなら、守るんが筋やろ」
誰かが武器を握り直した。
別の誰かが、静かに頷く。
さっきまでまとまらなかった空気が、少しずつ一つに向かっていく。
リリアーナはさらに一歩前へ出た。
「お前らみんな、覚悟あるよな?」
一瞬の静寂。
その問いに答えるように、あちこちから声が上がった。
「もちろんだ!」
「やるに決まってる!」
「街を守る!」
その声は次第に増え、大広間全体へ広がっていく。
リリアーナはそれを聞くと、ほんの少し口元を上げた。
そして。
「お前らの力、見せたれ!!」
「おおおおおおおおお!!」
各国から集められた冒険者たちの声が、大広間を揺らした。
剣が掲げられ、拳が上がる。
さっきまで不安と混乱に包まれていた空気が、一瞬で変わっていた。
スターライトも、その熱気の中にいた。
サキは目を輝かせ、イオリは静かに剣へ手を置く。アヤコもマイも、迷いのない顔をしている。
タケルも圧倒されたように前を見ていた。
「……すごい人だね」
「うん」
レナードもリリアーナをじっと見ていた。
小柄で。
可愛くて。
見た目だけなら、こんな場所で誰よりも強い言葉を投げるようには見えない。
その隣には、ミレーヌ。
バルド。
そして日本刀を担いだ黒スーツ清司。
レナードはしばらく黙ったあと、ぽつりと呟いた。
「……あの姫、超可愛いのに治安悪りぃな……」
「そこ?」




